タイトル.70「カルラとアイザ(前編)」
それから、ずっと長い事戦ってきた気がする。
『二人の悪魔が手を組んでしまった』
それこそ敵国家の人間たちは世界の終わりでも思うような目でその光景を目の当たりにしたことだろう。
カルラとアイザ。
長い事、二人は肩を並べて戦った。
長い事、二人は背中を合わせて戦った。
長い事、二人は共に勝利へと導いてきた。
次第にその二人の間には、絆が生まれるようになってしまって。
……いつか、あの日を思い出すようにもなって。
戦争の終わりも見えてきて。あっという間に事は進んで。
そして……空が暗くなって。
別の意味で時代は混沌を迎えて。
気が付けば……
アイザ・クロックォルは、いなくなってしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「!」
悪魔同士の戦いはまだ終わらない。
エネルギーが底をつきかけているアイザ。しかし彼女はMURAMASAからの非常停止命令もすべてを無視して、紫色の巨人へ歯向かっている。
主人に戦闘能力増加傾向を促しながらもある程度の制限をかける村正と違って、アイザの使用するMURAMASAは使用者を戦闘の道具としてしか見ていない。
使用者の意思など関係もなくリミッターを外し、状況の不利などを悟ったら戦闘能力増加に使用するはずのエネルギーを肉体停止に利用し、戦闘を強制終了させる状況へと持っていく。今、MURAMASAはその状態だ。意地でもアイザを止めようとしている。
その命令を彼女は今、本能のみで振り切っている。
MURAMASAからは故障を意味する放電が起きつつある。真っ黒いガスが噴き出ると同時、少女の肉体にも不自然な傾向が見られ始める。
「小娘がぁああッ!」
「……っ!」
正面からぶん殴られる。見た目は華奢な彼女だ。体重も総じて軽くない肉体はフワリと浮き上がり、カルラ同様に硬い地表に叩きつけられると同時にクレーターも作り上げる。
アイザの体はボロ雑巾のように叩きつけられた地表から剥がれ落ちる。骨が砕けた音、右手もあらぬ方向を向き、足も痙攣を始めている。
「だめ、だよ。だめ、だから」
……だが、少女は起き上がる。
何故なら彼女は“痛覚”というものがない。ダメージを受けてはいるものの、少女自身には何の苦痛も恐怖も感じない。
(やめっ、ろっ……アイザっ……!)
これ以上は“本当に死ぬ”。
痛覚がなくとも体には負担がかかっている。これ以上戦闘が続けば少女は理解すら示すことなく息の根を止めることになる。
カルラが動かせるのは最早小指一本のみだ。こんな体たらくで少女を助けに行こうなど叶うはずもない。
「貴様まだやるかッ!」
拳を何度も叩きつけられ、痛めつけられても少女は立ち上がる。
MURAMASAもショート寸前だ。エネルギーをすべて体の停止へ回そうとしても少女がそれを否定するためにシステムが暴走を起こしかけている。
アイザの右手はもう使い物にならない。明後日の方向を向いている。それでもなおガンブレードを握っている姿が苦痛で仕方ない。
「馬鹿な真似も甚だしい! 私を侮辱する上での行動か! それとも!」
紫の巨人は右手から酸の液体を吹き飛ばす。
……折れ曲がった右手に降りかかり、蒸発して消し去る。
右手を完全に失った。だがアイザは紫の巨人の打倒を諦めない。
「それほどに、この男に“情”があるかっ!」
「……だって、かるら は」
アイザは刃を振り下ろしながら口を開く。例え拒否されようとも、MURAMASAを死神の鎌の如く振るう。
「かるらはね」
(やめろ、頼むっ……!)
ただ、カルラは唸るのみ。
「大事な」
(違う! お前は俺のっ……!)
止まってくれ。頼むからやめてくれ。
カルラの思いは無情にも届かない。
「友達だ、もん」
アイザの足に限界が訪れる。
痛みも知らぬまま、少女はその場で倒れ込む。
(これ、以上……やめてくれっ……!!)
「愚かな……先にお前を裁いてやろォッ!!」
紫色の巨人が少女をあざ笑う。
(お前は友達なんかじゃねぇ……お前は敵だっ……!!)
足掻くムジナ。その悲惨な末路を上から嗤う。とにかく滑稽だと、とにかく惨めだと。無意味な死を遂げようとしている愚か者だとジャイロエッジは嘲笑う。
(早く、とまれ、止まれっ……!)
拳があげられる。最後のトドメ。その肉体を破片も残らず消しておく。
「美しいまま終わるがいい! トドメだぁあああああー---!!」
毒液を晒した右腕を、ジャイロエッジは処刑のギロチンとして振り下ろした。
「やめろォオオーーッ!!!」
無残なカルラ。残った体力を持って出来たのは……叫ぶことだけだった。
「何、勝手に諦めてるのよ」
拳がアイザの体を押しつぶす。
拳の抜かれた大地には、紫色の毒をまき散らした痛々しい痕跡だけが残る。
「あれ?」
……無傷。
拳の退いた場所には潰されてはいないアイザの姿がある。
「なにっ……これはぁッ!?」
ジャイロエッジが叫んではいる。その場で叫びたいのはカルラの方だった。
当然だ。なぜ彼女の体が無事なのか。
たった今、体は押しつぶされてミンチにされたはずなのになぜ生きているのか。エネルギーによる肉体強化も終わっているはずなのに。
……潰れたと思われる、アイザの肉体にそっと視線を向けてみる。
「好き勝手やって勝手に諦めて。どれだけ聞かないんだか」
アイザの肉体は修復されている。
一方でジャイロエッジの毒腕は……まるでデータ化されたかのように。ノイズがかかったように崩れ落ちている。
「でも大好きよ。貴方たちくらい自由なのは。諦めるのは許さないけど」
ノイズのような不自然な揺らめきとモザイク。どこかで見覚えのある歪み。
「貴様何をしたッ!? まだ奥の手を隠して、」
「はい、そこ、うるさいから静かに」
叫び散らしていたジャイロエッジの体が止まる。
「誰がいる!? そこにいったい誰がいるのだ!? 誰が私の夢を否定した!? 誰が私の欲望を拒否したのだ!? 誰が私をみじめにしたのだァアアアーーー!?」
闘牛のように暴れまわる。悲鳴はやがて苦痛の発狂へと変わっていく。
「空気の読めないオバカさんはここで退場しましょうね~」
人を小馬鹿にするような声と共に。
ジャイロエッジの肉体はあっという間に粒子化。塵となっていく。
今までの叫びが消えていく。停止ボタンを押されたビデオテープのように、ぴたりと止まる。この空間から消え去ってしまう。
ノイズのように目の悪いモザイクと電流の錯覚を残しながら……完全不死身の再生能力を持った肉体は事も簡単に消滅していく。溶けた氷のように。
いや、消滅していくというよりは……
“とある人物の手中に収められていくようだった”。
「お前は……なんでっ……」」
不可解すぎる風景。その正体がカルラの目に入る。
「こんなの残しといても何の役にも立たないだろうし……小バエのように耳障りなのストレスしか溜まらないでしょうね。はい、【消去】」
謎の人物の手中で小さな球体フォルダとなったジャイロエッジは果実のように握り潰される。微塵も残らず、さっぱりと消え去る。
見覚えのあるその姿。まるで出来の悪いペットをしつけるようなその言い分。
「クソアイドルッ……!!」
真っ白い水着のような衣装。その上にはピンクの透明レースをあしらったワンピース衣装に過剰なまでのデコレーションとアクセサリー。
ミラーボールのように眩しいニーソックス。ワガママなお姫様オーラを掻き立てる長髪と大きなマイク付きヘッドホンがその視線を引く。
「おっひさ~、カルラお兄ちゃん♪」
電子の女王・フゥアリーン。
手にかけたハズの敵が何食わぬ顔で舌なめずりをしていた。
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