タイトル.63「絶望の都 ロックロートシティ(後編)」


 ネットアイドル・リンが死亡し、スタッフも全員逃げきった。

 廃墟も寸前。ボロボロになったテレビ局。立ち入り禁止の結界は遮断され、その周りに配備されたパトロールロボットと政府兵、小型飛空艇の全てが無力化された。

 祭りの跡、一同はフリーランスとロゴスそれぞれの飛空艇が並ぶ裏口へと一度集結する。


「……ただいま、戻ったでござる」

 ドガンとの戦いでボディは大破しているが無理をしない程度の飛行ならまだ可能である。テレビ局の周りを飛行していたキサラが戻ってくる。

「いたか?」

「どこにもいらっしゃらん」

 ロゴスが探しているのはアイザであった。

 テレビ局に潜入し、カルラが発狂と共にその場から姿を消した直後。それ以降からアイザと連絡がつかなくなった。

 テレビ局全域をキサラに探索させたようだが、彼女らしき姿はどこにも見当たらなかった。

「こっちにも戻ってこなかったし、どうしたんだろう?」

「……かくれんぼをしているんじゃないぞ。あの阿保がっ」

 リーダーのス・ノーは指の爪を咥えて唸っている。

 役立たず。と言いたげな表情をしているが、その内では彼女の事を心配している。

 ワガママの多いクソガキみたいな少女とはいえ数か月冒険を共にした仲間だ。そんな気持ちがなければ、こうして時間をかけて探そうとは思わない。

 あまりこの場に留まり続けていると、政府兵がやってくる危険性がある……やむを得ず、置いていくしかないのだろうか。苦渋の決断が迫ることにス・ノーの歯ぎしりは余計に強まっていた。


「……」

 飛空艇フリーランスの入り口で、シルフィは一人うずくまる。

「どうしたシルフィ? 気分が悪いのか?」

「いえ、その……」

 心配で背中をさすってきたレイブラントの気遣いに感謝しつつも、口籠った言い方でシルフィは余計に気持ちを落としていく。

「カルラのことか」

 彼女の心情をいち早く理解したのはリーダーであるアキュラ。何せ、彼女はその現場に直接居合わせたのだから。

 撮影スタジオに入ってすぐ、目に入ったのは“死神”のような男。命への容赦はなく、人の死を含み嗤う髑髏のような不気味な笑み。

 ヒーローを自称する彼は元より、それっぽさはない小悪党のような男ではあった。

 だが、そこにいたのはいつにもまして陽気な一面はない。悪党というよりは、人を殺すことに対して悲しみと恐怖の感情をマヒさせてしまった殺し屋のようだった。

 フレンドリーで、そのうえウザったくて、面倒くさい性格であるが周りへの面倒見が良い兄貴分な自称ヒーローな面影は微塵も残らず消え失せていた。

 

「……カルラが手を伸ばしたあの時。私は彼の事が怖くて、その手を掃ってしまったんです」

 引き金となったのは間違いなくあの一連の行動だ。

 怖かった。ヒーローというよりは死神も同然の男の姿にシルフィは怯えた。故に、伸ばされた手を無下にあしらってしまった。

「……悲しい顔、してました」

 発狂。侮辱。あの瞬間のカルラの顔をシルフィは今も覚えている。

「“仲間に裏切られた”。そんな、顔を」

 一瞬だけだが、あの見下す表情の中で合間見えたのだ。



 “涙を流した瞬間”を。



「……やれやれ、突然好き放題言って逃げやがったアイツが裏切り者みたいなものだろうに」

 カルラのあの行動の意味は今も理解できない。

 探しに行こうにも時間がない。向こうに戻ってくる気がないのなら、大人しく放っておくのが吉なのだろうか。アキュラは雑務よりも面倒な事態に舌打ちをかましたくなった。

「アキュラ殿! シルフィ殿にレイブラント殿! こっちにくるでござる!」

 迫気迫る声、キサラの呼び声。

 あまりの不意打ちに心臓を刺激された三人は慌ててロゴスメンバー三人のもとへと向かう。携帯電話のデータ放送を見ているようだ。

「これは……ッ!」

 映し出されたのは、例の生放送。

 “特殊部隊セス所属・資金面での調査”などを請け負っていたオルセル・レードナーが新市長を名乗る生放送の映像。

 逆らうものは一方的に虐殺、街の王としての権限として乱暴に。

 独裁国家として、その身を乗り出したことを宣言する放送が映し出されていた。

「ひどい……ッ!」

 謎のバイオ兵器・ジャイロエッジによって次々と人が殺されていく。親子連れだろうと、老人だろうと、戦う力すらない農民であろうとその魔の手は届いていく。オルセルの言うことに従わない役立たずは不要と認定される。

「オルセル、だとっ……!?」

 その男の姿に怒りを覚えたのは、過去に故郷をメチャクチャにされてしまったレイブラント。

「コイツがッ、このクソ野郎が……オルセルかッ!!」

 そして故郷を理不尽な理由で火の海にされたアキュラ。その名を再び耳にした瞬間、体の中にこみ上げる怒りの炎が理性を焼き払おうとする。


『皆さんに新たな命令です……この“二人”を殺しなさい』

 民衆に新たな命令が下る。

『私を殺そうとする、この愚か者たちをね』

 映像が街の風景へと切り替わる。


「あっ! アイザだ!」

「カルラ殿もいるでござる!?」

 そこに映りこんだのは二人だけでロックロートシティ政府本部へと切り込みにかかろうとする二人の姿だった。

「あのバカッ! 二人ぼっちで挑むつもりかっ!?」

「無茶だ! 例えあの二人でも……政府本部にどうにかなるはずもないっ!」

 洗脳されたパトロールロボットに永遠復活のバイオ兵器。そしてオルセルに言われるがままの住民たち。地獄の包囲網の中、何事もなく彼らは生き残ってはいる。

 だが彼らが喧嘩を売ろうとしてる相手はアウロラの中でも一番の軍事力を持つ政府。どのような奥の手を幾つ隠しているかもわからない独立機関だ。

 いつまでもつかどうか。長くもつとは考えづらい。

「あいつら、何のために……まさか、今までの仕返しって為だけにか?」

「私たちも行きましょう!」

 シルフィは立ち上がり、飛空艇へと向かう。

「今のカルラを……放ってはおけません!」

 シルフィの目に恐怖はない。

 仲間を助けに行く。その気持ちはゆるぎなく彼女の表情に表れていた。

「……そうだな」

「アイツの件もそうだが」

 アキュラはグローブを強く引き締める。

「あのクソ野郎にも用がある」

 ついに姿を現したオルセル・レードナー。あの男を一発殴らないと気が済まない。

 復讐の時はついに来た。その野望を成就させるため、アキュラもロックロートシティに向けての出航を決意する。


「ボク達はどうする?」

「無関係の事柄と退くでござるか?」

 喧嘩を売ったところで何の一銭にもならない。むしろ政府に喧嘩を売るのは自殺行為である。この場から去る方が賢明であると考えるべきか。

「……状況を見ろ」

 ス・ノーは携帯の電源を切って、飛空艇へと向かう。

「ただでさえ俺達は肩幅が狭い。アイツを野放しにしたら俺達の評判は地の底だ」

 振り返り、二人へ命令する。

「あのバカを止めに行く……バカと一緒に政府局を一掃する。もはや政府局とも言えなくなった無法集団から奪えるものは奪っていく。金銭になるものは残らず、な。そっちが本題だ。急げ」

「やれやれ。素直じゃないでござる」

「アイザがいないとちょっと寂しいし。助けにいってあげなくっちゃね」

 素直になれないリーダーの命令に二人は敬礼で答えた。


 気持ちは一致団結。

 一同もまた、最終決戦の地へと向かおうとする。


「お待ちください!」

 ロゴスの一同を、誰かが呼び止める。

「俺達もよォ……」

「連れて行ってもらえないかい」

 ボロボロの姿の人影が二つに、両手を重ねて懇願する女性が一人。

「お前たちは、」

 その場に現れた面々を前に、ス・ノーは目を丸くした。

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