タイトル.61「戦詞 神代駆楽 その1」

  

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 二年間の教育を得て、カルラは多少であれマシになった。


 まず手あたり次第に他人に手を出さなくなった。

 向こうから喧嘩を売ってきた相手には当然容赦しない。

 しかし、『邪魔』『気に入らない』『目ざわり』『ウザい』という理不尽な理由で、一方的に手を出さなくなった。


 少年時代はただの事故でぶつかってきただけの通行人にさえも馬鹿みたいに殴打を繰り返し、病院送りにするほどだった。

 カルラは国にとって必要とされている一族の人間とだけあって、警察組織もまともに手が出せない。何より下手に手を出せば彼に何をされるか分からないという恐怖もあり、警察は暗黙でカルラを見過ごしていたのである。


 今となってはそれはもうない。正当防衛以外で手は出さなくなった。

 それともう一人。喧嘩のみで路上をさまよっていた彼に一つの道が出来た。


 彼の性格、性質、そして素質を考えて……そこらの一般企業に勤めることはまず不可能である。

 少し話に仲違いがあれば、彼は間違いなく上司を殴る。それ以前に事務のような静かな仕事をこなせるような人間じゃない。そもそもそんな一般企業などに勤めさせることを本家の人間たちが許さないだろう。一族のプライドがどうとかで。

 彼の目指せる道は残念ながらというべきか、運命というべきか。

 その才能を生かすにはやはり、軍人以外の道はなかった。


 本家の命令もあって……カルラを指揮官クラスにまで昇級させることを許されていない。だが一部隊の特攻隊長までになら昇進させることは出来る。

 クザンの手回しもあって、彼の居場所はひとまず確保されたといったところか。


 ここまでの道を作ってくれたクザンにカルラは恩義を抱いていた。

 過去今まで、あのように叱責してくれる者はいなかった。情操教育など上から目線での横暴な指示……乳児時代。あの日々がカルラを歪めていた。


 同じ目線で話をし、説教をしたのはクザンが初めてだった。

 最初こそ反抗的な日々が続いた。だがそれも二年という長い月日がたてば自然と消えていく。彼らなりの距離感を保ち、本物の親子のような絆も生まれた。

 今となれば、彼にとってクザンが親のようなものである。


「さて、何か面白いアクセは、っと」

 休日。カルラは近くにあったシルバーアクセサリーの店へと足を踏み入れる。

「はい、いらっしゃ……ひっ!?」

 店に足を踏み入れた直後、店員の一人が悲鳴を上げそうになる。

「んー、これがいいか? それとも」

 髑髏に羽。十四歳の彼にはこのようなジャラジャラとしたアクセサリーがカッコいいと思えるお年頃。ワクワクしながらアクセサリーに手を伸ばしていた。

「なぁ、アレって……」

「アイツだよな? 確か、神代の」

「ああ……過去一番で最悪って言われてる、あの」

 店員、そして他の客たちのヒソヒソ話。


「……けっ」

 カルラはアクセサリーを手放し、店から離れていく。

「ハズレだぜ。こんな店」

 気分を害した。それだけの理由である。

 ……数年前の彼だったら、今頃このお店は閉店寸前にまで追いやられていただろう。クザンの教育がなければ、店のアクセサリーは返り血で真っ赤に染めあがっていたと思われる。


 神代駆楽。彼の存在は……数年経とうと、周りにとって“恐怖の対象”であることに変わりはなかった。


 理由の一つはもしかしなくても、独り歩きを続けた幼い頃の彼の武勇伝あくぎょうである。

 手当たり次第に通行人を痛めつけ、数十人近くを病院送りにしたのは二年後の今でも有名な話。当時、神代の圧力により鳴りを潜めてこそいたが……被害者となった親族の署名運動が数多く起きていたのは有名である。

 人間、行った善行と悪行はその人間の評価を支え続ける。悪行となれば、それは呪いのように永遠にその人間を縛り続ける。当然の報いとして。


 もう一つは他の軍人たちによる、ありもしない噂の垂れ流し。

 彼の立場を少しでも悪くしようと実話に多少の嘘を交えて広めるだけ。実話がどこかしこにあるために反論しづらいのが厄介なところ。


 そして一番の理由は、その“人並外れた強さ”にあった。

 鬼神とも呼ばれる彼の強さはあまりにも有名。何食わぬ涼しい顔で敵国の兵士を斬り捨てまわり、数多くの地獄絵図をその手で作り上げてきた。

 一度だけ、カルラの活躍が動画に収められたことがある……サイトに出回った映像には、返り血を浴びつつも雄たけびを上げて暴れまわる彼の姿が映っていたという。


 『化け物のようだ』と、恐れられた。


 ……破壊衝動、喧嘩体質。そしてプライドの高さ。

 彼は敵を殲滅することに快感を覚える性癖がある。大口叩いていた人間が泣き面見せながら助けを呼ぶ姿を見て、滑稽すぎるギャグだと大笑いをする趣味がある。

 どれだけ教育を受けようと、そのサガだけは消すことはできない。

 胸奥に潜む趣味とクセだけは治らないのだ。故に戦場に現れる彼は、社会という鎖から放たれた猛犬そのもの。法に裁かれることのない怪物と変り果てる。


 “悪魔め”

 “人を殺して、なんとも思わないのか”

 “残酷すぎる”


 ……ヒソヒソ話。正面切って戦場に出ようとしない人間たちの声が聞こえる。

 こんなこと言われるのは日常茶飯事である。

 しかし、聞こえるのは彼だけの噂ではない。


 “もっと、国家はうまく動けないのか”

 “戦場は悪化するばかり、これ以上は日本がしぼむだけ”

 “もっと民衆に自由を与えろ”

 “平和を考えてほしい。彼らにはそれだけの脳がない”


 罵詈雑言だ。この国を守り続けている軍国家への愚痴。主婦や社会人、そしてネットの無法地帯にもその話はどこからでも見かけるようになった。

 カルラはそんな噂ばかりの安全地帯の中で、一人思っていた。


 「これだから、弱者は惨めだ」と。

 平和を望むためにその声を上げる。もっと良い国を作りたいとその願いを口にする。彼らは平和を手にしたいために、今、口にできる事をとにかく組織へとぶつけてきた。


 ……そうだ、口だけだ。

 民衆は口だけで、体を動かそうとしない。

 平和を望んでいると口にしながら民衆どもは自ら組織を立ち上げ動こうとしない。平和になってほしいと願っていながらもソレはすべて他人任せ。

 自分の望まぬ形になるというのなら。自身の無力を棚に上げて、とにかく組織を陥れようと口で攻撃をするだけ。正面切っての攻撃などせず、ただ道陰に隠れて引き金をひく者ばかり。願いを口にするだけで何もしない。



 卑怯者。卑屈。卑劣。

 あまりにスケールの小さい人間ばかりだと、カルラは思った。

 こんなつまらない人間ばかりでカルラは考える。


 “なぜ、組織はこんなノミやヒルのような連中を救おうとするのだろうか”と。

 “こんな連中だけが畳に腰掛け鼻をほじり続け言いたい放題。こんな連中だけが生き残れば、この先戦争が終わってもまともなのだろうか”と。


 このような疑問を浮かべこそした。

 しかし、そんな事を考えたところで無駄なような気もした。

 カルラはその波をただ静かに受け流す。


「このやろう! 化け物だ!」

 ……弱者の滑稽は、またも目に入る。

「ああ! 化け物は退治しないとな!」

「そうだそうだ!」

「くたばりやがれ!」

 子供たちだ。年齢は九歳近く。まだ母親と仲良くお風呂に入っているくらいの純粋な少年たちだろう。

 故に彼らは手加減を知らない。その辺の棒切れを拾い、殴り続けている。

「俺達正義の味方がおまえを倒してやる!」

 “無抵抗の小さな子供一人”を……数でものを言わせて、問答も聞かずに殴り続ける。それのどこが正義というのだろうか。

 そもそも正義は口にしたところで正義なんかではなくなる。ただ自分の考えを他人に押し付けるだけのエゴイスト。ただただ滑稽な弱者の行動に思わず鼻で笑う。

 だがそんなの滑稽という言葉も知らない子供にそんな理論を口にするのは無駄なことだ。カルラは何一つ目にかけずその場を通り過ぎていく。

「化け物の仲間は、退治してやる!」

「……化け物、じゃないもん」

 殴られ続ける子供が声を上げる。

「……化け物なんかじゃないもん! ッ!!」



「!!」

 その一瞬。

 カルラは思わず、足を止めてしまった。

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