タイトル.61「戦詞 神代駆楽 その4」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
もう、何度戦場に足を踏み入れたことか。殺した人数などもう数えてもいない。
潰した通信施設の数はどのくらいだっただろうか。
敵に有益な情報が回るよりも先にテリトリーに入り込み、虫どもを一掃していった。爆破、崩落、潰した数はまだ微かに記憶できる。
刀一つで敵の戦地に潜り込み、敵を斬り捨てまわる。大和魂のかけらもない辻斬りスタイル。敵がどれだけ数を束ねようがノミが鬼に勝てるはずもない。
カルラにとってそれは最早当たり前。
周りの一般兵からすれば、その光景は論理的にも現実的にもあり得ない絵面。それを現実にしてしまう彼は、気が付けば“怪物”と呼ばれるようになっていた。
……怪物かどうかはともかく。
周りの生き物たちが弱すぎる。ただ、それだけ。
この世に残るは弱者と強者。カルラは自身をその強者ととらえている。自身が天才であり、才能と素質に溢れた人間であるということも自覚している。
故に、彼には歪んだ選民思考が芽生えていた。
それは神代の人間であるが故なのか、それとも環境が彼を歪ませたのか。
誰にもわからない。神代久山の教えを享受し、生きていたその身であっても彼は“弱者の愚かさ”を嗤う癖だけは外れなかった。
「以上が報告だ。通信施設を二か所破壊。敵部隊はすべて壊滅。あとは奥に逃げ隠れた部隊を一掃するのみだ。上から爆撃するなり、数で押し付けるなり隙にしていいが……部隊を温存したいのなら、俺一人を向かわせればいい」
「それはダメだ。奴らが逃げた場所の情報が一切ない。そんな危険な場所にお前ひとり送ることだけは避ける」
「心配のし過ぎでしょうに」
この作戦。珍しくも育ての親であるクザンとの合同任務となった。カルラは今、クザンの命令に従って動いている。
「敵を軽はずみに見るな。いいな」
「はいはい……」
クザンは縦横無尽無双の強さを誇るカルラを酷使しようとはしなかった。
他の指揮官たちは問答無用で無茶な敵陣にカルラを放り込むことを提案し、一人で穴をあけて来いと……無理難題な作戦を押し付けてくるのがほとんどだった。
ぶっちゃけた話、カルラ自身もその方が手っ取り早いと思っていた。
弱者がノロノロと戦いを長引かせるところで時間の無駄だ。それなら強者である自身が敵陣に乗り込み壊滅。弱者の出番なんてなくしてしまえばいい。
阿吽の呼吸にも近い返事。挙句、指揮官の命令が下るよりも前に動き出す始末だった。だが、今回は違う。
「……」
命令が出るまでは待機。今、ここは敵陣。勝利目前の中、敵の様子を伺っている日本軍の集落は緊迫とした空気に包まれている。
「なぁ、爺さん」
ふと、彼は口を開く。
「“努力”ってなんだ?」
勝利を目前、他の兵士達は微かな安堵と笑顔を見せる。
そんな何気ない光景が……あの少年の言葉を思い出させる。
「努力、とな」
「ああいや、意味はなんとなく分かるんだよ。頑張ることとか、そういうことなんだろ……だけどよ。俺はその、努力ってやつがよくわからないんだよ。何のためにするのか、何のために存在するのか」
努力。
力で努める。
力を努める。
力に努める。
その意味合いは幾つあるのだろうか。経緯に方法は違えど、やることはすべて同じ。その行きつく先はきっと同じなのだろう。
カルラは“努力”なんてものを知らない。したこともない
少なくとも彼はそんなことをした覚えはないと自負している。なぜならそれは弱い人間の悪足掻きで、やるだけ意味のない事だと理解しているから。
「そうだな、努力とは……生きる事そのものだと思う」
クザンは彼への疑問に応えるべく、口を開いた。
「生きる事?」
「ああ。人間はみな、努力をして生きる。ただそれだけの事だ。深い意味などない」
「……そうか」
その会話は自然にも短いものだった。軽い返事程度で終わってしまう。
(努力とは生きる、か)
だけど、そのあっさりとした解答は---
(それってつまり……今の俺は生きていないって言いたいのか、爺さん)
彼の脳裏で浮かび続ける問い。その答えを見つけるための宿題となる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日本軍はまたも勝利した。
大日本帝国の悪魔・神代駆楽の大活躍あっての事。敵陣は一瞬で塵となり、部隊はすべて藻屑と消えた。その悪夢はまたも全世界に彼の名を知らしめたのである。
同じ国の戦士であり、同胞であるはずのカルラに恐怖する人間は幾らでもいた。
その光景を目の当たりにした恐怖。それを更に加速しているのは、カルラをもっと上の舞台に立たせないために動いている“日本軍上層部のマスコミへの圧力”に“彼の失墜を願うばかりに同期の戦士達が広めた悪評”。
何より彼の存在をなかったことにしたいと動く“神代本家”の陰謀が最も強い。
もとより気にしていない。
社会に振り回されようがそれは結局は弱者たちの足掻き。弱者たち負け犬の遠吠え。ただの虫の騒めきであると彼は考える。
「カルラさん!」
その中で、人一倍輝いた虫の声が聞こえてくる。
「また大活躍だったって聞いたよ! やっぱりカッコいいな! カルラさんって!」
それは蝿や羽虫。穴の中でウジャウジャと不愉快な音を鳴らす蛆虫たちの行進とは違い、元気に蜜を運ぶ働き者の蜂のよう。彼にとって自然と不愉快に感じない声。
例の少年だ。今日は休みなのかランドセルは背負っていない。
「……坊主」
そっと座り、カルラは少年と目を合わせる。
「そんなに俺と友達になりたいか?」
「え?」
一瞬少年は戸惑っていた。
カルラの口からそんな言葉が出るとは思わなかった、と言いたげな顔だったのか。
「……うんっ!」
いや、違う。
ついに言ってくれた。その言葉を待っていた。
少年の一瞬の無言はその喜びともいえる予兆だったのだ。
「僕! カルラさんと友達になりたい!」
「……そうかい」
カルラは立ち上がる。
「じゃあ俺を追いかけてこい。それで諦めなかったら、友達になってやるよ」
そして走り出す。友達になるための条件。その課題を言い残して。
「まぁ! ガキ相手に捕まえらえると思わないけどな!
「……わかった! 頑張る!」
少年は意気込みと共に、カルラの背中を追いかけた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
……走り出してから何時間が経過しただろうか。
既に二時間近く。カルラは息切れ一つ起こさずに走り続けている。
当然、全力疾走で逃げるなんて大人げない真似はしていない。十五歳の少年であるカルラに大人げないという言葉が通じるかどうかはわからないが。
ちゃんと追いかけてくる少年の視界から出ないように加減をしながら走り続けてはいる。かといって、彼にわざと追いつかれるようなことも絶対にしない。
追いつけるものなら追いついてみろ。ずっと追いかけてみろ。
弱者の少年に対してカルラは難題を叩きつけたのだ。スタミナも何も、まったくもって体のつくりが違う相手に。
「はぁ……はぁ……」
少年は追いかけ続ける。
もとより体力のない少年だったのだ。走り始めてから三十分近くたち、喘息寸前になり始めていた。あと少し、少年は折れかける寸前にまで追い詰められていた。
「まだっ……まだぁっ!」
しかし、少年は諦めなかった。
近くに捨てられていた骨組みだけの傘。それを杖代わりにしてでも少年は自分の体が途中で止まらぬよう鞭を入れ続けた。
走り続ける。カルラを追いかけ続ける。
……夢をかなえたい。その一心で足を進める。
(必死だな。あんなに足掻いてさ)
もうすぐ少年は倒れる。それが目に見えていた。
結局はその程度の人間。弱者の限界なんて、すぐにでもわかることだった。
(……でもよ)
しかし、嫌悪感は浮かばない。
むしろ、彼はこう思った。
あの少年は……そこらの蛆虫共とは違う、と。
「かはっ、ああぁっ---」
「おっと」
限界を迎えた少年の体を、カルラはそっと支える。そして持ち上げる。
「カルラ、さん……?」
「負けたよ」
呆れたように少年を背中に背負い、元いた場所まで返すために歩き出す。
「アンタの勝ちだ。約束は守ってやる」
「そ、それって……!」
「お前を強くするかどうかはまだ別として、友達くらいならなってやるよ」
カルラはずっと疑問に思っていた。
周りの人間の事などどうでもいい。ウジ虫たちの罵詈雑言など気にしてはいない。ずっとそう思って生き続けたはずなのに。
どうして、この胸の中では“不愉快”という感情が生まれたのだろうかと。
この体が何かを求めるような気がして、気がならないということを。
……懸命に生きている。
この少年からはそのような姿が見て取れた。
らしくない、とは思っている。
でもその疑問の答えを探すべく、カルラもまた決意してみたのだ。
“弱者に寄り添う努力をしてみよう”と。
「誇りに思えよ? 俺に負けを認めさせたのお前で二人目だぜ?」
「えぇ!? カルラさんって負けたことあるの!? 誰に!?」
「アッハッハ! それは秘密だ! 恥ずかしくて言えたもんじゃないからな!」
その時の神代駆楽の笑い声。
心なしか“生きた人間のような心地”を感じるものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます