タイトル.58「禁断のスイッチ(前編)」
フゥアリーンの能力には本人しか知らない弱点が一つだけある。
それはセスの他メンバーも知り得ないことだ。それ以外の人物……フゥアリーンへの反逆を企んだ数名も、その弱点に気づく前に不死身の肉体を前に戦意を喪失する。
それは当然だ。何度切り刻んでも、どれだけ魔法弾を撃ちこんでも再生を繰り返す。そして向こうの勝利条件は敵に触れてしまえばいいだけ。こんな落差を感じてしまえば、何れはやる気も失せてしまう。
だが、一つだけ。データ化された人間には特殊なプログラムが形成される。
“心臓”。すなわち、その人間をデータとして構築させるコア。
データ化された人間は心臓を失う代わり、そのコアが心臓の代わりとなって肉体を現存させる。フゥアリーンもまた、同じだ。
だが、フゥアリーンによってデータ化された人間は彼女に触れることは出来ない。結果的、テリトリーに一度足を踏み込んでしまったのなら、勝機は微塵もない。
「……ふふっ」
しかし、彼が振り回す村正が纏うエネルギーは別だった。
カルラの持つあの禁断の武器だけは……“次元”に縛られはしなかった。
フェーズ5。それは、肉体の強化と同時、村正に“未知の力”を授ける。
「ふふっ、ふふふっ……!」
フゥアリーンは瞬間移動を繰り返し、そのテリトリーを縦横無尽に駆け回る。それを追いかけまわすには超人じみた反射神経と接近速度、そして彼女が現れる地点の予測能力による直感。人間にはほぼ、不可能な話なのである。
「くふっ! ふふふふっ!!」
しかし、フゥアリーンは笑っていた。
その手足、その首。ありとあらゆる地点が細切れになりながらも大笑いしていた。何度も再生を繰り返してはまた切断されるを繰り返す。瞬間移動を繰り返して攻撃を繰り返そうにも反撃を貰って引き裂かれる。
追いついている。
肉体の超強化。カルラは彼女のスピードに追い付いてる。
『ご主人! 聞こえているのならフェーズ5を解除しろ! 体が持たんぞ!』
フェーズ5。それは未知のステージ。
カルラ本人が使用は可能な限り控えたいと言っていた“4”を超える領域だ。そのステージに踏み込めば、体に何が起きるか分からない。だからこそ----
この力を使うのは“確実に敵を殺したいと思った時だけ”だ。
『それだけじゃない! 貴方が、貴方は!!』
村正を振り回すカルラ。それはいつも見る彼の姿とは比べ物にならないスピードと握力だ。
フゥアリーンの瞬間移動に追いつくスピード、増強された筋肉から放たれるパワー。その上、無理のある姿勢であろうと比較的フリーに攻撃を繰り出す。
とても、人間技とは思えない。
カルラがその場から動くたび、あたりの気圧が歪む。風圧が押し出される。近くにあった数代のカメラが一人でに倒れてしまうほどのものが。
『貴方がっ、またっ!!』
ヨカゼは静止を呼びかける。
主人の肉体、フェーズ5の活動限界のあまりの速さ。全てにおいてリスクが高すぎる。しかし彼女はそれ以上に恐れている事があった。
フェーズ5のもたらす力は、
人間にはあまりにも“禁忌”。
これを使う者は……“人間にあらず”
「強い、わね、ホン、ト」
フゥアリーンの細切れになった肉体が復活していく。
まだメインプログラムとなるコアを破壊されていない。
フゥアリーンは疲労を感じない。声が掠れたりボヤけているのは、体を粉々になるまで切り刻まれたが故に発生するタイムラグにバグ、そしてノイズ。ほんの一瞬、普段のアイドル的チャームボイスが台無しになるほどのエコー音で喋ったりもする。
ネットアイドルの愛嬌がここまで台無しになるほど、フゥアリーンは追い詰められかけていた。
「本当に、強い」
ピタリと止まるカルラ。
フェーズ5に到達した村正はより濃いピンク色。深紅にも近い色にまで染まったサーベルを手にフゥアリーンを見る。
「ははっ」
カルラの微笑。それは愉快な笑みとはかけ離れたモノ。
「テメェが弱いんだよ」
“嗤っている”。
死へと直面するだけのフゥアリーンの運命に盛大なる愉悦すら感じている。
「他者を笑み、苦痛を耳に悦に浸り、同じ穴のムジナを手駒と報じて己の身を磨くのみ……一人では何もできない典型的な弱者の最高の例じゃないか。お前は」
視線はフゥアリーン一点に向けられている。その存在全て否定するかのように嘲笑う言葉を投げかける。
「それが女神を名乗るってさ……馬鹿すぎて、嗤えて来る」
フゥアリーンと同じような顔。いや、もしくはそれ以上。
普通の人間では到達できないステージへと踏み込んだ証であったのか。狂気を真に意識するその顔は、まるで使命を帯びた“悪魔”のように壊れている。
「弱いよ、お前」
右手がフゥアリーンの首へと飛んでいく。
当然掴むことは出来ないはず。その手は彼女の首をすり抜けるだけ。
敵側からフゥアリーンに触れる事は出来やしない。正直、不可能な領域だ。
何より彼女に触れれば肉体が消失する。それを分かったうえで接触という行動を起こす。正気の沙汰ではない。
この瞬間、彼女の体に触れたことで条件は整ってしまっている。その気になれば、カルラの腕はあっという間に分子データ化され、塵となって彼女の手中の中に収められてしまう。
だが、その一瞬の行動。
カルラの生腕がフゥアリーンの首を通過したという事例そのものに。
フゥアリーン自身が、“認識”出来ていなかった。
「言って、くれるじゃない」
瞬間、フゥアリーンの体が揺れる。
「自分勝手で傲慢な……壊れたヒーローさん」
村正の刃がフゥアリーンのメインプログラム。心臓を貫いていた。
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