タイトル.62「歪夢 神代駆楽 その1」
「なぁ、少年。一つ気になることがあるんだが」
「どうしたの?」
「……学校って、面白いのかい?」
「うん、楽しいよ。いじめられて辛いこともあるけど……勉強も楽しいし、クラブ活動も楽しいし!」
「そうかそうか~」
少年との交流が始まって、一か月近くが経過した。
最初こそ距離感があった二人ではあるが、次第にその距離は詰められていった。
今となってはこうしてブランコに二人仲良く並んで占拠するほどの仲である。互いに高いところまで競争してるのか、徐々にその勢いは時計の振り子より危なっかしいものになる。
「俺は学校とか行ったことねぇからな~」
「どうして?」
「こわーいお兄さんお姉さん達の仕業さ~。俺もみんなと同じようにサッカーボール転がしたり、テストで百点取って褒められたりしたかったものさ~」
こうは言ってるが、実際はそんなこと微塵も思っていないのは誰にでもわかることだろう。
学校に興味自体はある。だが、その中身で蠢くノミどもには一切の興味はない。何より当時の彼からすれば学園に足を踏み入れること自体、嫌悪以外の何物でもなかったのは確かである。
これは、少年の会話に合わせるための苦し紛れの話題である。
彼なりの距離の詰め方ではあるのだろう。努力とは何なのか、この胸のざわめきが何なのか。その疑問の答えを見つけるべくとっていた行動の一つとして。
「じゃあ、一緒にサッカーやる!? 友達もつれてくるからさ!」
「来てくれるのかよ? 周りから見れば、俺はこわーい怪物なんだぜぇ~?」
「大丈夫だよ! カルラさんは怖くないって僕が毎日言ってるし。それに、カルラさんのファンも何人か学校にいるんだよ? 実は」
カルラに関わりたくない理由。それは子供達本人の意思とは無関係なものも関わる。
親の反発だろう。あの男にだけは付き合ってはならない。子供の意思など全くの無視といってもいい押し付けによるもの。
この少年の両親自体はカルラの事に対してそれといった恐怖は浮かべていない。この国を守ってくれる一人の兵士にすぎないという考えである故に無興味という方が正解か。
「じゃあ、僕、皆に声をかけてみる!」
少年が取り出したのはスマートフォンだった。
ここ最近の子供は小学生も携帯電話を持っているのが当たり前になっていた。子供の事が心配で持たせている者もいれば、子供のワガママと可愛さに根負けして買ってあげる者もいる。この少年は後者であろう。
少し離れた場所まで移動し、少年は友達に声をかけ始めていた。
「全く、可愛いもんだねぇ」
無邪気な姿を物珍しくカルラは眺めている。
同じ人間だというのに……生まれが違うだけ、中身が違うだけでここまで生活環境が変わるものなのかとカルラは感じていた。
カルラの生まれは日本の名家の中でも傲慢と呼ばれている神代家の息子。その一族の中でも数年に一度現れるか現れないかの才の持ち主だ。
一方、あの少年。政治にも一族のいざこざにも振り回されることのない一般市民。戦争という狂気の時代に怯えながらも元気よく懸命に生きているどころか、家族みんなを守りたいという純粋な夢まで抱いている。
……ここまでの違い。カルラは少し複雑だった。
自分もまた、あのような人生を送っている世界があったのだろうか。何気ない事で笑って、何気ない事に腹を立てて、何気ない事で泣いて……そんな“人間”として生きていたかもしれない世界が。
「神代駆楽」
背後から声が聞こえた。
「……久しいねぇ。何だい、“本家”の方」
車のブランド。そして羽織っているのは神代本家の紋章が刻まれた上着。
上から目線のこの態度。一般市民にも目を向ける分家と違って、それぞれの野望のために動くことにだけにしか能のない“本家”の人間であることはすぐに分かった。
「なかなかのご活躍。だそうじゃないか」
「おお、どうした? 俺の頑張りを認めて、本家に戻してくれるとかそういう話?」
冗談じみた言葉で本家の人間に挑発をする。
「……あまり、妙な真似はするなよ」
ほくそ笑むように冗談を無視すると、人間は漆黒のリムジンへ戻っていく。
「本家でも何でもない、ゴミとなった落ちこぼれ風情が」
妙な真似はするな。
その言葉の意味。本家を追い出され、理不尽な社会環境にモミクチャとされたカルラには一瞬でわかることだった。
“本家を越えるような真似はするな。分家というカゴの中でおとなしくしていろ”
“今、日本において重要とされている神代家の名を濁らせるような真似だけは絶対にするな。それをするならば、こちらにも考えがある”という宣戦布告だろう。
随分と、暇な人たちである。
国の危機云々よりも利益と権限確保の庇護しか考えていない。こういった戦争を生み出した“国の膿”ともいえる存在。平和を脅かす真なる寄生虫。
カルラは溜息をはいて、空を見上げるばかりだった。
どうにかするものならやってみろ。いつでも受けて立つと口にするだけ。その程度の挑発程度で止まる器じゃありませんよと、呆れ気味にアクビを返すだけだ。
「あれ? カルラさん、どうしたの?」
「ああ、ちょっと寝不足でな。気にすんな」
簡単な言葉でごまかした。
「皆、カルラさんと遊びたいだって! だから、皆を迎えに行ってくる!」
少年は元気そうに公園から離れていく。
「カルラさんはココで待っててね! すぐに連れてくるから~!!」
明るい表情。太陽のように眩しい笑顔。
(やれやれ、本当に元気なもんだね)
カルラはあまり見ることのないヒマワリのような人間へ無意識に笑みをこぼす。
(……そういや、名前はなんていうんだろうな)
付き合い始めてから一か月。
赤の他人に全くと言っていいほど興味を示せなかったカルラが……今、初めて、興味を持ち始めたのだ。
(まっ、帰ってきたあたりで聞くことにするか)
少年が返ってくるまで隣のベンチで昼寝をすることにした。
寝不足であることは間違いない。空は雲一つない晴れ模様。横になるには心地よい天気であるし……この静けさなら、あの一族とやらが妙な真似をして近づいて来ようとも一瞬で気づくことができる。
すっかり、暗黒の社会に染まり切ってしまったものである。
自身の境遇に笑いながら、カルラは瞳を閉じた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「えへへっ」
少年は笑いながら、友達の家へと向かっていく。
「皆、カルラさんを前にしたら、どう思うかな~」
想像通り、フランクで話しかけやすい体質。あーだこーだ言いながらも、カルラはとてもノリがよく、人付き合いもよい。その距離感はこの数日間でかなり詰められたような気がしなくもない。
そんな彼の魅力。もっと皆に伝えたい。
神代駆楽というカッコいいヒーローの魅力を、伝えるために。
「楽しみだな~!」
走る。友達の待つ場所へ。
早く彼に会わせたいという願いも込めて……人集りの少ない近道。裏路地を経由したショートカットを進んでいく。
「あいたっ」
その道先で、少年は黒いコートの大人にぶつかってしまう。
顔はマスクと帽子で隠され、肌も一切見えない。一目見るだけではその大人は誰なのかが見当もつかない。
「あっ、ごめんなさい! ちょっと急いでて、」
パンッ。
一発の銃声が少年の言葉を遮った。
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