タイトル.71「裏切り者とワイルドカード(後編)」
オルセル・レードナー。
ロックロートシティ政府の一員にしてその特殊部隊に属していながらも市長を裏切った張本人。市長の椅子は拭いきれていない血で汚れ切っている。
プロジェクトの元凶。全ての悪夢を孕む男。
アキュラが数年も追い続けた……前代未聞の畜生だ。
「惑わせた、だと?」
「さっきまでは見事に踊らされていたが、何かの拍子で抜けれたようだな……嫌な偶然だ」
やる気のない拍手。微かに口元から見える歯は嘲笑の証。
この男は彼女らを称賛する気はサラサラなく、むしろこの展開を一種の娯楽として捉えているようだ。
「アブノチでも十分、味わっただろう?」
このタワーの五階で受けた違和感。ゴールの見えない迷路に放り込まれたような感覚は少なくとも初めて経験した感覚ではなかった。
数日前、アブノチでの恐慌処断時にも同じ経験をしたことがある。
早いところ騒ぎを起こしているであろうカルラ達と合流しようにも、何故かそこまで到着できない現象があった。地図を何度も確認し、間違えていないルートを辿ったはずなのに。何度も何度も同じ道を引き返して。
あの現象。このオルセルという男の異能力であることが判明する。
「……なるほどな。奴らがわざと間違えて、時間稼ぎをしてるわけじゃないってのは分かった」
最初はもともと敵であったジャンヌ達の事は当然疑った。
道に迷ったような仕草も全て演技。一同を消耗させるための作戦ではないかと疑ってはいた。実はあの三人もこのオルセルという男と関わっているのではないかと。
だが、どうやら違ったようだ。
下にいる連中と連絡を取りたいと思っているが残念ながらアキュラ達はロゴスのメンバーとメールアドレスの交換はしていない。
下のメンツが仲間割れを起こさないかが心配であるが、連絡を取り合う手段は一つだけある。
「……ようやく見つけたぜ、ド畜生が」
アキュラの右手が燃える。
そうだ、連絡をする方法の一つ。それは容易いことだ。
「俺は……私はな! その面を潰すために。テメェの中の臓器一つ残らず抉るために……体の芯も残らず炙って泣き散らかす為にっ!」
この男を手っ取り早く殺して、能力を解除させればいい。
「青春も! 女も! 何もかもを捨てて! 泥水すすって這いずり回りながら……すべての恥を受け入れながら! 今日という今日を生きてきたッ!!」
そして下の奴に種明かしをしてやればいいだけの事だ。ここでとやかく話を続けることが時間の無駄だ。
「オルセル・レードナー。故郷を侵したその罪! 贖ってもらう……ッ!!」
恐慌処断。それは政府に逆らう分子を一人でも減らすための手段。いわば見せしめ処刑というものだ。
ロックロートシティの更なる繁栄、そのバランスの調整。それを外部の生命達の破滅という形で表上の安寧を作り上げていく。いわば独裁者による権利の乱用。
だがこの男は違う。この男が市長に許可を得てまで行ってきた恐慌処断は自分の利益のために行ってきただけ。
そして今、オルセルの計画の全貌が明かされた。この世界全ての権利を手中に収めるという野望。世界征服をもくろむ魔王の願望だ。
余計に殺意と闘志が湧き上がる。
「テメェは絶対に殺す……! 詫びる時間、今から死ぬんだって実感する時間すらも与えねぇえッ!!」
一直線。ただ仁王立ちしているだけのオルセルのもとへ拳を突き出し直進する。
オルセルの前方にあった市長のテーブルはアキュラの炎で粉砕され、次第に彼女自身もオルセルの目前にまで到達する。
「燃えちまえ! 《
「はっ……、《超幻想》」
オルセルは回避をしない。
「お前には現実を理解する暇がない」
腰に手をやり笑ったまま、その拳を迎え入れる準備を終えている。
「えっ?」
アキュラが瞬きをし、次に目を開けたその頃には。
「!?」
前方に盾を構えているレイブラントの背中。
アキュラは困惑する。直進していたはずなのにレイブラントの真後ろへと移動していたのだ。気が付いたころには----
「ぐあぁああっ!?」
拳は背中に直撃。いくら甲冑をつけて居ようと……殺す気でかかっていたアキュラの炎ならば十分すぎる威力。
「レイブラント!? なんで、そこに!?」
「ハッハッハ! こんな時に仲間割れとは恐れ入った!」
オルセルは大笑いしながらアキュラの愚行を笑う。
何故だか分からない。何が起きたのか理解も出来ない。
確かにアキュラは前進していた。その証拠に目の前にあった市長のテーブルは粉々に砕け散って、飛び火によって燃え盛っている。確かにアキュラはそこまで移動はしていたのだ。
だが、気が付けば、アキュラはレイブラントの真後ろへと飛ばされていた。
「違うッ! 俺は確かに間違いなくお前を殴ろうとした! レイブラントは狙っていねぇっ! 仲間を殴るわけねぇだろうが!!」
「どうだかな? 私に向かうどころか、お前は“そこの男に向かって直進していたじゃないか”」
オルセルはそう言い切って見せている。
アキュラは彼のいた地点にまで到達していない。事もあろうことか、味方であるはずのレイブラントの方へと直進したと言い張って見せているのだ。
「……そうなのか、レイブラント?」
「ああ」
レイブラントは立ち上がる。
「その男の言うとおり……お前は前に出たと同時に、気が付けばこちらに迫っていたんだ」
気が付けばアキュラは彼の眼前ではなく、レイブラントの真後ろにいたというのは事実のようだ。
「いつの間にかな……!」
それを認識する隙すらも与えられなかった。レイブラントも強く困惑している。
「どうしたのだ? 私を殺すのではないのか……それとも金の欲しさに私の傘下へ下るつもりか? 金にうるさい便利屋ならあり得る話だろうなぁ?」
裏切り者・オルセルはアキュラをそう呼んだ。
結局は金に溺れる女。目の前に権利を持つ者がいれば貪欲にもその男に下るのもおかしくはない。オルセルはそう笑っている。
「違ぇッ! 俺は!!」
「アキュラっ!!」
喝を入れるような声。アキュラの発言をレイブラントが許さない。
「……わかっている。心配するな」
甲冑が凹むほどの威力。直撃であれば致命傷であった。
「確かにお前は金にうるさく、乱暴ではある。目的のためならば手段を問わない強引さもあるさ……だが、あのような外道ほど落ちぶれてはいない」
一歩ずつ、戸惑うアキュラのもとへと近寄っていく。
「あの男の術中にはまっているのだろう。君も、俺も」
落ち着くように。心を確かに。
レイブラントの一喝だ。
「……最初のころは紳士的だったはずなんだがな。私に対して言葉に容赦なくなったあたり、人使いの粗さを根には持ってるか? 」
いつも通りの空気。しかし微かに安堵を感じる。
「どうだろうな……自然と口に出ていたよ」
アキュラとレイブラントは再び二人並ぶ。
市長室に足を踏み入れたこの瞬間、この男の能力の範囲内に入ってしまったのだろう。この能力の正体は幻覚であることは分かった。
あとは解決策を見つけるのみ。
今、すべての青春を犠牲にしたアキュラの旅路……その果てに待っていた戦い。
「お前は我が故郷を貶めただけでなく。我が友・アキュラをも侮辱した……俺は今、彼女の決着のために。そして、俺自身の決着のために! オルセル・レードナー! 貴様をこの場で断罪する!」
レイブラントは盾を構え、宣戦布告。
「そうだ。これは決着だ。俺の全てを奪ったお前を殺すため。今日という今日の全てを。その人生に賭けてきた……おいよく聞けよクソ野郎。お前はまだ、俺から何かを奪おうというのなら」
アキュラの拳が再び真っ赤に燃え上がる。
「今というこの瞬間に、貴様を潰して殺す-----」
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