タイトル.60「冷誕 神代駆楽 その3」


 この時代の戦争ともなれば、科学と機械工学の発展を目の当たりにする。

 重武装のヘリコプター、重戦車、砲撃要塞。ミサイルランチャーやロケットランチャーなどの重火器装備……これらがすべて、雑兵にも近い扱いを受けるようになったことも有名な話である。


 人型兵器。即ちロボットといわれる無人殲滅兵器が存在する時代となった。

 とはいってもテレビアニメーションや特撮映画のような超巨大スーパーロボットとまではいかない。全長はおよそ5m近く。両手にはアームの存在しないガトリングガンにあちこちミサイルポッドがあるとかくらいだ。

 それを遠隔操作し、歩兵のサポートを行っていく。中には直接乗り込んで線上に赴く個体もある。


 人型兵器の存在はこの時代においては当たり前となっていた。

 最近は空を飛行するロボットの開発まで進んだりと……非核三原則すら存在しなくなった無法地帯のこの時代にはもう何でもあり。


 ----軍人育成施設。

 ここではそんな二足歩行兵器との戦闘訓練が行われている。

 誰もが機動兵器との戦闘には固唾を飲み込む。機械の巨兵に勝てるのだろうかと。

「へへっ……」

 だが、例外はいた。

 十人近く。数人がかりの戦闘フォーメーション。それを無視して突っ切っていく人影が一人。

「全員、後ろからドンパチやっちゃってさ……」

 その男は重火器はおろか、マシンガン一つ持たずに機動兵器へと突っ込んでいた。

「相手は人でも何でもない鉄クズだろうが! ガラクタが勝てるわけねぇだろ!!」

 その男は“日本刀”ひとつで突っ込んでいた。

 機体の懐に潜り込んだその男は……“両手のガトリングガン”をいとも容易く斬りおとしてしまった。戦力をたった一人で削いでみせたのだ。

「……あっ」

 同時、日本刀も折れる。

「……おい、技術兵の皆さん聞こえますか~? また壊れちまったんで、改良よろしく~」

 刃のなくなった日本刀を投げ捨て、その男はアクビをしながら場を去って行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 軍人の育成校。

 今、この時代、日本は嫌というほど戦力に困っていた。

 高等学校に専門学校。その他大学など多くの教育機関は撤廃された。そのほとんどが軍人としての育成カリキュラムを備えた訓練校へと変わるほどである。

 今残っている義務教育機関の費用が高額になったのはそれが理由だ。お坊ちゃまお嬢様以外そこに行ける者はほとんどいない。


 ……ここもまた。変貌してしまった日本のなれの果ての一つ。

「はむっ、ふむむ……うん、うめぇじゃねぇの」

 訓練が終わり、専用の食堂には軍人候補生達が昼食をとっている。

 メニューはパンにシチューにフルーツ入りのサラダに牛乳とまるで学校給食みたいに質素なものではある。のちの訓練の事も考えて、最低限かつ必要分のカロリーと摂取量で調整されていたのだろう。

 質素であろうと快く料理を口にする男。現在もれなく軍人として大活躍中の期待ある戦士……神代駆楽であった。


 突如日本軍に現れたこの男、巷では斬り捨て魔として有名だった。

 日本刀一つで敵陣地に現れ片隅からぶっ潰していく。白兵戦のスペシャリストとしてその名を知らしめていた。

 腐っても神代家の男。本家から破門こそされてはいるが、その実力は一族の歴史百年の間を見ても現れるか否かの素質を持った人間である。

 彼が残した戦績は普通の人間が見れば背筋も震えるものだった。まだ訓練生の立場でありながら……戦場に赴くことを許される。そういえば伝わるだろうか。

 日本刀片手で数百人近くの兵士を両断。通信施設に足を踏み込めばあっという間にその施設は機能を停止する。人間相手どころか、例の機動兵器すらも専用の日本刀一つで破壊して回るなど、最早その領域は人間のそれとは逸脱した何かを秘めている。


 カルラの名前は次第に日本では有名になりつつあった。

 死神にも近い悪魔。恐怖の対象として。


「さぁて、明日の休みは久々にアクセでも見に行こうかね~」

 訓練生でありながら実戦に配備される実力を持つこの男。当然、それだけの働きをすれば報酬の総舐めはよくあることである。

 オシャレをしたいお年頃である彼は、軍からの報酬と神代分家の資金を使って買い物に行こうかとプランを立て始めていた。

「……へっ」

 満足そうな笑みを浮かべる彼の背中から……不意に下種な笑いが聞こえる。

「あっ! わりぃ!!」

 冷めてなんかいない。盛り付けられたばかりのシチューが、頭にかけられる。

「手が滑っちまったっ」

 違う。わざと、だ。

 ……彼の存在をよしとしない。この場にはいてほしくないと思う兵士はワンサカといた。彼の排除を試みようとする大人達は大勢といたのだ。

 カルラはまだ未成年。そんな少年が成年の大人を差し置いて、貴重な資金を総取りしている。納得がいかないとこんな嫌がらせに走る卑しさ。

「わりぃーなぁ! 今度は気を付け、」

「ああ、気を付けておくれよ」

 隣の席。まだスプーンを一回もつけていないシチューの入ったボールを手に取り、カルラは立ち上がる。

「俺もよく滑らせるからさァーーッ!!」

 それを真後ろの男の顔面に叩きつけた。

「あぐがぁやああッーーー!?」

 程よい大きさの男の顔にシチューのボウルがスッポリとはまってしまう。中にはシャレにならない温度のシチュー。取り外そうにも取り外せず、男は次第に衰弱し悶絶を始めた。

「おっと……もったいねぇ」

 頭にかけられ、衣服にベットリとついたシチューをカルラは素手ですくい、一滴も地面に落とさないように全て口の中に放り込む。

 本来ならば、人肌にかかれば害が及ぶほどの温度のシチューである。カルラに悪戯をした男はこうも悶絶していながら、カルラ自身は特に表情一つ歪めることをしない。平気な表情だった。

「駄目だぜ。食べ物は粗末にしちゃ……作った人に失礼だ。だから今度はちゃんと食べきるんだぜ?」

 それだけ言い残し、カルラは片付けもせずにその場から去っていく。

「爺さんもそう言ってたからな」

 悪魔の暴挙を、誰も止めようとは思わなかった。

 暴れてこそいたが……カルラはシチューを一滴も床に落とさなかった。

 掃除する必要などない。それ以前、誰もカルラに喧嘩を売ろうだなんて思わない。彼に言い分をしようとする者なんて誰一人いなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ----今から二年前。

 彼がアウトローから軍人という職業へ。そこへ足を踏み入れる前。

 本家を破門され、分家へと送り込まれた。カルラは分家の首領の一人であるクザンに顔面を殴られた。カルラは地に伏せ、鼻血で顔を濡らす。


「……若造が。ワシが分家の人間だからと甘く見たな? これでも一族の一つを受け持つ身。貴様ごときに看板を奪わせるほど、鈍ってはおらんわ」

 分家の首領・クザン。

 彼もまた戦族である神代家の人間であり、一つの拠点を任された身。

 軍の指揮を任されている人間として、形になっていない強さを見せびらかすカルラに後れを取るわけがない。

「最近盲目ではあるので杖は必要だ。だがお前のように丸出しの殺気。ワシ一人でどうにかなるわい……信じられないというのなら、かかってこんか」

 かかってこい。それはカルラにとっては十分すぎる火に油だ。

「何度も捻じ伏せてやる。お前の暴挙を。お前の傲慢をな」

 同じようなことを他の一族にも言われてきた。彼はそれに答え、皆殺しに近い形で痛めつけてきた。カルラに喧嘩を売る者の大半が半殺しにされた。


 これだけの挑発。カルラは黙っているはずもない。

 今すぐにでも立ち上がり……この老人を嬲って殺す。そう思うだろう。


「ううっ……」

 だが。

「ううっぅ……ぐすっ、ひっ……」

 カルラは、鼻を押さえたまま泣き出した。

 十二歳。彼はまだ少年とも言える年ごろ。

 感じたこともない痛みを前に、カルラは思わず涙を流していた。


「痛いか、若造」

 涙を流す少年をクザンは見下ろし続ける。

「感じたこともなかろう。だから容易く人を痛め続けてきたのだろう」

 説教、喝。それにも似たような睨み。

「正当防衛は大目に見るとしよう。だがお前はあまりにも罪なき人間を、戦う意思のない無関係の人間を痛め続けてきた……中には平和な日常を奪われた者だっていた。お前がたったいま受けた痛みなど、お前が与え続けてきたモノと比べれば全くもって可愛いモノだ」

 カルラがやり続けた事は最早、暴徒の域だった。

 力に溺れ、自身に己惚れた。故にカルラのプライドは最悪の方向へ……“独裁者”にも近い最悪な血をその身に流し続けていたのだ。

「貴様は誇りも何もない。ただの暴徒である。だから本家に見捨てられ、ここへ送られた……まぁそれ以外の理由であろうがな。本家の実態をある程度知ってからココへ送り込まれたこと。非常に幸運であろうよ」

 泣き続けるカルラの前へ。

 クザンはその重い腰を下ろす、杖を支えにして。

「……この門に足を踏み入れた以上。若造もまた、ワシの息子も同然だ」

 罪を犯し続けた少年へと、手を伸ばす。


「むす、こ……?」

「立て、そして、お前の名を聞かせてくれ」

 まだ、間に合う。

 涙を流し、罪を知った少年の頭にクザンは手を添える。


「……カルラ。爺さん、の名前は?」

「聞いたのではなかったのか?」

「忘れた」

「やれやれ。ワシ以上に忘れっぽいとは、先が思いやられる」

 プライドが高いのか、そこには多少であれ反抗が見えた。

 呆れた。しかし老人は髭に手を添えながら。笑って少年の手を引いた。


神代久山かみしろくざん。お前を扱いてやる親代わりの名だ。覚えておけい」

 この日を境。二年の月日を得て、少年の更生は始まっていたのだ。

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