タイトル.69「時代の災厄 アイザ・クロックォル(その3)」


 観光、食事会、そして今後の話し合いなど。敵国に向けての牽制や反撃の準備などトップ配下の組織の面々も各自会談などを行っていた。

 初日からあんなハプニングがあったこともあり、神代駆楽とアイザ・クロックォル は極力鉢合わせしないように配慮することになった。

 トップ同士の会談での相席はカルラこそ認められたが、そういった方面では全くチンプンカンプンだというアイザの同席は当然認められなかった。

 敵国の動き、そして軍備の増強など。

 今、世界で最も注目されている二国がこうして手を組むのだ。ひっそりと協定を結んで動きを進めていた別の同盟軍は今頃白目むいて、唸り声をあげていると思う。


『ところで、例の調査書の話なのですが』

『ああ、あの“空”の件だが……』

 それともう一つ、同盟国からの伝書と調査報告書。あの中には一つ、カルラが興味をもった文書がある。相席した会議の座に配られた一枚の報告書へと手を伸ばす。


 “空がおかしい”

 最初の一文が凄く漠然としていたのは覚えている。


 最近、空に“妙な何か”が見えるようになったという。

 宇宙というのだろうか。太陽を覆う不自然な闇。写真で見る限りでもそのよくわからない例えが正確であることを知る。

 実際、日本でもこの不思議な現象は度々目撃されているという。最初こそ気のせいだと思われていたようだが……日本軍もその現象について、一枚の写真と動画へ収めることに成功した。


 一瞬だけだが、空に巨大な穴が開くのだ。

 まるで瞳のような。切れ目が突然現れ、瞼を開くように大きな穴を作り上げる。その中身は先述の通り、宇宙のように底の知れない闇のような何か。施設の天体望遠鏡などでその穴の先を確認しようにもその奥は見えそうにない。

 あの穴の正体が何なのかは分からない。これについても随時報告と伝達を怠らないようにと互いに話を進めている。

(まさか、俺たちの知らない別の世界につながってるとかじゃないだろうな)

 巨大な穴。空の割れ目の写真を片手にカルラは妄想に耽ってみる。

(なんてな。そんなSF映画みたいなこと、あるわけなかろーに)

 らしくない夢物語を想像してしまい、カルラは誤魔化すようにアクビをかました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 数分後、会談が終わり再び食事会となるようだ。

 その間は別の日本軍兵士と神代本家の数名がボディガードとして配置されることになる。あまり過剰な防衛ラインを張っておくと警戒しすぎだと同盟国家を不快な気持ちにさせてしまうだろう。


 空いた時間。カルラは今のうちに食事をとるようにと命令された。

 育ち盛りの彼は結構な量を食べる。それを考慮していたのか、古き良き魚のフライ乗せのり弁当が二つ。皮付きのオレンジが二つとポテトサラダもたっぷり。

 冷めた弁当だけでは腹持ちも悪いという事で、みそ汁の入った水筒も手渡された。本来であれば本家の人間同様、会談の席で用意される豪華ディナーにありつけたいところだが……分家であると同時に一兵士でしかない分際でそれは許されない。


「さてと、どこで食べようか」

 弁当片手。これくらいの食事の方が緊張もしなくていいと考えられる。カルラは舌なめずりをしながら会議室以外の場所を探す。

「……ん?」

 丁度良い席が見えた。カルラが中庭に足を踏み入れた直後だった。

「おなかすいたー!」

 ……先客がいた。

 スカートだというのに人目も気にせずバタバタと動く足。見た目とはあまりに不釣り合いな無邪気とミーハー度合い。それといった表情の変化は見えないが頬を膨らませる仕草から見て、怒っていることはわかる。アイザ・クロックォルだ。

 やはり念のためという事もある。カルラとは鉢合わせしないように調整こそしていたがすぐに大統領の助けに入れるようスタンバイはされていたようだ。軍のエースである少女はカルラが目を付けた場所で何やらワガママを言ってる。

「アイザ様、食事の時間は三十分先となっています」

「それまではどうか……」

 ボディガード達はどうしたものかと焦っているようだった。

 何せ相手が相手だ。変に圧力を与えれば何をされるか分からない。あまり刺激を与えないように惑っている良い大人達の姿が社会情勢に揉まれる社会人の姿そのものを表しているようで妙に痛々しい。

「やだやだー! おなかすいたー!!」

 大暴れ。今すぐにでもその場から飛び出しそうな勢いである。

「アイザも何か食べたいもん! だいとーりょーだけ美味しいもの食べてるなんてズルい! アイザも何か、」

「うるせぇなぁ~、折角の美人が台無しだぜ。ホント?」

 ……カルラはもう一つののり弁当をアイザに手渡す。

「頼むからちょっとクールで静かな大人の女性路線でいかないか? そしたら俺もお前を見るたびにテンション上がるからさ?」

「あっ! また会えた!」

「はーい、ストップ!」

 MURAMASAを引っこ抜こうとした直後、カルラは慌てて彼女の両手を塞ぐ。あと数秒でも遅かったらこの中庭が再び戦場になるところだった。

 この少女との戦闘は食前の運動にしてはハードすぎる。いかんせん丁度腹も減った頃合いにやるには拷問以外に他ならない。

「……腹減ってるなら、一緒に飯食うか?」

「ん~?」

 両手を押さえられたまま、アイザが首をかしげる。

「これ、ごはんなの~?」

「まあな。とはいえ日本の庶民のお弁当だ。口に合うかは分からないけどよ」

「……食べる!」

 アイザはカルラの手を振りほどくと、ひざの上にのせられた弁当へ手を伸ばす。

 魚のフライとオレンジ。ほんのり香る甘酸っぱい匂いと油っぽい匂いは少女の食欲にとどめを刺すには丁度いいものだった。

「ねぇ、フォークは~?」

 目を輝かせながら、まだかまだかと少女は急かしてくる。

「できれば箸を使えって言いたいが、あれは慣れるまでに時間かかるしな……あったあった。ほらよ」

 弁当となればプラスチックのフォークがあると思った。ビニール袋の中を探してみれば箸とは別にフォークも用意されていた。

「あ、あの、食事はこちらで」

「軽い食事くらいならいいだろ。ここでワガママ言って暴れまわってもらう方が困るんだよ。こちら側としてはな」

 ボディガードの反論を堂々と抑え込む。

 実際この場で大暴れされるのは非常に困る。それは日本軍側もそうであるし、外交を結びに来たはずのこの軍だって同じことだ。初日であんなご挨拶を交わしてしまったのだから、これ以上の無礼は避けたいはずである。

「なーに、この程度の弁当じゃ育ち盛りには足りねぇよ。この後のメシに支障は出ねぇだろ。現役育ち盛りの俺が言うんだから間違いないさ」

 小腹を満たす程度だ。それくらいなら問題ないだろうと告げる。

 その場でアグラを掻いて座ったカルラは弁当を開いて、飯にありつける。

 随分と場所探しに時間を食ったのだ。フォークを手渡した直後にカルラも掻き込むように弁当を放り込む。

「いただきまーす!」

 カルラに合わせ、アイザも弁当の中の食事にありつける。

「どうだ、いけるか?」

「おいしい!」

 どうやらお気に召したようである。

「さてと、スープも欲しいところだ」

 水筒から味噌汁も取り出した。

「アンタもいるかい? 冷や飯だけじゃ喉が寂しいだろ?」

「何それ~!? それも食べ物!?」

 何から何まで日本の食事については詳しくないようである。初体験もよいものだと考え、水筒のコップに味噌汁を注ぐとそれをアイザに手渡した。

「まぁ、ちょい熱すぎるから冷まして飲んだ方が」

「いただきまーす」

 するとどうだろうか。多少冷まさないと舌を火傷するレベルの味噌汁を何の躊躇もなく飲み干した。冷ますことなく一気に。

「……熱くないのか?」

「何が?」

 そういいながら、アイザは魚のフライを口いっぱいに頬張った。

 唇が妙に腫れているのが見える。汁の垂れたアゴも真っ赤になっている。あれは間違いなく“火傷”であるのはわかる。

「……なぁ、聞ける範囲まででいいから聞きたいんだけどさ」

 近くのボディガードに耳打ちをするように聞く。

「あいつって、本当に“痛覚”とかないわけ?」

 ずっと、気になってることだった。

 戦場でも何度肌を切り裂こうが悲痛な顔はしない。どれだけ無理な動きをしようとも、何度骨を折っても、この少女は表情一つ変えないまま戦闘を続行したのだ。

 痛みを知らぬ少女。本当に痛覚がないのかどうか。疑問に思ったカルラは聞ける範囲で聞き出そうと試みた。


「彼女は施設により育てられた強化人間。幼い頃より戦闘のみの知識を与えられ、余分な知識は与えぬよう教育されてきました……最初のプロジェクトでは余計な感情も与えぬよう精神的操作と肉体の調整を行い続けてきましたが、過剰にやりすぎた結果あのように」

 見た目ながらに精神が幼いのは強化のしすぎの副作用。その話は聞いたことがある。やはり聞き出せるのは周囲にも認知されているだけの情報程度だろうかと、味噌汁を息で冷ましてから飲み干していく。

「……その最中、肉体強化を続ける過程にて、その肉体は“痛覚”を失いました。戦闘に最も適した肉体の完成はプロジェクト上では成功したのです」

 と思いきや、あまり知られていないことを聞き出すことも出来た。同じ協定同士、それくらいの情報なら漏らしても問題ないと判断されているのだろう。それだけ、この国家はアイザという戦士に自信があるようだ。

 ……随分と酷な話を聞いた気がする。

 ボディガード達も、一人の少女がこのような兵器に育てられることに複雑な気持ちを浮かべているようだった。

「兵器、か」

 兵器として利用される人間。カルラもまた、分家で育ての親であるクザンからは人間として見られてはいるが……本家の人間からは『野暮用を叩き、十分な利益を得るために使用する手駒』として見られている。

 どこか、似たような境遇である。

 不思議とカルラは少女に自分の姿を重ねてしまう。

「ごちそうさま!」

 満面な笑み。少女の笑顔。その大人っぽい見た目には不釣り合いの表情。

「おそまつさま。作ったの俺じゃないけど」

 綺麗で眩しい光景であるが、やはりその体でその笑顔は似合わない。カルラは気まずそうな表情でアイザから空の弁当を受け取る。

「……お前、オレンジの皮はどうした?」

「え?」

 いつしか二人の戦士は……一時的に肩を並べて戦うようになった。


 “いつか、また敵になるかもしれない”。

 カルラ側はラインを位置づけ、距離こそ取ってはいた。

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