タイトル.72「歪炎の復讐者 アキュラ・イーヴェルビル(前編)」


「そのとおりだよ。君たちは今、私の力の中にいる」

 いつ、発動したのか。いつ、そのテリトリーに踏み込んでしまったのか。

 この電波塔の中に入ってしまったその瞬間から、敵の策中にはまってしまったのかもしれない。その蜘蛛の巣に飛び込んでしまっていたのかもしれない

 だが、それは覚悟の上だ。それすらも打破するつもりで二人はここにいる。

「……言っておくが君の攻撃は一切私に通らないよ。私の攻撃は絶対に当たる」

「絶対に当たる、だと?」

 オルセルは拳銃を片手に胸を張っている。どのような根拠があるのか。アキュラはその無謀な姿に首をかしげる。

「随分な自信だな。余程ダーツのハイスコアに自信があるんだろうよ」

 どんな宣戦布告をされようがアキュラはその挑発に乗るどころか挑発し返す始末。

(さて、どんなインチキ攻撃が来るのやら)

 ……しかし心境では不安を抱えていた。全く意識もしていないというのに、気が付けば味方であるはずのレイブラントの背中を殴り飛ばしてしまったあの瞬間。

 アブノチの村や塔の中での迷宮。ジャンヌの幸運に巻き込まれなければ、一生あの場で骨折り損を繰り返し、体力を消耗していたのは目に見えている。

 オルセルが扱う幻覚の正体。それを掴むのはそう容易いことではないだろう。

「あぁ、ダーツは得意だよ」

 先にオルセルは引き金に手を引いた。

 弾丸の飛んでくる先は真正面。狙いはおそらく眉間。一撃で脳天を撃ち抜くつもりだろう。

「そんな、見え見えの射撃!」

 撃つタイミング。向こうの目の震え方やじれったい指の動きで大体の予測ができた。銃声が聞こえたと同時に弾丸の飛んでこない別の方向へと飛び跳ねる。











「……かはっ!?」

 はずだった。確かに弾丸をよけた。弾丸の飛んできた方向から逃げたはずだ。

 ……気が付けば、アキュラは右肩を撃ち抜かれていた。

 密猟にあったイタチの気分だ。肩を撃ち抜かれたアキュラは弾丸の反動に押し込まれるように体を地へ落とす。

「アキュラ! !?」

 弾丸が飛んでくる方向へと自ら進んだ。

 レイブラントの発言。まるでアキュラ本人が自殺行為に走ったような言い方をしたのだ。その剣幕から冗談を言ってるようには思えない。

「さぁ、なんでだろうな? メージの騎士よ」

 何の仕掛けもないハンドガンだ。弾丸が空中で軌道を変えるような仕掛けは勿論ないし、弾丸そのものに障害物をすり抜ける仕掛けも何もない。何の変哲もないステレオタイプのハンドガンだ。

 レイブラントは盾を構えている。どれほどの上級魔法だろうと防いでみせた盾を見せつけているにも関わらず……オルセルは堂々と正面から拳銃を向けている。

「不思議なことはあるものだね」

 再び発砲。そんな鉛玉では魔術による硬化を行わずとも、防ぐことなど容易い。

「ぐっ!?」

 なのに何故だ。弾丸は確かに盾の方へと飛んで行っていたはずだ。レイブラントは自ら弾丸に飛んでいくような真似は一切していなかった。

 なのに何故、レイブラントの肌に弾丸が直撃しているのか。

 肉体を日々鍛えているレイブラントであろうと弾丸を直接生身に撃ち込まれれば、そのダメージに耐えきれるはずもない。いつもは持ち慣れたはずの超重量の盾が重荷となって、レイブラントの体を押しつぶそうとする。

 盾の騎士の膝が無残に、地につく。今まで見せたことのない滑稽な姿だ。

「レイブラントッ!」

「おっと、喚くな」

 またも銃声。

「ぐぁああッ!?」

 今度は膝を撃ち抜かれた。

 回避すらも間に合わなかった。幻覚云々の問題は全くなく、ただレイブラントの被弾の心配への余所見を狙われた。

 何の軌道もなく真っすぐに飛んでくる銃弾は……その場でよける動作をしなければ、やはり命中する。当然の結果だ。

(なん、でだ? 何がどうなってる……あいつの力なんだろうが。何をするのが正解なんだ……!?)

 一度は考えた。逆の行動をとれば回避できるのではと。

 避けても被弾するし、あえてその場を動かなくてもやっぱり被弾する。どの手段をとっても敵の攻撃は当たるのだ。

 アキュラは膝を撃ち抜かれ、歩くことすらもままならなくなる。

「ほらほら、どうしたのだ? さっきの威勢はどうした?」

 何より意地が悪いのは、この男、殺戮と蹂躙を楽しんでいることだ。

「見ているだけでも腹がよじれるぞ」

 こんな高等な幻覚魔術を持っているのなら一々敵を弱らせ消耗を図らなくとも、一撃で脳天か心臓を撃ち抜いてしまえばいいだけの話だ。

 あの男の顔が、徐々に弱る戦士たちの姿を嗤っていることを象徴している。

 その性格の悪さがこの瞬間にも現れている。

「はっはっは!」

 残り三発の弾丸を笑いながらオルセルは放つ。

「ぐぅっ……!?」

「がぁぅ!?」

 一発はアキュラの片手。

 残りの二発はレイブラントの盾を持つ腕と片膝。

 的確に急所を撃ち抜いて自由を奪っていく。身動き一つとれなくなるところにまで追いやると、オルセルは何の苦境もなく弾丸を装填していく。

「追いかけまわされるのも厄介だ……そうだな」

 地に足をつけたレイブラントの脳天に、銃口を突きつけられる。

(いつの間に!?)

 瞬き一つしていない。オルセルはいつの間にかレイブラントの前にいる。

「頭の冴える方から殺しておこう……私がメージで手を回していた間もネズミのようにコソコソ動いていたのは知っている。同じようなことをまたされでもしたら、迷惑だ。まずは貴様が死ね」

「やめろ、テメェッ!!」

 例え片膝が尽きようとも立ち上がるアキュラ。

「やかましい」

 二発。弾丸をアキュラに向けて発砲する。

「くっ、ふっ……」

 肩と腿を撃ち抜かれた。

 その瞬間意識が遠のいた。あまりの痛みに脳も理解を放棄しようとした。

 体の中でガラスが割れたように理性が壊れていく。鉄の匂いが鼻を刺激すると同時に力が抜けていく。彼女の体はついに床に寝そべってしまう。

「アキュラッ!」

「楽しみはとっておきたい。お前はゆっくりいたぶってやる」

 銃口は再びレイブラントへと向けられた。

「さてとここで提案だが、泣いて土下座して命乞いをしたら助けてやってもいいぞ? ついでにあの女を見捨てるのなら考えてもいい」

 最後の最後でお得意の取引。死ぬかどうかの瀬戸際に放つ。死神の契約だ。

「そうだな……そうすれば新市長の秘書くらいの座は与えてやってもいい。何せ貴様は賢いからな」

「……見え見えの嘘だな」

 その提案。当然レイブラントは乗ろうとも思わない。

「賢い人間である私を、お前は絶対生かしはしない……たかが知れている」

 相手の話に耳を傾けない。騎士としてはあまりに無礼な行為である。

「言い切ってやる。お前は平気で嘘をつき、何の躊躇いもなく引き金をひける男だ」

 だがこんな男に無礼もクソもあるものか。レイブラントは一人の騎士としてではなく、一人の人間として人差し指をナイフのように突き立てる。

「……仲間を売る真似だけはするものか」

 その瞳に騎士道を宿したまま。

「そうか、残念だな」

 この男は脅しには屈しない。恐怖も何もない。

 こんなにつまらない玩具はないだろう。オルセルはつまらなそうな表情で引き金に添えた指に力を入れる。

(クソッ……このままじゃ、アイツも俺もッ……!)

 力が入らない。床に寝そべったままのアキュラが拳を力む。

(何やってやがる……この日の為に生きたんだろッ……なのに、この体たらくはなんだ……クソッ!!)

 あの日の悲劇がまた繰り返される。

 あんな地獄を二度と見たくない。誰かが自分と同じような目に誰もあってほしくないなんて、そんなお人好しだけでオルセルを追いかけ続けたわけではない。

(失う……また失うッ……!)

 ただ両親と仲間たちを殺された恨みを晴らすために。その執念だけでこの数年をネズミのように生きてオルセルを探し回った。青春も捨て、未来も捨てて生き続けた。

(目の前にいるのに……こんなッ! クソッ……!)

 悔しさのあまり、アキュラの瞳には数年ぶりの涙が溢れようとしていた。

(すまねぇ、親父っ、おふくろッ……皆ッ……!)

 数か月の付き合いとはいえここまで付き合ってくれた仲間たち。そして故郷で友たちと過ごした日々が脳裏をよぎる。

 拭いきれない無念だけが体を蝕んでいくが、それは体を叩き起こすエンジンとしてはまだ足りない。

(俺は……私は役立たずだ……ッ! 何一つ変えられない、無力なごみだ……!)

 諦めてしまうのか。このまま。

 その疑念だけで、アキュラは瞳を閉じてしまいそうになる。

(神に祈るような真似までしてしまって……奇跡よ起きてと願ってしまっている……!! 私は、どうしてこんなにっ……だけど、だけどっ……!!)

 ここで瞳を閉じれば……皆がやられる。

 最悪な未来だけがやってくる。彼女自身、終わりを悟っていた。




 しかし。

 彼女の心の中にはまだ“善人”としての誇りが微かに残っていたのか。



(!!)

 執念。それが彼女の体に一瞬の“異変”を施す。

(……なんだ、この感覚?)

 意識を失いかけ、耳も瞳も、ほとんどの感覚がシャットダウンされそうになっている。朧げな意識の中、ピタリと床についた顔面と胸。

 冷たい地面が……その身に微かな振動の感覚を与えてくる。

(これはっ、気配?)

 その床の振動には確かな不自然がある。目の前の風景に違和感を覚えるほどの。

 




 鼓動。呼吸音と言えるのか。それとも血流の音なのか。

(間違いねぇッ……!)

 耳と体に伝わってくる謎の音が……彼女の闘志の炎を燃やした。

 ここまで蓄積させたダメージ。それがオルセルにとってアダとなった。

! 別の場所にいる!)

 朧げになる意識。それが彼の幻覚を一瞬でもとくカギとなったのか。術を発動し、安全圏にいるオルセルの位置を体が知らせてくれた。

(……見つけたぜっ。このおっ)

 一瞬で、拳に炎を纏う。

「腐れ外道野郎がァアアアアーーッ!!」

 悟られるよりも先。

 渾身の一発。拳銃より弾丸が放たれるよりも先にファイアボールを発射した。

 レイブラントの前にいるオルセルとは別の方向。そこには誰もいないはずの市長の座に向けて、今出せる最大火力の一撃を放つ。





「なにっ!?」

 誰もいないはずの市長の座から声が聞こえる。

 見えない何かとファイアボールが衝突する。

「ひっ、ぎぃいあう、ひがやあああ……!?」

 “幻覚が解ける” 

 “その場にいた戦士たちの悪夢が覚める”

「はっ、ふぅがあぁっ……あぁああああっ……!?!?」

 市長の座から崩れ落ちるオルセル。そこにいなかったはずの彼の姿が現れる。

 さっきまでとは百八十度変わった景色が……アキュラとレイブラントの瞳に映り込んだ。

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