タイトル.72「歪炎の復讐者 アキュラ・イーヴェルビル(後編)」
「今、のはっ……!?」
レイブラントは思わず、自分の額に手を伸ばした。
「俺は撃たれていない……撃たれたのは、奴の方かっ!?」
さっきまでそこにいたはず。気配や声、確実にそこにいたはずのオルセルの姿が何故か、屋の奥の市長の座にいる。
「アキュラは何をしたんだ……やつを、炙り出すことができたのか!?」
「がっ、きゃは……きひぃいい……!?」
腹に直撃した火の玉がオルセルの体を後ろへ追し込んでいく。
全体全面防弾ガラスで出来上がった特殊仕様の窓。見晴らしの景色を見る分には最高ではあるが……体を受け止めるクッションとしては拷問器具となるだろう。
火球に押し出されるオルセルの体は背面の防弾ガラスにヒビを入れていく。もっと、もっと。巨大なファイアボールがオルセルの肉体をすり潰していく。
「ぐっ、おおっ……」
ファイアボールは数十秒近くオルセルを押し込み、そして消えていく。
オルセルの体は力なくヒビ割れた防弾ガラスから剥がれ落ちる。血液の弾ける音と共に聞こえる音はシールを剥がすような、あまりに生々しい音だった。
十分だっただろう。戦闘慣れしていないこの男にダメージを与えるには。
「はぁっ……はぁっ」
渾身の底力でアキュラは立ち上がる。
撃ち浮かれた片足は引きずることしか出来ない。腿を撃ち抜かれた方の足は歩くたびに悲鳴を上げる。ぐらりぐらりと揺れる脳裏、進むごとに体全身をナイフでメッタ刺しにされているような感覚が襲う。
だがそんな痛み、今となってはどうでもいい。
追い詰めた。僅かなチャンスを見つけたアキュラは確実にトドメを刺すためにオルセルのもとへと向かう。
「くっ、こ、こんな、はずはっ……」
まさか、幻覚を二度も解くとは思いもしなかったのだろう。
あのジャンヌとかいう聖女を味方につけたのが幸運だったのだろうか。それとも今日一日のアキュラの運勢が本当に良かっただけなのか。幻覚から解き放たれたアキュラはオルセルの眼前にまで近づいてくる。
「ふぅ、はぁあっ……」
右手に炎を纏う。この男に、トドメを刺すために。
「ま、待て!」
最初のファイアボールの一撃はオルセルに十分な致命傷を与えたようだ。
確実に骨の数本は砕けている。呼吸器や臓器も刺さった骨で機能がマヒしている。こうして口を開いて彼女に静止の声をかけるだけでも精いっぱいなのだろう。
もう立ち上がることも。拳銃を握る腕の力もない。
この苦境を打破できるほどの能力はもう、オルセルは持ち合わせていない。
「待ってくれ! やめ、やめてくれっ……違うんだっ。私はスバルヴァ市長のやり方が気に入らないで……本当は、街を良い方向へもっていくための! 単なるパフォーマンスだったんだ!」
パフォーマンス。プロパガンダ。よく言ったものである。
「パフォーマンス、だと?」
この男がやったのは只の殺人だ。
己の利益の為に行った快楽殺人だ。
「そ、そうだっ。お前は街の復興を、街の皆のために戦っていたんだろう? お前にやったことはすべて謝る! その証拠に私が持っている金も財産も全て使うッ! 君の故郷を支援しよう! 今、市長としての座についた私の力をもってすれば、それが可能だ! だから、どうかっ……」
街の復興。それは確かに夢ではある。
「そうだな。それは良い提案だ。俺はもう一度、あの故郷が静かで楽しい美しい場所に戻ってくれるのなら嬉しいさ」
また皆の笑顔が戻るのなら、それも本望ではある。
「だがもうそれは叶わない。お前がすべてを壊したあの日から……故郷の皆の人生は狂い始めたんだ。壊れちまったものは、そう簡単に治せやしない」
例え街の姿だけが戻っても……あの日々は帰ってこない。
自身の望む日々は戻ってこない。すべてはもう、あの日を境に狂ったのだから。
「やめろっ! 私を殺すのかっ……それでは私のやったことと変わらんぞ! お前も私と同様に救いようのない悪魔になるということだぞっ! そうだろう!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
救いようのない悪魔?
……そんなの既にもうなってしまっている。なる覚悟も決めている。
コイツは殺す。それだけは叶える悪魔となる。
「ああぁああッ! やめろッゥ! この人殺し! 人殺しぃいいーーー!」
もうこれ以上喋ることは何もない。本気で耳障りだ。
謝ってほしいとは思っていない。そもそもの話、期待はしていない。
「悪魔! 救いようのないクソ野郎が!! お前は俺以下のゴミ野郎だ!!」
こんな男に、人の死を弔う心があるものか。
「この日を境にお前は壊れていけ!! 絶対に救われない最後を遂げろォッ! 地獄に落ちちまえ……死んでしまえ! むごたらしく死んでしまえ!! お前みたいな人の命を何とも思わないクソ野郎なんてなぁああああー--ッ!!」
この男に臨むことはただ一つ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「うるせぇ。もう喋るな。死ね」
右手に纏った炎が木槌のように振るわれる。
「ぐぉわァアアアアアアアアアアアアアッ……!!!!」
触れた頭上から、徐々にオルセルの体が溶けていく。
マグマのように粘り気を残し溶けた肌が沸騰しながら溶けていく。体の骨と臓器もともにドロドロに溶かしていく。オルセルの体は一瞬でガイコツ一つ残さず消えてなくなっていく。
オルセルは燃散した。
その身をひとつ残らず、アキュラの手によって消滅させられたのだ。
「……あぁ、なんだろうな」
標的を殺した。目的を果たしたはずの右手の炎はまだ消えない。
「《
ひっこめるどころか……それを“真後ろに振るう”。
「ぐっ、ぬふっううッ……!!」
そこにいたのは、もう視界に入れる事すら不快感を覚える男の姿。
ついさっき、その場で溶けて消えたはずのオルセル・レードナーがナイフを片手に宙を浮いている。
そのナイフがアキュラの脳天を貫くよりも先に……アキュラの炎の拳が、再びオルセルの腹部を抉ったのだ。
拳はオルセルの腹を貫いている。その状態のまま持ち上げたのだ。
「今日はビックリするくらい感が冴えるぜ」
「お前、最初からっ、気づいでッ!?」
「まぁな。思いっきり俺のことをブッ殺すなんて口にしたからな」
腹を中心に、炎が再びオルセルの体に纏わりついていく。
「お前や色んな奴から学んだよ。殺意や憎悪ってのはそう易々と見せつけベラベラ喋るもんじゃないな。後先見えなくなるし、敵の思うがままになっちまう。それ以前にテメェはとことん腐ってる野郎だ。人間ってのは危機を感じると頭が回る。姑息な野郎は特にな。こんな不意打ちを考えるくらいに」
寸前になって、残った力を使い最後の幻覚を使った。しかしアキュラはそれを見抜いたのだ。オルセルから漏れていた殺意のおかげで感じ取れたのだ。
オルセルの悲痛な叫びがこだまするが。次第にそれも聞こえなくなっていく。唇や焼けきれ、溶けていっているからだ。
「今日という日だ。この日を待ったんだ。敢えてもう一度、俺は……私自身の殺意と憎悪をぶつけてやる」
突き上げた拳一つで持ち上げられるオルセルの肉体。ただ遠くから眺めて命令を下すだけの男の体はこれでもかというぐらいに軽い。彼女にとっては風船のようだった。そう思えるほどに、オルセルの存在はもはやゴミクズのようなもの。
「覚悟はいいなクソ野郎! テメェが天国に行くことは絶対にねぇ……!! 詫びることも許さねぇ! 地獄の底で何の自由も与えられず、ただ亡者共の餌となって、永遠を苦しみ彷徨い続けなッ!!」」
持ち上げたオルセルを拳ごと防弾ガラスの窓へと叩きつける。ヒビ割れ、ボロボロになっていた一面全部窓ガラスの壁を。
「そんなに支配したけりゃ、頑張ってあの世でやりな。お前には無理だろうけどな」
オルセルの体が燃え上がっていく。悲鳴すらも溶けていく。
この感覚。この肌触り。確かなものだ。今、アキュラは間違いなく、オルセルという男を手にかけた。
「《
同時、拳の先で形成されるファイアボール。オルセルの腹を押し出していく。
限界を迎えた防弾ガラスは破壊され、オルセルはファイアボールと共にロックロートシティの上空へと飛んでいく。
「お前が孕んだ悪夢と共に、あの世へ行け」
あんな死に様。見届ける必要もない。背を向け、親指を地へ向ける。
「ようやく、終わった」
ロックロートシティ上空。いつもは昼十二時の合図である花火が打ちあがる時間。
「復讐も、そして私自身の全ても----」
世界征服を目論んだ卑劣な小悪党は花火となって空で爆散した-----
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「はぁっ……さすがに、限界ッ!」
もとより体力のないレイアに長期戦など無理な話。
「そもそもレイブラント様はどこへ行ったの~!?」
気が付けば二人の姿がないことにさえ気が付く。
もはや限界。レイアはその場に足をつけてしまった。
「……あれ?」
死を晒すも同然の真似。敵から襲われることを承知したとしてもバテる以外に彼の体は命令を受け付けられなかった。死を覚悟したレイアは思わず目を瞑っていた。
しかし、何も来ない。パトロールロボットの銃撃も、バイオ人間の八つ裂きも襲い掛かってこない。
「あれ?」「おやや?」
殺す相手を失ったキーステレサ。突然敵を見失ったドガンに関しては額に手を添え、そのあたり一帯を見渡している。
「こ、これはどういう……?」
幸運だけで運よく生き残っていたジャンヌも動揺する。
さっきまでとは違う景色。特殊部隊の見慣れた世界に戻ったこの光景に。
「……どうやら」
ス・ノーは何かを悟ったのか拳をひっこめる。
「いつの間にか。終わったらしい」
心の何処か。この静粛が戦いの終わりを予感させた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「はぁ……はぁ……ざまぁ、みろ」
死を確認する間もない。あの瞬間、今までとは違う感覚があった。
オルセルにとどめを刺した。もう忌まわしい気配はどこにも感じない。
「清々しいな。空っぽになったというか、気が楽になったというか」
仇は取った。
今ここに、アキュラの悲願は果たされたのだ。
「はははっ……」
意識が飛ぶよりも先に、体が限界を迎えた。
もう両足は体を支える力すら残していない。体内に秘めていたエネルギーもすべて使い切った。エンジンゼロ、ガス欠である。
体が前のめりに倒れていく。市長のテーブルの木片が散らばったカーペットの上。クッションにすらならない荒地にアキュラの体が倒れようとしている。
「おっと」
悲惨な最期。それはあの男だけで充分だ。
アキュラの体は……ギリギリで受け止められる。
「居心地はよくはないと思うが、これが一番体を休めさせられる……許せ」
フワリと浮き上がった体。
気が付けば、アキュラの体はレイブラントの胸の中で抱えられていた。所謂、メルヘンチックに言えばお姫様抱っこというやつだろうか。
「……終わりではない。これから先、君にはまだ生きる義務があるはずだ」
レイブラントは抱え上げたアキュラに問いかける。
「君が抱え込んでいる罪。それは想像を遥かに超える重さなのかもしれない……自分にも手伝わせてくれ。君の贖罪を、君の新しい人生を」
終わりじゃない。生きてくれ。
それは同時、彼自身の願い。アキュラへの懇願でもあったのだ。
「……おいおい、お前も足やばいんだろ」
「レディ一人、抱える分なら大差ない」
「そうかよ」
本来であれば、こんな格好は柄ではないから断りたいところではある。最初に放たれたのはこの姿勢に対する苦悶であった。
「……なんでそこまで肩を持つのさ」
「君もまた、皆にそれだけの情を持っているように思えた。大切な仲間だと俺自身も思っている。それ以外に理由はない」
「何言ってんだよ。お前らは部下で仕事仲間だ。金を沢山稼げる近道になってくれるビジネスパートナーってやつだよ」
「俺個人がそう思っているだけだ。君が自身をどう評価していようが勝手にやる」
彼女の返答など聞く耳持たず。質問をした立場であるのにもかかわらず。
騎士らしくない無礼の連続。だがレイブラントは気にもせずにアキュラと共に市長室をあとにする。
「……ありがとよ、騎士様」
アキュラにはもう、反論する力も残っていない。
それ以上に……レイブラントの腕の中が心地よく、暖かった。
「行こう、皆の元へ」
「あぁそうだ。お前の言う通り……まだ、終わってないからな」
お言葉に甘えてアキュラはレイブラントの腕と胸の中でくつろぐことにする。
気安く触れられるのがあまり好きではない彼女であっても……今日くらいは、そのキザなドラマに乗ってやろうと息を漏らしていた。
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