タイトル.64「データで生まれた世話係(後編)」
それから、三度にわたる戦闘配備テストが行われた。
結果は上々だった。彼の戦果はより異常なものへ。銃弾の雨霰の中を正面から桁違いのスピードで接近し、どのような兵器であろうが薙ぎ払っていった。
「はっはっは! 今日も大勝利! ヒーローに負けはないんだよ!」
戦場のど真ん中。焦げた煙と血の匂いで頭がおかしくなる。しかし、どれだけの死臭と二酸化炭素ガスを飲み込もうが、カルラは大笑いしたままだ。
どこからどこまで、不謹慎で不愉快。デリカシーの欠片などゴミ箱に放り込んでいそうな男だ。
『……ご主人』
「よぉ、ヨカゼ。今日もお疲れさん。お前も俺についてくるようになったか……なんてな! ガハハハハッ!」
『……なぜ、ご主人は私を見るたびに悲しい顔をなされるのですか?』
「!」
不意すぎる質問。カルラは目を丸くして固まってしまう。
『どうかなさいました?』
「いや、ちょっと驚いたのさ。プログラムでも私情で質問してくるんだなって」
『……人間に近い感情を持ったAI、として作られましたから。本来必要ではないと思うのですが、研究員の成果を表すための拘りとのことで……システムにしては立場の悪いものとなりました』
感情を持ったプログラム。これほど不合理なものは存在しないだろう。
戦争を迎えるよりも前から、お手伝いロボットなるものは存在していた。しかし、所詮は動く無機質な存在であるが故、その存在は次第に満足のいかないものとなり始めていた。
この時代より感情を持ったAIの開発は進んでいたのだ。その完成形ともいえるヨカゼが今になって誕生するのはあまりにも遅すぎるし、舞台に足を踏み入れることも場違いだと言われそうである。ヨカゼは気まずそうに笑ってごまかした。
「その質問は、俺の今後の精神安定の意味合いも兼ねての質問かい?」
『そう受け取ってもらえるのが幸いです』
「ふーん、随分と俺の肉体に影響してたのかい……まぁ、別に隠すことでもないし、少しくらい喋ってもいいか」
気まずそうに笑ったのはカルラも同じだった。村正の出力を切り、部隊からのトラックによる迎えが来るまでは携帯端末にいる彼女と二人きりで質問タイムにした。
ヨカゼの可愛らしい幼女の姿が映るスマートフォンを片手、互いに目を向けあって質問の問答を始める。
「……俺の事をそれなりに調べてるんだろ。ならわかるはずだ。俺が一回だけ“泣いたこと”があるってことを」
『いえ、知りません』
「ありゃりゃっ」
血も涙もない鬼。それが神代駆楽。
日本においては英雄と言ってもいい人間であるはずなのに、その姿と本家による陰謀が故に彼は否定的な存在として晒されている。
「そういうところはどうでもいいってか……よく分からねぇな。となると、その見た目は偶然……いやわからんな」
だが、そんな彼が一度。人間の死に涙したことがあるという。
「まぁいいや。ともかく俺は一回だけ泣いたんだよ」
カルラが泣いた。それは彼女からすれば信じられない事だった。だからこそ、心の底で驚いた。
「……ダチがいたんだ」
東京エリアの片隅。そこで一人の少年が本家の命令により射殺された。その人物はカルラと長く交流があったらしく、いわば友人ともいえる関係にあった。
「俺に関わったが故に殺されてな」
だが、その存在は彼の立場を良心的な方向へもっていく危険性もあった。同時、彼が今後、出張った真似をしないようにするという意味合いの脅しも込めて、暗殺を試みたのである。
「……その日、初めて泣いたんだ。本当に悔しくて、本当につらくて……初めてだった。俺、好きだったんだって」
カルラは激昂した。
あとはそのまま、本家に牙をむくような真似をしてくれれば、本家としては楽なものであったようだが……彼はその牙をひっこめた。歯がゆい気持ちでありながらも、その怒りを抑え込んだという。
ここで事を荒立ててれば、世話になった神代久山へと迷惑をかける。それこそ本家の思うつぼであることと理性で思いとどまったからこそ、それ以上の荒行時には至らなかった。
『その事件と私に何の関係が?』
その日の事件、何が関係しているのかとヨカゼは首をかしげる。
「……お前さ、似てるんだよ。俺の友達だった子供にさ」
ヨカゼのCGデータ。その姿に少年の面影を見たのだという。
「んで、その日の事を思い出しちまうのさ。後悔というか、無念というか。なんというか、さ」
あの日、声を荒げてチェンジと言った。あの言葉、あのワガママにはそのことも含まれていたのだろうか。
ただでさえ、まだあの日の出来事の傷が癒え切れていないコンディション。その中で傷を抉らせる。無意識であったのか、それとも“神代家の陰謀”だったのか、ヨカゼの見た目のルーツは誰も知らない。
『……申し訳ありません。お答えしづらい質問に』
「いいんだよ。気になっちまうのは仕方ない。余程変な質問でもしなければ、お前をたたき割るような真似はしねぇ」
余程の質問。
そのライン。その意図は若干だが予測は出来る。そこが彼の逆鱗、我慢の限度。当然、そこへ踏み入ることだけはしなかった。
『なぜ、質問に答えてくださったのですか』
「そりゃぁ、まあ」
人差し指で頬を掻きながら、彼は応えた。
「その質問。本家の陰謀じゃなくて、お前自身の質問のような気がしたからさ。それに、これくらいの事は本家にばらされたって、何にもないからよ」
『!!』
ヨカゼはあまりにも驚いた。データによる演算で誤魔化そうとはした。しかしそれが間に合わず、言葉に変な間をつってしまう。
「おいおい、何驚いてんだ? 最初から気づいてたよ。俺がこんな危ない兵器に選ばれたのは本家が絡んでるってさ……まぁ選ばれてこそいたが、志願したのは俺なんだけどな」
すべて見通したような言い方だった。事実。カルラの名推理はすべて的中。ヨカゼを更に黙らせる結果になってしまった。
「さしずめ、この兵器の使い方を間違って自爆してくれればラッキー程度に考えてたんだろ。まぁ、そんな安っぽく死ぬ三流ではないがね、俺は」
『……それを知って、何故』
分からない。
その陰謀を知っても何故、彼は破滅の道に足を一歩踏み込んだのか。
“最悪の場合、死ぬかもしれない狂気の露頭へ”。
「俺は一秒でも早く戦争を終わらせたい」
道端に倒れているのは外国の兵士。
……家族と共に映った写真が片手に握られている。飛び火で焦げてしまい、砂ぼこりで色褪せている。酷く醜い表情で死を迎えた兵士であるが、その写真に写る兵士の素顔は家族ともどもに綺麗な笑顔である。
「そのためにはもっと力が必要だ。だからお前に賭けてみた。それだけの力があるかどうかを」
『こうして使い続けているということは』
「ああ、その点は合格だ」
ニカっとカルラが笑う。
「……本家が何か仕掛けているのかもしれないが、そんな小細工で俺を倒せると思うなよ。俺はその程度で潰れるガラじゃねぇ……お前も忘れるな」
携帯電話へ、本家に聞こえもしない宣戦布告を告げる。
「牙をむいたら容赦はしねぇ……お前とも戦ってやる。お前を飼いならしてやる。お前が“飼い犬”だってことを忘れるな」
『……クスッ、犬ですか』
プログラムであるヨカゼは思わず笑いだしてしまった。今、この場で笑っているという感情が見えても問題なしと判断したのか。CGデータも動きを投影し、ちょっとせき込むように笑いだす。
「おいおい、何がおかしいんだよ」
『随分と、変わった人だなぁ、って』
「……間違えるなよ、俺は“人”じゃねぇ」
これが、カルラが口にした最後の警告。
「俺は“悪魔”だ」
人類とも違う、ノミなどとは違う人種。
世界を自分勝手に掻きまわす悪魔。カルラは自身をそう名乗ったのだ。
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