タイトル.65「残虐デモンストレーション(前編)」


 悪魔、と彼は例えた。彼はこうも言った。

 “人間なら、こんなフザケきった強さなワケがない”


 彼はこうも言った。

 “人間なら、人殺し以外にも出来ることがあるだろう”。


 最後に彼は言った。

 “もう弱い人間の感情なんて、理解できなくなった”。


 すべてを放棄した。と遠回しに彼は答えたのだ。

 自身が一瞬でも抱いた理想のすべてを否定した、そんな答えを口にしたのだ。

 だが、ヨカゼは知っている。


 そんなわけがない。

 彼は人を殺すことだけに存在の意義を求められる存在ではない。


 人間という生き物は微弱で小癪である。それはヨカゼ自身も十分承知している。

すべての人間の脳波を越えた精密コンピュータである彼女にとって。人間は理解もしやすく、操作もしやすい容易い生き物であるということも。

 カルラは人間の事なんて見捨てたと言い切った。もう理解する必要もない。分かり合おうとすること自体が無意味であると、疲れ切ったような言葉でそう表した。



 ……違う。


 彼はやはり、らしい。

 人間のすべてを理解してしまっているAI。その上に人間らしい自我を芽生えさせてしまった余計なプログラムだからこそ気付ける。


 生きている。彼の心には、まだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ……ロックロートシティが制圧されてから数時間が経過した。

 既に住民の四割近くが殺害されている。残りの五割は恐怖に怯え新市長に従うばかり。残りの一割はそのどちらにも属さず、今もなお街の何処かで息をひそめて逃げ切っているか。

「呆気ない。動いてしまえば、こんなものか」

 数日前。活気を賑わっていたロックロートシティは一瞬にして沈黙の街へと姿を変えてしまう。もうこの街には政府による最低限の法律も、ネットアイドル・リンによる激励の言葉も何もない。


 オルセル・レードナーの思うがまま。

 既にこの街を一つのテリトリーとして掌握したオルセルは次の段階へと取り掛かろうとしている。この周辺地域の街を次々と乗っ取っていき、次第にはこの世界全てを手中へと収めるのだ。

「私の仕切りに従うのは二割程度……当然か」

 今、オルセルは市長の椅子に腰かけ、目の前のパソコンに表示された、各国の代表と緊急会談を開いている。

 といっても、その内容は街の全財産と権限をロックロート新市長へと譲渡せよという一方的なもの。秩序もなにもない私利私欲の暴言だった。

『ふざけるな! こんな暴虐、許せるものか!』

『これ以上の独裁を中止しろ! さもなくば、我々にも考えはある!』

 当然、パソコンに映し出されているトップ達は怒り狂っている。こんな暴虐が許されるはずもない。いくら不死身のバイオ人間を大量に投下しようと、それならば各代表全て結託し、ロックロートシティの攻撃へと取り掛かる。

『我々は貴様に降伏しない!!』

『元より貴様らは狂っていたのだ……これが反撃のチャンスとなるならば、我々は容赦はしない!』

 いわば宣戦布告。戦争の幕開けを告げる最終警告だった。

 オルセルは当然こんな展開は予測していた。汗水流してようやく購入したマイホームを何の理由もなく寄越せと言われ、愛想よく渡せる者がいるはずもない。そんな人物はお人よしなどではなく、後先が見えないタダのバカだ。


 ……しかし、オルセルはこうも思う。

 今ここで、大人しく従わない彼らこそ、バカであるということを。

「あまり、ガヤガヤと喋らないでいただきたい」

 両手をたたき、向こう側の反論を止めようとする。

「あなた達に決定権があるとお思いで?」

 火に油を注ぐ言葉。

 当然、トップ達の怒りは臨界点に到達した。最早一刻も余地も必要ない。

 住民たちには気の毒であるが、それぞれの街の秩序の安寧のために、ロックロートシティへの全面攻撃を宣言する。

 どこの馬の骨かもわからない男に好き放題言われ、その上見下すような言動。中にはその地位にまで上り詰めたことに誇りを持っている者も数名いたのだ。理性が糸のように切れるのも時間の問題だった。


 最早、会議のしようがない。

 トップ達はこの会議の終了を宣告しようとした。



「……愚かな」

 その手前。オルセルは、携帯端末を一つ取り出した。

「お忘れか。我々、本部のみに持つことを許された“唯一無二の権限”があることを」

 そこに映し出されているのは……数多くの異世界放浪者を吐き出してきた“カオスゲート”。その原因を突き止めるため政府が総意を結集して作り上げた“観測天空島”……【空中要塞アトラウス】。

「この要塞はカオスゲートへの緊急攻撃を可能とし、カオスゲートより観測される異常な量のエネルギーを一身にして受け止める結界を発生させる。かつてこの世界の創造に一役買った魔法使い数百万人分の魔力エネルギーが浮遊するこの島に搭載されているのだ」

 携帯端末の映像がアウロラの地図へと切り替わる。

「そのエネルギーは今、私の手中にあることを忘れるな」

 指定されたのは、現在会談を行っているトップの一人が取り仕切る巨大な街。

 それが位置する地点を人差し指でタップする。















 数秒後。

 “生贄に選ばれた男”は光に飲み込まれ、その映像はノイズとなって消え去った。


 ……トップ達が慌てだす。

 数秒後、各地域に配備された政府兵より伝達が下る。


「見ての通りです。変な事は考えないでいただきたい」

 空中要塞アトラウスより、膨大なエネルギー反応を観測。

 本来カオスゲートへと放たれるはずのエネルギー砲。異世界より現れる異物を追い払うためのアトラウスの魔術兵器。名を”魔導砲”。

 巨大な洞筒より発生する魔方陣は……本来発生する地点の真逆へと現れ、オルセルが指定した座標へと狙いを定めていた。

「たった一発限りだとお思いかな? そうでないことの証明のためにもう数発落とさせていただきますとも……ご安心を、デモンストレーションのためにそう何回も街を破壊しては不易だ……次の数発は消えてもよいであろう場所へと落としていきます」

 もとより準備を終えていたのかチャージには時間をかけなかった。一つの街はモノの数秒で塵ひとつ残らずに焼き払われたと、各地に報告が入った。

 真っ青になるトップ達。それぞれの街は一斉にパニック状態になる。

「かしこい選択を期待してますよ」

 一方的に電源を切り、返事のみを待つことを伝言として残した。


「……さて、あとは」

 市長室より、オルセルは街を見下ろす。

「危険分子となりかねない奴らを抹消するのみだ」

 野望成就まであと僅か。

 オルセル・レードナーはかつて見せたことない邪悪な笑みで顔を歪ませた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「なんてことを……!」

 飛空艇フリーランスはロックロートシティに向けて舵を切っている。

 世界のトップ達の会談。そして見せしめの公開処刑。その映像は人類に対し、反逆という意思を消すため……全世界のネットを通じて生中継でお送りされていた。

 その瞬間の放送はフリーランス内のテレビでも当然流されていた。

 シルフィはそのあまりにも残虐なやり口に言葉を失う。人の命を何の躊躇いもなく奪ったどころか、その精神に更なる脅しをかける一言。今も尚、この大地を集中的に焼き払うと宣言してみせたのだ。

「今、焼き払った国は、」

「ああ」

 アキュラとレイブラントは抹消された国を調べる。裏の情報に詳しい便利屋の間では勿論、政府騎士団一般兵の間でもかすかに噂になっている場所だった。

 ロックロートシティの政府本部に対し反抗的な意見を最も述べる分子。表上では従っているものの、その裏では兵器開発など準備を進めていたのだという。

 オルセルは最も危険とされていた分子の消滅を最優先に取り掛かっていた。ひとまずの脅威を焼き払うことで、布石を張ったのだろう。

「間違いねぇな……このやり口」

 アキュラは舌打ちと共に思い出す。

「俺の故郷を焼き払ったあの野郎と同じやり口だ……ッ!!」

 故郷が燃えたあの日。その先日に街へと現れたオルセルの笑み。

 そのすべての記憶が蘇ると同時、アキュラは自然と歯ぎしりを起こす。今すぐにでもその怒りの矛先をぶつけてやりたいと破壊衝動にも駆られている。

 冷静を装ってはいるが、レイブラントも怒りに震えていた。

 故郷をメチャクチャにしたあの日々の事。それに対する怒りは勿論の事、何の躊躇もない非道なやり方にも反吐が出るような邪悪を感じた。

「……仮にもしコイツのいう事は本当だとして、人里と離れた場所を次々と攻撃すると考えよう。そうなれば被害になる可能性が高いのは」

 アキュラとレイブラントの視線がシルフィへと向けられる。

 その無言の集中、アキュラの言葉に彼女も当然察しがつく。

 人里離れた場所。あまり人間が足を踏み入れず、人間にとっての資源にもそれといった恵みがない地点。そんな場所に住まう生命が野生動物以外にも存在する。


 “一部の異種族”だ。

 シルフィの属するアルケフのような放浪族。次に最も被害にあう可能性が高い存在となることは間違いない。

「そんなっ……このままじゃ、みんながっ……!」

 仲間たちが焼き払われる。

 シルフィは恐怖のあまり、その場で座り込んでしまう。

「落ち着くんだシルフィ……まだ脅迫だけの可能性がある」

「もし本当だとしたらどうするんですか!」

 パニックのあまり、レイブラントの気遣いを無碍にするような言葉で喚いてしまう。家族も同然である仲間たちが殺されるかもしれないのだ。その可能性が濃厚であるが故、その混乱は当然のことだ。

「……そうだとしたら、撃たせる前に止めるぞ」

 アキュラの艇はロックロートシティへと向けられている。

「人里離れているのは俺達ヒミズの本拠地も同じだ。仕事場が焼き払われたら飯を食う場所がなくなっちまうからな。それに……」

 オルセルへの復讐。そして、これ以上の暴走の停止。

「あのバカを連れ戻したいんだろ」

 誰よりもロックロートシティへと向かいたがっていたのはシルフィだ。

 あの映像……たった二人で街へと飛び込んだ“カルラ”に謝りたい。その一心で。

 仲間であることを無意識にも拒絶し、彼を傷つけてしまったことを謝りたいと。


「……はい!」

 一体となった。

 到着まで残り数時間程度。最大加速で最終決戦の地へと舵を引いた。

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