タイトル.62「歪夢 神代駆楽 その3」
クザンの部屋に訪れるのはいつ以来だろうか。
ここに呼び出される時、それは決まってカルラが何かしらをやらかした時だ。軍規違反、命令無視、独断行動による苦情。
それ以外にも街中での喧嘩や騒乱、強盗事件等などの独断の武力介入など、常人では考えられない問題事を起こせば、いつもそこに呼ばれていた。
しかしここ最近、カルラは問題を起こすことはなく比較的おとなしかった。
ここ一か月も街中で騒動を起こすことは特になく、問題があるとすれば軍での態度くらい。クザンの小一時間の説教が必要ないレベルの問題だった。
……カルラがここに呼ばれた理由。それは説教などではない。
あの神代駆楽が泣いた。
戦場では人を殺そうが表情一つ変えようとせず、どれだけの悪評や叱責をぶつけられようとも、怒りも悲しみもこみ上げなかった……そんな男が思春期の少年らしく泣き続けた。
今もなお、彼は小刻みに震えている。
何も言わず、何も言えずにあの場から立ち去ったのだ。突然の銃撃……友達になりたいと言ってくれた少年は突如としてこの世界から旅立ってしまったのである。
原因はわかっている。神代本家の陰謀だ。理由は二つ。
まず一つ。彼の自由がある程度許されているのは街での悪評があっての事だ。
広がり続ける汚名は拭われることはなく、彼のことを権力者としてみる人物は誰もいない。
しかし、彼を認める存在が少数であれ見つかった。そのうちの一人があの少年だ。
何かのきっかけで彼の面識が変わる可能性があった。その種の一つとして、あの少年を殺すよう仕向けたのだろう。
そして今後、彼に付き従おうとするものはこの少年と同じ末路をたどることになるという脅しも込めて。
もう一つの理由は……彼本人への脅し。
あまり良い方向で目立つような真似をするな。分家に落ちた存在が本家の人間を越えるような事をするのならそれは立派な反逆行為。今後も似たようなことが起きるものなら今回のように容赦なくその欠片を破壊する。
立場。そして、本家の名を守るための行動。
そんな理不尽な理由で、少年は殺されたのだ。
「……カルラ」
クザンは震えたまま喋ろうとしないカルラに声をかける。
「ここにはワシとお前しかいない。お前がワシを神代の人間ではなく、一人の人間として……少しでもワシを信用してくれているというのなら、お前の心情を聞かせてほしい」
ここには誰もいない。二人だけ。
正直な気持ちを吐露出来るのは今だけ。一族も民衆も、敵は誰もいないことをカルラに告げ、その胸に秘めたる無念と後悔を口にしてほしい。
このままため込んだままではいつか、カルラは壊れてしまう。
そうなる前に、精神が死んでしまうその前に、吐き出せるものは吐き出してほしいと一人の親としてクザンはカルラに解放を求めた。
「クソッタレがッ!!」
震えた表情。やつれ切った表情に皺が寄る。
「クソがッ! クソがッ! クソがァアアッ!!」
何度も強くクザンのテーブルを殴り続ける。怒りのままに、その抑えようのない破壊衝動を、目の前の高級木製の作業机にぶつけている。
「クソ、ったれ……」
だがどれだけ破壊衝動に駆られようと。そんなことに正直になろうとも。
虚しくなるだけと感じてしまえたのか、自然にその姿は衰えていく。
どれだけ怒りにまみれようがあの少年はもう二度と帰ってこない。これ以上暴れたところで、ただ目の前の老人に傷をつけるだけだと感じたのだろうか。
「一族の野郎共はっ……弱い人間ってやつらは! 弱いくせにそんなにも自分の立場が大事なのかよ……そうまでしてッ! 何かを牛耳られる愉悦でも手に入らないと、生きていけないのかよッ!!」
だが、その怒りを抑えることを出来はしない。
言われた通り、思ったことをただひたすらにクザンへとぶつけ続ける。
「なんなんだよッ……弱いくせして、口だけは一丁前で……くだらないことには行動熱心で頭も働いて、コソコソしてるだけでッ……邪悪で、醜くて、滑稽で、無様で……どれだけ、俺を苛立たせれば気が済むんだよ……!」
ウンザリだった。
人間あそこまで酷い姿を見せられるのか。最早、人間という存在そのものを否定するような言い方となっていた。
「どうして……あんな奴らなんかが生き残って! 性格の良い奴が死ななくっちゃいけないんだ……アイツはただ、懸命に、無邪気に生きていただけなのにッ……!」
「ああ、そうだ」
クザンが重い口を開いた。
「我々人間は……弱い生き物なのだ」
彼の言い方を、否定しなかった。
「人間の大半が己の無力さを知っている。己の存在を呪っている。生まれながらに力はなく、素質もなく、恵まれない。己の望んでいなかった世界に生まれてしまった人間はこの世に沢山いる……人間は“勇気”がない。今一度飛び出そうにも恐怖がある。それ故に縮まることしかできない」
だが、民衆や他の人間たちの事を分かってほしいと、語り掛けるような言い方だった。カルラの言い分に間違いはない。だが、ただ貶すことだけでいるのはやめてほしいと。
「それってつまり、皆は諦めちまってるってことだろ。弱い人間の言い訳だ」
「そうだ、言い訳だ……お前の言う通り、人間は卑怯な者があまりにも多すぎる」
クザンはカルラの背中の肖像画へと目を向ける。
「だが、真に平和を願う者も。心優しい人間も沢山いる。勇気がなく、力がないだけで……だがその願いをいつか叶えたいと。体は諦めていても、心の根底では諦めきれずにいる者も沢山いたのだ」
壁に飾られている肖像画はこの分家の歴代当主。
本家の踏み台にされ、捨て駒のような使いをされながらも一族を守り続け、その一方で己の意思も尊重することを忘れず、気高く生き続けてきた漢達の魂が宿った肖像画だ。
「カルラよ。この世には悪が多い。だが善もいる。ただ、その善には力と勇気がない。真の強さに踏み込めない。だから身を守る者が増える」
視線が再びカルラへと戻る。
「そうでなくては……数千年も、人類は生き続けておらんだろう」
「割り切れってことかよ……俺に諦めてくれ。って言いたいのかよ」
すべてを受け入れて、波に乗るだけ。
そんなくだらない世界の条理に従うだけの人生。そんな生き方で本当に満足なのかと老人に問う。
「……戦うさ」
クザンは拳を強く握る。
「一族とも、この不条理な世界ともワシは戦う」
「え……?」
くたびれ切っていたカルラは、首を持ち上げる。
「今を生きる者達のために、ワシは一秒でも早くこの戦争を終わらせてみる。ワシの代でこの戦争を……そして戦争が終わった後も、ワシはこの街の毒牙となる存在と戦い続けるつもりだ」
椅子から離れ、杖をついてカルラのもとへと向かう。
まだまだ現役というだけあって、その表情には厳格さがこみ上げる。彼が最も影響を受けた人間の姿は、その日また一段と大きく見えていた。
「カルラよ」
クザンは手を伸ばす。
「……ワシに、力を貸してくれんか」
震えたまま、どうすればいいかも分からず、ただ立っているだけのカルラへと。
「ワシは今までいろんな人間を見てきた。お前には紛れもなく、天武の才だけではない徹底的なものがある……! 今のお前には夢と誇りがないだけだ……!」
----その手を掴んでほしい。
「ワシはもう、民衆が苦しむ姿を見たくない……それがワシの願いであり、戦う理由。生きる理由なのだ」
抜け殻の少年に。夢と、希望と。そして、生きる道を。
そのレールに乗ってほしいと、育ての親としての願いを、口にした。
「苦しむ姿……」
素直に生きていた。一生懸命だった少年。
あんな少年が自由に生きられず、愚かに殺されるだけの世界。
「……ああ、そうだな」
“あんな思いはもう二度としたくない。”
「爺さん……戦争を、悪夢を終わらせるぞ」
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