タイトル.57「ディジタルアイドル≒データ・ワールド(後編)」


「ぐっ!?」

 フゥアリーンの固有能力というべきなのだろうか。

 彼女のテリトリーへ足を踏み入れた人間を二次元の存在と同じ、データへと変えてしまう。

 そして、発動主である彼女。このフィールドではメインプログラムであり創造主。気に入らない人間がその場にいたものなら、その手を持って抹消することも容易い。触れただけで粉々にしてしまう。

(即死攻撃ってか……ここまでくるともうメチャクチャだねぇ……!)

 フゥアリーンに触れられた瞬間アウト。

 デモンストレーションで掠め取られた頬。彼女の腕は積もった雪を掬うように体を削り取っていく。今、この場で彼が出来る事はその魔の手から必死に逃げ惑う事と、唯一データ化されないエネルギーを纏った刃で腕を打ち返すのみ。

「逃げたって無駄!!」

 どれだけ斬っても彼女は再生を繰り返す。それも当然だ。彼女もこのフィールドではデータの存在。どれだけ切り刻んでも再び密集し、完全な再生を繰り返す。どれだけ攻撃しようがイタチごっこだ。

「こいつ、マジでこざかしいぜ……!」

 何より面倒なのは、再生を繰り返す事ばかりじゃない。

 データ空間に穴を開け、別の場所にその出口を作る。それを経由することで、そこから動かなくとも腕を彼の場所にまで伸ばすことが出来る。

 自分自身を移動させることもできる。彼女専用のワープホールなのだ。

「そのセリフ。やられ役の悪党にピッタリなセリフ」

 彼女の体自身が分子データとなって消失。消えたかと思いきや、いきなり後ろから姿を現し、触れてこようとする。

 ワープホールを使わなくとも瞬時に移動できるし、常時無敵の行動もとれるわけだ。まさにチートだ。

 可愛らしいピンクのネイルと真っ白い肌が印象的な華奢の腕が刀に見えて仕方ない。触れたら即死、面倒極まりない攻撃、不死身の肉体を駆使して繰り返してくる。

 やられ役の三流悪党みたいなセリフも吐きたくはなる。

「言わせておけば好き放題やってくれるじゃねーか!」

「私は本当の事を言っただけ」

「その減らず口を塞いでやりたいぜ」

「ははっ! だったら、捕まえてごらんなさいよ! 私はそこらの口だけ達者なヒロインみたいにチョロくはないわ!」

 捕まえてみせたい。そして、その減らず口を負け犬の遠吠えに変えてやりたい。

 しかしそれは叶わない。どれだけ斬りかかっても彼女は再生を繰り返す。それ以前に刀以外で彼女に触れれば、あっという間に欠損データに変えられてしまう。

「くそったれ……どうしたものかね」

『熱源反応がないから補足できない……出現位置も予測できない。手のひらで躍らせているのは私も同じ……高性能AIを謳っている私が、本当に情けない!』

 最強のお世話係であるヨカゼをもってしても、テリトリーに入ってしまった以上は彼女の手のひらの上。このザマだ。

「……今、貴方、敗北を予感したわね?」

 苦虫を噛みつぶすような表情。カルラはほんの一瞬だけ、そのような表情を浮かべた。

「おいおい、俺はお前に勝つつもりでいるぜ?」

「でしょうね。貴方は負けず嫌いだもの」

 クスクス。静かに笑いながら、また彼の体に触れようとする。

(とはいえキツイぜ、これは!!)

 戦闘はそう長く続いてはいないが、フェーズ3の肉体のガタが訪れている。回避行動の限界も見え始めていた。

「……俺の事、知ったようなクチで喋りまくるじゃないか? そのお得意のネットワークとやらで俺の事を調べたか? 異世界人って奴である俺のデータなんて、この世界には微塵すらないはずなのに!熱狂的なファンがいて嬉しいぜ」

「その減らず口の少なさ。その自信……そうよ、それがアンタ」

 眼前。フゥアリーンが現れる。

 星の彩られた瞳。ニタリと開かれた口。悪魔のような笑みが眼中に収まっている。



「それが【神代駆楽かみしろかるら】……[大日本帝国の悪魔]よね」

「!!」


 驚愕と同時、動きが鈍った。


 故に、カルラはついに……“接触”を許してしまった。


「この世界に来てから弱者ばかりで随分と腕が鈍ったみたいよね。平和ボケって奴かしら……?」

 フゥアリーンの両手がカルラの両頬に触れている。

 しかしデータ化が始まらない。肉体は保たれたまま、その体のぬくもりを味わうかのように彼の顔を撫でまわす。遊ばれている。

「相応しい舞台。ココだと思うわよ……“ヒーロー”」

 口元で囁く。生暖かい吐息が鼓膜を突き破る。





 






「俺のことを」


 ---突き破る。

 ---脳裏を、心臓を、体の意識全てを。


 ---瞳に移る全ての世界が、新たなに記憶に残された異世界の記録達が。


「知ってるんだな? 貴様?」

 

 ---今、粉々に。

 ---良くも分からない“赤い濁流の映像”へと飲み込まれていく。








「ふふっ。知ってるわよ。弱くなった英雄さん?」

 フゥアリーンは再び距離を取る。

 データ化を始めなかったのは挑発かどうか、カルラは分からなかった。


 だが、彼女の口にした【禁句ノコトバ】が。


「……フェーズ、5」

『!?』

 ----を、呼ぶ。

『待て! フェーズ5はダメだ! そこから先は御主人が御主人ではいられなくなる!』

 何度も叫ぶ。しかし、カルラはプログラミングをやめない。

 この世界に来てからはまだ一度も到達させたことのないフェーズ4。それよりも先。誰もが見たことのない禁忌の領域を彼はこじ開けていく。


『やめるのだ御主人!! ご主人ッ!!』

 注入、開始。

 飲み込まれていく。彼の体は領域へと差し掛かる。












「だれが、弱いって?」


 人間という概念を投げ捨てた。

 ”超人”の領域に。



「っ!?」

 それは一瞬だった。

 彼女の瞬間移動能力をもってしても……


「……“雑魚風情”が」

 分子化が間に合ったとはいえ、

「下出でいれば、つけあがるなよ?」

 腹を裂かれ、真っ二つにされたフゥアリーンの姿が実に残酷である。


「けひっ……おかえりなさい」

 しかし、フゥアリーンは笑い続けた。







「最恐最悪。私が選んだ……【ヒーロー】」

 陽気な笑みを捨てたカミシロ・カルラを、歓迎するように“嗤った”のだ。

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