タイトル.61「戦詞 神代駆楽 その3」
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「カルラさん! こんにちはっ!」
「……」
街中の自動販売機で甘めの缶コーヒー一つでもと硬貨片手に外へ出ていたカルラのもとにランドセルを背負った少年が満面の笑みで近寄ってくる。
「おタクもしつこいねぇ」
あーだこーだ言ってフリ続けて数か月。少年は折れることを知らず、休日の彼を見かけるたびにこうして声をかけてきた。
数えてみれば、既にその回数は二十を軽く越えている。
「僕はカルラさんと友達になりたいんです!」
この返答もそれくらいの回数はこなしている。最早お約束となってしまったとわかっていても、このやり取りをせざるを得なかった。
「はぁ、友達、ねぇ」
百円の缶コーヒーを手に取る。
苦いモノはあまり得意ではない彼が取り出したのは超甘口糖分マシマシのコーヒーである。そこへ更に、自宅から持ち出してきた小さいカップのミルクを追加したりと見ているだけで胸やけを起こしそうになる。
「……しゃぁねぇ」
二十回。これだけの回数ともなれば、彼も考えは少しばかり変わってきた。
「お前の執念に免じて……友達になるかどうかはともかく、まずは少しだけ質問をしてやるよ。ちょっとばかり今日が湧いたんでな」
缶コーヒーを一口で飲み干し、近くにあったゴミ箱めがけて空き缶を投げつける。
……見事なノーコントロール。空き缶はゴミ箱に命中するどころか、その手前の地面に落下して三回近くバウンド。コーヒーの水滴があたり一面に飛び散っていた。
「目的は何だい?」
裏がある。そのような言い方だった。
「俺とダチになって、どうしてほしいんだい」
人間とはズル賢い考えをするノミだ。
この少年もまた、何か後ろめたい目的があるのではと推測している。
あのようなイジメっ子から逃げるためにボディガードの一つとして雇いたいのか。それとも、ただ盾として近くに置いておきたいだけなのか。
どのような裏があるのかを問う。カルラの目つきは疑心に溢れていた。
「……強いから」
少年は彼の問いに正直に答えた。
「カルラさん、凄く強いから」
それ見たモノか。見事な名推理だったとカルラは呆れて声も出ない。
どんだけ無邪気な少年だろうと結局はそこらのノミと変わらない。誰かを頼り、誰かを利用し、誰かを貪り餌とし卑劣に蹴落とす。そのような真似でしか生きた実感と快楽を得ることができない弱い生き物なのだ。ため息一つ。彼は口から漏らす。
「だからお願いします! カルラさん!」
「悪いが、そういうのはお断、」
「僕を“強く”してください!」
……一瞬、カルラの口が止まった。
「カルラさんのように強い人になりたいんです!!」
予想外の返答だった。やつれた表情にも近かった呆れた目つきが一瞬で丸くなる。豆鉄砲を食らった顔でカルラは背筋を立てた。
「僕を鍛えてほしいんです! 僕、強くなりたくて……カルラさんは凄く強くて、カッコよくて……カルラさんみたいな人になりたいんです!」
「おいおいおい! ちょっと待て!」
話についていけないカルラはマシンガントークの如く追い込んでくる少年に静止を呼びかける。今まで体験したこともない扱いにカルラ自身も戸惑っているようだ。
これだけ焦るカルラを見るのも凄く珍しい。
どれだけ後ろ指をさされようと、どれだけ恐怖の対象として崇められようと、どれだけノミ共の罵詈雑言を耳にしようとも……何の反応も見せなかったカルラのこの反応は人前で一度も見せたことがない。
「俺みたいになりたいって……強くなってどうするんだよ?」
最初こそ焦ったが、次第にペースを取り戻し問いかける。
「あのイジメっ子達に復讐でもするのか? それとも学校の奴らを蹂躙して支配者にでもなるつもりか? 悪いが、お前の野望に付き合うつもりはこれっぽっちもないぞ? なぁ?」
「……ぷぷっ! あははははっ!」
裏を探るような彼の問いに対して、少年は純粋無垢な笑みを返す。
「何がおかしい」
「小学校の王様なんてなろうと思わないよ!」
小学校を支配して何になるというのか。少年にとって、それは当たり前のような返答だった。
カルラの問いの意図こそ掴めていないが……言ってることはこの上なく可笑しいと言わんばかり。
「……それに、皆を傷つけようとは思わない」
やり返すつもりはない。少年はそう呟く。
「どうしてだよ。やられっぱなしで悔しくないのかい」
「それは悔しいよ。本当のことを言うと、僕と同じように痛い目にあってほしいって何度か思ったこともある……でも、やり返したところでボクはスカッとするかもしれないけど、傷つけられた本人はどう思うのさ。その人たちのお父さんとお母さんも。おじいちゃんもおばあちゃんも。きっと皆悲しむ」
少年からの返答はそれだった。
カルラはこう思った。
“まじか、この甘ちゃんは”と。
あれだけ酷い目にあっておいて、そんな安上がりな綺麗事。そんな事考えたって、向こうは気遣い関係なしに悪意をぶつけてくるというのに。
彼の優しさは無意味である。
そんな事を考えたって、今の現状がどうにかなるはずもない。
その現実が今、こうして戦争という形で具現していることを。この少年みたいな考えを持てない。持つことができない人間ばかりだからこんな時代になっているというのに……この無邪気な少年の発想では思いつきもしないのだろう。
「僕が強くなりたいのは誰かを傷つけたいからじゃないんです! 僕は……守りたいんです!」
ランドセルが軽く跳ねる。少年も背筋を立てて、カルラのもとへと迫る。
「お父さんにお母さん、お祖母ちゃんに、学校の友達。皆、戦争の事もあってずっと震えていて、怖がっていて……あんな顔見たくないんです! 皆には笑顔でいてほしいんです!」
カルラの片手をぐっと掴む。
「僕、カルラさんのような軍人になりたいんです! いつも皆を守ってくれて、命を懸けて戦ってくれる、カルラさんのようなヒーローに!」
“ヒーロー”。
そう呼ばれたことは一度もない。それを口にしたのは少年が初めてだった。
強くなりたい。
自分の身くらいは自分で守れるように。自分の仲間を守るために。
少年は社会という暗黒の時代を知らない。故にその純粋かつ真っすぐな願いをカルラに告げる。カッコいいヒーローになりたいと。
「……やれやれ」
手を振りほどき、カルラはその場を去る。
「そんなカッコイイものじゃないでしょうよ、俺は」
己の強さを自覚こそしているが、彼は自身にそのような誇れるなものはないと言いたげな表情だった。
ここまで馬鹿みたいに……正義の味方みたいな言葉をほざくノミは初めて見た。
奇妙な感覚で気持ち悪さすらも覚えてしまう。
……だけどそんな少年の姿に。
カルラにとって、そこらのノミとは違う輝きを見た。
「俺みたいになる? 無理無理。強くなるなんてのは人に聞いてどうにかなるもんじゃない……強くなるかどうかは、生まれた時にもう決まってるんだよ」
神代の血を強く受け継ぎ、この肉体も誰かの教えで鍛え上げられたものではなく、己の過信と本能のみで作り上げられた我流。
この超人的な強さだけは彼特有。生まれた時よりその身に植え付けられたスキルようなもの。
強いかどうかは結局生まれで決まる。生まれた地点で運命は決まっている。
少年の体はひ弱だった。少年には強くなれる未来なんてない。
他人に誇れる強さなんて微塵も持たずに生まれてしまった悲しき種であるということを残酷にも告げる。
「そんなの分かりません!」
少年の反論は続く。
「努力をすれば……きっと!」
「アホらしい」
振り向くことなく、カルラは返す。
「その考えがもう弱いんだよ。気づけ、努力は強くない人間の悪足掻きだ」
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