タイトル.77「空に輝くドリームズ(後編)」
時法神・スバルヴァ。
この男は世界を生み出し、常にその行く末を見届けてきた。
人類という存在がいかに厄介であろうとわかってもなお。人類が世界と共に共存できる世界を、滅びのない世界を模索し続けてきた。
しかし、人類は相当愚かに素直だった。
滅びは避けられない。世界の創造主様が言うのならそれは間違いないだろう。この世界の人類は遠くない未来、世界を寄生虫のように蝕み、枯渇させる。
どれだけ足掻こうが。手を打とうが関係ない。人類そのものの消滅こそが一番の解決策。最終手段へと打って出たのだ。
「……敵、だと?」
「ああそうだ。敵だな。人類にとっての正義の味方。このカルラ様の敵だよ」
世界にとっての希望であることは間違いない。神の言なのならば。
だが……人類にとってこの神は希望でも何でもない。敵である。カルラは堂々と言いきったのだ。
「確かに人類は愚かだよ。己の欲望のためだけに世界を犯し、己の野望の為に世界を利用する。己の存在価値の為に世界を踏みつぶし、己が生きるために他者を食い殺す……そんな奴ばかり。ここまで愚直なバカのオンパレードとなれば、世界が滅びるのも無理はない」
人類は賢い進化を続けてきた。賢くなりすぎた。
故に面倒な生き物になった。本能のままに生きる獣とは違い、人間という生き物の本能には理性がある。
弱肉強食の世界。人間が文明を生み出せば人々の進化を進める。人々がその進化の結晶を生み出せば生み出すほど、それは希望の象徴にもなり、世界を蝕む兵器ともなった。
時代が進むにつれて人類は愚かになっていく。
その行く末はスバルヴァの言う通り世界の滅びであろう。地球という世界、人類の欲望が露わになった残酷な世界を生きたカルラにとっても言い分は尤もだった。
「……だが、人類は滅びを願ってるわけじゃない」
耳を澄ませてみる。
「聞こえるだろ。外で戦っている人間達の声が。奴らは世界を救おうと、沢山の命を守ろうと必死に戦っているんだぜ?」
神殿の外。風通しがよくなったこの空間。要塞と化したアトラウスへ最後の決戦を挑む人類の雄叫びと共鳴が聞こえてくる。
「中には権利や己の目的の成就の為だけに動いている奴もいるだろうさ。こんな時にも自分の事だけを考える馬鹿野郎は腐るほどいるとは思う……だが必死に足掻いて、生き残ろうとしていることに変わりはない。卑怯者だらけの世界だろうと負けてたまるかと懸命に戦ってる奴だっているんだよ……卑怯者に負けないくらいの数がな」
元いた世界。そしてアウロラの世界。
いろんな人間に出会ってきた。いろんな夢を見てきた。
「人類だって世界を滅ぼしたくないと必死に戦ってるんだよ。なのに神様であるお前が早々に見切りをつけてどうするのさ」
いろんな“生”を見つめてきた。
「まぁすべての元凶は女神様の反乱だろうし? ぶっちゃけ、あの強引すぎるやり方はアレだったとは思うよ……だが言ってたことは多少だが理解できる」
フゥアリーン。彼女が喧嘩を売ったのはよりにもよって世界を管理する創造主である。神としてのタブーを犯してでも彼女はこの男のやり方に反した。
だがその理由はカルラであるなら何となくわかる。“愛の神”を自称した、あの女神の目的を。
「夢も希望も、己の自我も完全に失った世界は……死も同義だってな」
「……結局は貴様も」
スバルヴァは玉座より立ち上がる。
「愚かな人類の一人だという事か」
手を広げ、罰を与えようとする。
この世界の住民ではないカルラに神の力は一切通用しない。この世界にとって彼は異物。まさしくフゥアリーンのたとえた通りの“ジョーカー”の存在だ。
「いいや、俺は人間じゃない」
神の力。いわゆるチートと呼ばれる部類であろうか。
そんな力が一切通用しないのならこんな神様相手にかしこまる必要もない。元より下から目線で媚を売るような態度など、カルラはこれからもするつもりはない。
「人の皮を着せられた悪魔だよ」
最後の宣戦布告。神であろうと正面から討つ。カルラはそう宣言してみせた。
「そうか」
玉座の間から、スバルヴァの姿が消えた。
「……!」
目前。拳を構えるスバルヴァがそこにいる。
「ならば排除しなければならんな。この世界を汚す悪魔であるのなら」
消滅。退散。世界の管理者としての力は確かにカルラには通じない。
だからといって勝算がないわけではない。この世界の神、それだけの存在の戦闘力が……ただの別世界の人間でしかない、こんな男に劣ることはない。
「ぐっ……!?」
殴り飛ばされたカルラの体がいとも容易く吹っ飛んだ。
筋力、腕力も人類のそれを遥かに超えている。人類の手に届くはずもない凶悪なパワーがカルラの内臓を幾つか破壊する。
空気の抜かれたゴム風船のように吹き飛んでいくカルラは悲鳴を上げる間もなく神殿の支柱の一つへ、大理石も同然の硬度を持つ柱に叩きつけられる。
その頑丈にヒビさえも入れる。圧倒的な力の差が伺える。これだけのショック、たとえ強化された肉体だろうと耐えきれるはずもない。
「取り除く」
それだけでは終わらない。
「脅威は消滅させる」
もう一発。
逆らったことは勿論、会話を交えたことさえも愚かであったと思わせる。
スバルヴァはまたも瞬時にカルラの目前にまで瞬間移動。壁に叩きつけられたカルラの体を更に押し付けるように蹴り上げる。
「がっ……!!」
内臓が、骨身がつぶれる。臓器を吐き出してしまうかと思った。
崩壊。大理石以上の硬度を持つ支柱は粉々に破壊され、突き破られたカルラの肉体は再度、別の石柱に叩きつけられた。
「たとえ我の力が通らずとも。神の権限を持ってしての追放を行えずとも……人類が神に勝てるものか」
魔法。特殊な力。それを使わずともスバルヴァは元より肉弾戦も心得ている。
数千年を生き続けた神の格闘はあらゆる暴れ龍であろうと撃ち落し、甲羅であろうと砕き散らす。元より勝算はない。スバルヴァは告げる。
「……言ってるだろ」
舞い散る砂ぼこり。ガレキよりカルラは姿を現す。
「俺は人類じゃなくて、悪魔だってよ」
血液にまみれ、骨が砕かれようとカルラは立ち上がる。
「じゃないと神の一撃なんて耐えきってないさ」
フェーズ4。間一髪の強化。最初の機動でいきなりの超パワーアップ。だがこれでもまだ足りない。時間を駆け、更なるパワーアップを試みていく。
「ヨカゼ、最後の戦いだ。付き合ってもらうぜ」
『……承知した』
あまりにも歯がゆい声。
あまりにも納得も出来ぬ声で、ヨカゼは主人の合図に返答をした。
「いいや、お前は人間だ」
「違うって言ってるだろうに!」
神・スバルヴァ。悪魔・カルラ。
一つの異世界の頂点で、人類の枠に当てはまらぬ超人達の戦いが火花を散らす。
目に見えぬスピードで距離を詰めることは勿論、安全圏まで退避することも可能なスバルヴァ。しかしカルラはフェーズ4の肉体を生かし、その速度に対応し徐々に追い詰める。
互角とは言えない。相手は神だ。フェーズ4の肉体は最早人類の兵器では手の付けられない強さではあるが、所詮はその程度だ。次元の違う神が相手ではそのパワーアップも霞同然に薄れていく。
「おらおらッ! どうしたよ神様! 悪魔がこの世界を乗っ取っちまうぜ!?」
その差をカルラは理解している。だが彼は吠え続けた。その態度は相手が神であろうと折れることは決してないのだ。彼が曲がることは決してない。
「フェーズ、5ッ!」
残ったエネルギーはまだ余裕がある。アイザから貰ったエネルギー、時間でいうならば10分が限度であろうがそれだけ動けるのなら十分。秒で換算すれば、まだ600秒も動けるのだ。
『ご主人……ッ』
それだけのカウントがあるのなら怖いものは何もない。
ヨカゼの制御が入らない地獄のモード。その肉体はフェーズ5へと突入する。
「この世界の膿に、夢も希望もあるものか」
「……そう、言いきれるのかよ」
多少だがカルラは神に追いつきかける。
互角までまだ足りない。しかし彼は吠え続ける。
「俺は、そうは思わないがね」
人類を愚かだと嗤った悪魔は---
まるで“人類には希望がある”と言いたげな表情で、神に向かって刃を向け続ける。
「……ほほう」
スバルヴァは奮闘するカルラをあざ笑う。
「そう言い切れるのは……“それ”が原因か」
彼の行動、その全てを否定するように。
「貴様の旅路。それをもってして何故そのような綺麗ごとを吐けるものかと思ったが……どうやらあの女神から、余計な記憶は抜かれているらしい」
「“記憶”……ッ!?」
一瞬、カルラの動きが鈍る。
記憶。カルラには一部の記憶が欠損している。
『記憶、だと!?』
それはヨカゼも同様だった。カルラとヨカゼ。その二人はなぜかこの世界に来る“寸前の記憶”だけが抜かれていた。
戦争国家の日本を生き続けた16年間の記憶はしっかりと残っているのに、異世界アウロラへと送り込まれたその経路だけが頭からスッポリと抜けてしまっている。
「這えよ」
指先一つ、カルラの頬に当てられる。
記憶という言葉に反応を見せたカルラが動きを止めたのはほんの一秒未満である。だが神にとってその隙は止まっているも同然の最大の油断。
「あぐっ……!?」
額を突かれたカルラの体が地に落ちていく。
陥没する神殿。暗雲に飲み込まれたカルラの意識が漆黒に飲み込まれていく。
「思い出させてやろう。人類が生み出す未来に夢と希望はないという事を」
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