タイトル.62「歪夢 神代駆楽 その2」
目を覚ました直後、やけに騒がしかった。
数十分程度の仮眠で目を覚ましたカルラはアクビをしながらも、その騒ぎのもとへと向かっていく。
”何があったんだい?”
話を聞いた。
カルラの姿に怯えながらも通行人Aはこう語る。
“なにやら、銃声が聞こえたらしい……ギャングの喧嘩だろうか?”
街中も随分と物騒になったものである。このあたりの地域では生き残るために裏商売に回る人間は山ほどいる。それ以外にも貴族と庶民の格差社会により生まれる暗殺もいくつか耳にしたことがある。
ただただ変な喧嘩が起きただけかと、眠気が覚めてくる。
”今日も日本人は元気なことで。”
直後、怯えながら通行人Bがこう語る。
“いや、ギャングの喧嘩じゃないらしい。何やら、ただの通り魔だとか……”
通り魔。どの時代にも己の欲のために人殺しをする人間は幾らでもいる。こんな何気ない日常生活の中に、そういった危険人物は潜んでいるものである。
”気の毒だね、どうも。”
殺された人間には悪いが、ご愁傷様としか言いようがない。
特にこの騒ぎに興味もなくなった。カルラは元いた公園に戻ることにした。例の少年とやらが友達を連れて戻ってきているかもしれない。
しかし、どのくらいの時間がたっただろうか。
数十分は経っていたと思う。少年の言う友達の家とやらはそこまで遠いものなのかと首もかしげていた。
“なぁ、しかも殺された人って”
“まだ歳もいかない子供だったらしいよ……かわいそうに”
背中を向けた直後、通行人CとDのヒソヒソ話が耳に入る。
背筋が凍った。
嫌な予感がした。
耳を澄ませると、野次馬達の騒めきの中で救急車のサイレンが聞こえる。
背伸びをし、野次馬達の壁を乗り越えて様子を眺める。路地裏から現れたのは、被害者を乗せた担架を運ぶ救急隊員の姿。
担架に乗せられているのは、頭を撃たれたと思われる子供。
その衣服、身長。姿には……紛れもない見覚えがあった。
「……ッ!!」
その時、カルラは言葉にならない呻き声をあげた。
野次馬を必死にかき分け、救急隊員のもとへと向かっていく。どれだけ人集りが出来ていようと、無理やり押しのけていく。
……カルラの剣幕に驚いた隊員たちは担架を離してしまう。
地面に落ちる担架。乗せられていた子供の体が軽く跳ねる。
頭にだけ被せられていた布切れがずれて、その被害者の顔が露わになる。眉間に風穴をあけられたその表情は……無邪気に笑っていたはずの少年の顔。
「あぁッ……ああァアアッ……!」」
何度も叫んだ。この少年の名前はわからない。だから呼び起こすために叫ぶだけだった。
起きてくれ。なぜ、眠っている。
どうして、こんなことになっている。
分からなかった。
少年がどうして死んでいるのか。
どうして、その無邪気な表情に傷をつけられているのか。どうしてたった今、目の前で少年が殺されてしまったのかがわからなかった。
言葉通り、ただの通り魔なのか。己のサガのために殺したのか。
……ならば、殺してやる。
カルラの脳裏に殺意が沸いた。これ以上にない怒りがこみ上げた。その衝動的な感情の正体も当時の彼自身わかっていなかった。
とにかく敵意を周りへ向ける。
どこに隠れているのか。どこであざ笑っているのか。
少年の命を奪ったクソ野郎はどこにいるのか。その視線は戦場に姿を現している時よりも恐ろしいものだったと、当時その光景を見ていた野次馬達は語る。
向けられる視線。鋭い目つき。
その瞳は……ついに、その姿をとらえる。
遠巻きに、ボディガードと共に笑う“見慣れた姿”。
-----神代本家の紋章。
数時間前に警告を記した男が、そそくさとリムジンに乗り込みその現場から離れていく。
「……はぁっ」
彼の中で、何かが冷め切ったような気がした。
怒りが極限にまでこみ上げ、その脳裏と精神は完膚なきまでに焼き尽くされ溶けてしまったのか……何も考えられない真っ白な世界だけが頭に広がり、野次馬達の悲鳴と騒めきも、懸命に注意を払う救急隊員の声すらも耳に通らなくなる。
ただ、彼は拳を握り。
流したこともない涙を、無表情のまま流すことしかしなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
……あの事件から数時間が経過した。
「ここにいたか」
東京エリア下層部の病院。一人の少年の遺体が眠る一室の前のソファーで体育座りのまま顔をうずめているカルラの姿がある。
連絡を受けてその場にやってきたのは、殺された少年の事には一切関与していないはずの神代久山。
「……話を聞いた。お前が子供を抱きかかえたまま泣いていた、と」
固く閉ざされた扉へと、クザンが目を向ける。
「友達、だったのか?」
涙を流すこともしない非情な人間。そう呼ばれ続けた悪魔があの日初めて、民衆の前で涙を流し続けていた。人の死に対し、悲しいという感情を露わにしていた。
救急隊員の一人が、その泣いている人間が分家所属の神代駆楽であることを知っていた故に、分家当主の一人であるクザンへと連絡を入れたのだ。
カルラを引き取りに来てほしい。とてもじゃないが、その場にいた面々では彼を帰すことができるはずもない。
「……」
そっと顔を上げる。
やつれ切っている。瞼は泣き続けたせいで腫れあがり、クマまで出来上がっている。口元は震え、頬に至っては萎れている。慣れない感情が原因で過呼吸になりかけていた。
「そのようだな」
一向に返事は来なかったが、その表情がすべてを物語っていた。
「……話がある。落ち着いた頃に屋敷に戻れ」
「心配、いらない」
カルラはそっと、立ち上がる。
「……もう、十分落ち着いたから」
屋敷に戻るため、カルラは少年の眠るその場所から離れていく。見向きはしない。
どれだけ愛おしく胸を刺されても、彼はそれをこらえ、歩き続ける。
いつにもまして、見ていられない姿。
しかし、クザンは……彼を呼び止めはしなかった。
二人は屋敷に戻るため、外で待たせているリムジンへと向かっていった。
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