タイトル.61「戦詞 神代駆楽 その2」


 不意に足が止まってしまった。

 あの少年は今、なんと口にしたのだろうか。

 神代駆楽はヒーローである……聞いたこともないセリフを口にしたような気が。


「ちげぇよ! 神代駆楽は俺達を脅かす悪い奴だってお母さんが言ってたぞ!」

「そうだそうだ! 昔は小さい子供を虐めたり、女の子に襲い掛かったり、老人を痛めつけたりとか! とにかくヤバイことをしまくった悪人なんだって言ってたぞ!」

「戦争だってズルをして生き残ってる。じゃなければ、あんな化け物を放っておくはずがないって言ってたもん!!」

 子供たちはパイプで殴るのをやめ、反論を始める。

「違う! カルラは僕たちを守るヒーローなんだ! とっても強くて、とってもカッコよくて……僕の憧れなんだ! 馬鹿にすると許さないぞ!」

 これ以上の反論。続けるならば、更なる攻撃が襲い掛かるのも目に見えていた。

 ただでさえ、鉄の棒で防具もなしにダイレクトに殴られているのだから顔面には青い痣が大量に出来上がっている。

 次、続けるならば出血は免れない。最悪の場合、撲殺まで行く可能性も。

「化け物の味方をするなら、容赦はしな、」

「誰が化け物だって、あ゛ぁ゛~っ!?」

 その真後ろ。子供なら逃げだしそうな怖い表情でヤンキー座りをして、子供たちを脅す。大人気もなく。

「うわぁああっ!?」

「おいおい、俺様の事を随分とバカにしてるみたいじゃねぇかぁ~。俺のことをそこまで酷く言う母親の顔が見てみたいなぁ~っ! ビックリするくらいブスなんだろうなぁ~! キスしたらサラミの味がするんだろうなぁ~ッ!?」

 悪魔のような笑みを浮かべながら、子供たちにちょっかいをかける。

「か、怪物め! ママのことを馬鹿にしたら許さないぞ!」

「おっ? やるか? いいぜ、三人がかりでかかってこいよ。相手してやるぞ?」

 鞘に収めた新品の日本刀片手に子供たちを待ち構える。

 ……当然、子供たちは襲い掛かろうとしない。

 例の映像を見たことがあるのだろう。特撮映像の悪人みたいな表情を浮かべる彼に恐怖心を孕ませる子供たちは歯向かう勇気なんて当然なく。

「がおーッ!!」

 カルラはその場で歯を立て、両手をとがらせ襲い掛かるフリをした。

「「「うわぁああああんっ!!」」」

 子供たちは泣きながら逃げ出してしまった。

 ……当然、この一部始終はその場にいた大人達に見られてしまったわけである。

 ここだけ見れば子供をいじめた悪い男だと勘違いされるだろう。彼の年齢は14と大人に数えるには程遠い年齢ではあるが、生活環境故に妙に大人びている。

「ケッ。馬鹿にされたくなければ、人を馬鹿にするなってんだ」

 冷たい視線とヒソヒソ話が一斉に彼の背中へ刺さる。

 しかし、こういったのは今に始まった事ではない。いつも通り、ノミ共が蠢いているだけの日常風景と片付けカルラは立ち上がる。


「おおおおッ……!!」

 助られた子供は憧れの目で駆楽を見上げている。

「カルラだ! 神代駆楽っ! 本物だ!」

 本人を前。感動のあまり子供は泣き出してしまっている。

 いわゆるファンというやつなのだろうか。正直、このような反応をしてもらえることに嫌悪感が浮かぶことはない。素直に嬉しいとは思う。

 同時、すごい変わり者だなとも思った。

 弱い者いじめ。ノミの戯れには一切興味こそ抱いてはいなかったけれど……なんの気分転換か。この子供を助けたいと思ってしまったのも感情故の衝動かもしれない。

「カッコいい……やっぱりヒーローだったんだ! それに凄く強くてかっこいい! 戦わずして勝っちゃったんだから!」

 子供はピョンピョン跳ねながら、彼を誉めまくる。大泣きしながら。

 ……正直周りから見れば子供を脅す光景にしか見えないような気がしなくもない。

 今すぐに涙を止めてくれないだろうかと心から願っていたりする。子供を虐めているとかそういった類の噂が広がるのは立場的に更に酷くなるから避けたいのが本音である。

「お前、良いセンスしてんじゃない。お世辞でもお兄さん嬉しいよ」

「お世辞じゃないよ! 本当に好きなんだもん! カルラのこと!」

 このセリフ。女性の人に口にしてもらえたならどれだけ嬉しかったことか。

 相手は子供でしかも男の子。純粋であるがゆえに本音であるのは間違いないのだが、カルラ本人の喜びのレベルはあまり高い方ではない……あまり長居をすると、また変な噂が流れそうになる。

「じゃあな、俺は忙しいんでな」

「ま、待ってください!」

 その場を去ろうとした矢先、呼び止められる。

「あ、あの、その」

「なんだい? お礼でもくれるのか? そうだね。だったら、お前の気持ちの表れを確かめたいから言い値の料金を俺の口座にでも振り込んでもらって、」

 いつもみたく意地悪な冗談でも言って振り払おうとした。




「僕の友達になってください!」




 ……しかし。

 その冗談の言葉を遮り、少年は言い切った。

 

 “友達になってほしい”。

 言われたこともない。聞いたこともない。

 生まれて初めて耳にした言葉にカルラはまたも足を止める。


「……やだね」

 返答はNO。即答した後にその場から去る。

「ガキのお友達なんてお断りだよ」

 正直な話。こうあしらったのも二つの理由があった。


 一つは“馴れ合いたく”ない。

 彼の頭の中。神代久山は一線をおいた尊敬できる人物として捉えている。

 しかしそれ以外の人間はすべて口だけで大したこともない。救う価値も見いだせない。相手にする必要性も人生において皆無と言いたくなる“無興味”の存在だ。

 こうして友達になりたいと口にした理由も、何か根元にしょうもない理由があったりするのだろう。

 弱い者いじめから逃げるための盾として使えれば十分なくらいか。いくら子供といえどズル賢い考えは本能でするものである。弱肉強食を絵にかいたようなこの時代ならば。




 あと、一つ……それはカルラなりのお礼だったのかもしれない。

 これは当時の彼が理解できるはずもなかった感情である。


 こうしてベタ褒めしてくれる奴も珍しかった。

 気分を良くしてくれたこの少年にはあまり嫌な目にあってほしくない。心の中でそう思ったのかもしれない。




 

 冷たくあしらい、何事もなくその場から去っていく。


「ぼ、僕! 諦めないから!」

 後ろから声が聞こえる。

「僕! 絶対、カルラと友達になるからっ!」

「……やれやれ、ねぇ」

 そんな言葉。耳に通すこともなく、カルラは姿を消した。

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