タイトル.60「冷誕 神代駆楽 その2」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 -----時は流れ2112年。


 戦争は終わらない。

 戦力拡大、敵国からの空襲の連続。気づけば日本都市の大半は住民区として機能できないほどに廃れていった。

 まともに機能していたのは、東京、大阪、北九州に北海道。これくらいであろうか。巨大な壁で住民分けをするようになり、気づけば県境という区切りもなくなり、日本の各都市はエリアの名称で呼ばれるようになっていた。

 巨大な武装要塞の壁により住民保護区は覆われ、本国へまともな資金提供をできない人間は次々と壁の外へ切り捨てられていった。

 このような独裁国家が始まった故、日本国内の不審はもちろんのこと、自身は生き残ろうと必死に抵抗。国の間でも裏切りによる仲間討ちが始まる始末であった。


 ここ、東京都市エリアも例外ではない。

 法による制限は存在するものの、奪い合い、人身売買など裏のやり口で生計を立てる集団は腐るほどいた。どうあがいても無法地帯だ。

「ひぃいいいっ……!!」

「おいおいどうした? 俺に泣き面かかせて土下座をさせてさ。泥水吸わせているところに小便ぶっかけてやるんじゃなかったのかよ?」

 腰を抜かし、恐怖で顔を引きつらせるギャング。その仲間と思われる集団はその光景から目をそらし逃げ出そうとしている。

「えっと、なんだっけ? 俺にぶつかって肩を壊したから慰謝料は二百万は弾むって言ったっけか? 俺だって同じだよ~? いきなりぶつかられて肩をやっちまってさ。同じ被害にあったお仲間同士、お前も慰謝料二百万を払う義務はあると思うんだけど。どうかな?」

 特に珍しくもない革の財布の中身を一人の少年がばらまいていく。

「万札一枚どころか、銀行のカードすら入ってない。これが本当の一文無しってやつか……俺の肩の件、どう責任取ってもらうかって、そりゃあ一つしかねぇよなぁ?」

 少年は震えあがるギャングの青年の頭をつかむ。

「俺と同じように! 肩が粉々になったお詫びは体で払わないと割にあわないよなぁ~!? ほらほらッ!ほらァッ!!」

 アスファルトの地面に頭を打ち付ける。

「謝ったらどうだ!? 泥水すすって、這いつくばって! 土下座をして謝れ! ほら! ほら! ほらよぉお!?」

「ごほっ、あぁあッ……あっ、グッ……」

 男の額の皮膚が裂ける。頭蓋骨にひびが入る。

 溢れ出る血液。小石とネジなどのジャンクだらけの地面に幾度となく、その頭を容赦なく叩き付けられる。木槌でものを殴る感覚で何度も何度も。

 何度も、何度も。何度も----

 血は次第に噴水のように勢いを増していく。男の額からは頭蓋骨が見え隠れし始めていた。

「ご、ごめんなっ……ゴめんナサ、い……っ」

「あぁん!? 何の謝罪だよ、おいッ! 何に対して謝ってるのか説明しなよ! それじゃあ誰に何を謝ってるかわからないよなぁ! アッハッハハハハッッ!!」

 男が謝れば、その体罰は更に過激になっていく。

 罪悪感を感じるどころか、片腹痛さに頬が歪み切る。少年はギャングの不幸を大いに笑うのみだ。叩いて叩いて叩いて、男の声が次第に壊れていく様を爆笑している。


 ----神代駆楽かみしろかるら。当時12歳。

 彼は神代家の豪邸があるはずの中央特区から離れた東京エリア荒廃都市地にいた。誰も目のつかないゴミだめの路地裏の中で笑っていた。

 本来、彼のような年頃の少年は学校へと転属させられているはずである。しかし以前のような義務教育と違い、多額となった教育費用の事も考えるとそれを受けるか否かの選択は委ねられるようになった。


 神代駆楽は、学校への入学を許されなかった。

 一族生まれて、歴代の中でも“最悪の恥”と呼ばれた彼を外の世界へ放り出すことを許さなかった。


 神代家の一族として、その実力はまさに天武。

 ここ最近の代と見比べてみても、過大解釈ではない強さを確かに持っている。その才能と素質は神代の一族としては何一つ不足のない見事なものだ。


 しかし、それ以外の問題がありすぎたのだ。

 性格、態度、何より一族としての誇りがない。

 平和の時代が続き、荒廃し続けた神代の一族は最早……一種の宗教のようなカルト的な集団へと変わりつつあった。

 戦の時代が訪れ、その名を国家が必要になるとわかるや否や。一族の数人かはその傲慢な態度が忠実に現れはじめてしまった。それが今のこの国の現状だ。

 その血を流す人間が今、この日本に数人いる。

 その中でも不安定で身勝手で……誰からの教育も受けない。誰の指図も受けない。それを許さない傲慢な少年。


 神代駆楽は、史上最悪の人間と呼ばれた。

 こんなにも危険な男を学校に放り込むわけにはいかない。十二の子供であるにしても、その存在は一種の兵器ともいえた。


 現に、美形な小柄の少年を男娼として売り払おうとしたギャングはこうも滑稽に殲滅された。リーダーと思われる男は最早呼吸をしているかどうかすら怪しい。頭を打ち付けられるたびにビクンと痙攣を繰り返すばかりだ。


「……はぁっ、つまんねぇ」

 声すら出なくなった青年を玩具のようにカルラは放り捨てた。

「んっ、んーーー……さてと、今日はどうすっかな~?」

 暇な昼頃、どうしたものかと空を見上げている。

「カルラ様」

 スーツ姿の黒服が、路地裏の外でカルラを待ち構えている。

「どうした?」

「……クザン様がお呼びです」

 黒服は険しい表情でそう告げる。


「ほほう」

 その名を聞いた途端に、カルラは笑みを浮かべる。

「ようやく、か!」

 待ちかねていた。そういわんばかりの歓喜だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ……彼が連れてこられたのは、神代家の屋敷だ。

 それは東京中央特区にあるものとは全くの別物。ダウンタウンから少し離れた住民地区の離れ耕地。そのド真ん中に一つポツリと寺のように存在する屋敷、だ。


「クザン様。カルラ様をお連れしました」

「入れたまえ」

 この屋敷の領主の部屋。真ん中のテーブルではその人物が腰かけている。

「失礼するぜ!」

 ノックもせずにカルラは大きくドアを開く。開き戸はシンバルのような音を立てて壁とぶつかり、つがいも壁とともに凹んでしまう。

「よいしょっと!」

 そのまま飛び跳ねつつ、ソファーにダイブする。

 正座をする気配は全くない。それどころか土足でヤンキー座り。

 盛大な無礼。しかしカルラは悪びれる表情もなく、対面の男へニヤつきながらガンを飛ばしている。

「ほーう、アンタが“分家”の【神代久山かみしろくざん】。か」

 分家。神代の一味。

 以前にも言ったはずだが、神代の一族は各地域にその陣地を立てている。

 本家と比べると力及ばぬ分家が存在する。その一部がココだ。

 本家の言いなりの部下に近い状況としてその身を置かれている……一族や庶民からも、出来損ないの集団と呼ばれている。


 今から三日前。神代駆楽は東京エリアに身を置く神代の分家の一人、神代久山のもとへと送られることになった。

 とてもじゃないが一族じゃ手に負えない最悪の権化。有力者たちが長く席を外しているこの状況。今、本家に残っている人間で彼を制御できるものは誰一人としていなかった。


 簡単な話、厄介払いである。

 本家と比べるとまだ仕事の少ない分家の首領。その一人である神代久山のもとへと不出来な暴走少年を送り込んだのである。

「お髭がキュートじゃありませんこと?」

 神代久山。顎と鼻の下には仙人のような白いひげを生やしている。

 年齢は今年で七十を迎えようとしているご長寿だ。その身でありながら政府に属する軍組織の指揮を任されている。

「……ワシはお前を鍛えろと本家に命令された。その任を全うしよう」

「俺を鍛えろ? ハハハッ!!」

 カルラは思わず笑いだす。

「誰一人として俺に勝てなかった一族のクズ共が偉そうに! 鍛えるなら、お前らの体とオツムが先だろって言ってやりたいもんだよなッ! アッハッハ……おっさんも笑えよ! ココ、本家が体を張った最高のギャグってやつだろ!? ギャッハッハッハ!!」

 カルラは腹を抱えて笑っている。

「……」

 しかしクザンはその姿を見て、険しい表情をしたまま睨むことをやめない。

「俺を鍛える、だぁ? そんなツラだな?」

 クザンの睨みに、彼は応える。

「お前も笑わせるなよ。杖がなければヨチヨチ歩きもままならないジジイが俺に勝てると思ってるのかよ」

「……思っとるよ」

 クザンは答える。何の躊躇もなく。

「まだ社会の右左も分からぬ若造に後れを取るほど、ワシも老いていない」

「ハハッ!!」

 目に見える速さ。居合にも似た鋭い拳をクザンに突き出した。

「じゃあ、やってみろよ! 俺より弱いやつに鍛えられるつもりはねぇ! 何なら、お前をぶっ飛ばして、この一族の首領とやらになってやっても、」

「……ふん」

 突き出した。そう、突き出した。

 既に突き出されていた。その拳。

「……ありゃ?」

 受け止められる。

 眼前、届く寸前でカルラの拳はクザンに受け止められた。

「なにっ……うぐっ、ぐぐぐっ!?」

 取り外そうとしても腕はクザンの手のひらから離れる気配がない。力を入れれば、向こうも力を増すばかり。杖を使っている老人の腕力とはとても思えない。

「神代を舐めるなよ……若造ッ!」

 骨が悲鳴を上げた。

「ぐぁっ、ぁああああああッ!?」

 カルラは右手を抑えてその場で倒れこんだ。一瞬で腕を捻られたのだ。

 少年の甲高い悲鳴が、ただただ首領の部屋にこだまする。

「……」

 杖を突いたまま、男は立ち上がる。

 右手を押さえたまま転がり込んでいるカルラを容赦なく見下ろしている。

「すべてを知ったような気でいるな。子供がな」

 一族の誇りを語った男の瞳。

 カルラはそれを、見上げるばかりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る