タイトル.57「ディジタルアイドル≒データ・ワールド(中編)」


 青い電流を帯びた片腕がカルラの頬をかすめる。

(腕ッ!? どこから出てきた!?)

 一瞬。体全体を電流が駆け巡ったような気がした。頬から脳裏と首、そして首から胸。胸から両腕両足と、体の片隅にまでその電流は駆け巡っていく。

「……なんだい、今の」

 片腕は引っ込められている。空間の概念を無視して現れたフゥアリーンの片腕は既に彼女へと戻っている。

「言ったでしょ。壊してあげるって」

「んっ、んんっ……!?」

 今の攻撃には大したダメージはなかった。軽い電気ショック程度のダメージだったのかと錯覚こそしていたが、ここにきて再び違和感を感じる。


 “感覚がない”。

 触れられた頬が、妙に風通しを感じる。


「見てみたら? 今のアンタの顔」

 フゥアリーンが指を鳴らすと無人のカメラが一斉に彼の方を向く。すぐ近く、監督用のモニターにカルラの顔が写り込む。

『ご主人!!』

 ヨカゼの報告が入るよりも先にカルラが状況を理解する方が早かった。

 


 消失。カルラの頬がえぐり取られている。


 その絵面はあまりにも不可解なものだった。

 スッパリと消えてなくなっている頬ではあるが、その内側の肉の断面は見えない。その傷口の周りは黒と白のモザイクのような歪みで覆い隠されている。電波の繋がっていないテレビに表示されるあの砂嵐と同じような光景だ。


「なんだ、これっ……いててっ!?」

 傷口に触れようとしたその瞬間、再び電流を感じる。

 喪失感だけが襲い掛かる。微かに感じる電流の感触だけが、そのダメージを鮮明に思考させる。

『どうなってるのだ……おかしい。おかしいぞ!』

「なにがおかしいんだ」

『……ご主人の体から、“熱源反応”が消えた』

 熱源反応が消えた。

 それが意味することは一つ。冷水などに飛び込み体の温度が一定以下に下がってしまったか。死亡したか。或いは---


『ご主人が……“私と同じ”になっている!?』

 生物とは違う別のものになった。

 ヨカゼと同じ存在。それすなわち、二次元という世界のみで生きる平面上の産物。彼の体はそれと全く同じ存在になっていると告げる。

「んな、馬鹿な!?」

 ここは三次元。ヨカゼやリンの存在するネットワーク上の世界とは全く持って真反対の世界。肉体を持っている感覚を残す“カルラ”にそのような体感は一切感じない。

「言ったでしょ。この世界にいる人間みんな、私の犬だって」

「……一つ気になってたんだ」

 胸に込み上げる未知の感覚。数多く修羅場を踏んできた彼でさえも、ここまで不可思議な気分を経験したことはない。だが、今分かることは一つ。

 ピンチとまで陥っているかは分からない。だが今、あのフゥアリーンと名乗る女性の“手のひら”にいるということ。もしかすれば、向こうはあと一歩何か手を動かすだけで、自身が瞬殺される可能性があるかもしれないという事。

 弾丸が入っているかどうかも分からない拳銃を眉間に打ち付けられている気分だ。

「ここまで滅茶苦茶やっといて逃げも隠れもしない。それどころか余裕をもって待って招待までしやがって……それだけの自信があるって、ことなんだろうな」

「当たり前じゃない。私はアンタ達を仕留めるように命令されてんのよ。んで、アンタ達を倒す手は世界中の飼い犬に命令する以外にもしっかり用意してある。今、アンタはもれなく、墓穴に足を突っ込んでるってワケ」

 彼女の手のひらにモザイクのかけられた何かが現れる。パズルのピースのような欠片にも思える何かが。

「ここは私のスタジオ。私のテリトリー……その領域に踏み込んだアンタは私と同じ存在になった。いや、似たような存在であってアンタは私の劣化品……“欠損データ”の存在となったのよ」

 データ。ネットワークの歯車。空想の存在。

「私はネットワーク世界の女王。つまりアンタたちにとってはメインプログラムのような存在。神そのものなのよ……アンタ達を生かすも消すも私の自由。こうやって触れただけでバラバラにしちゃうのも容易いのよ」

 彼女の手のひらで舞い踊っていたのはデータとして分離されてしまった“カルラの頬”。えぐり取られたパーツは一度保管の状態とするため、この場から消した。

「こんな風にね……!」

 またも腕を伸ばす。空間の概念を無視して、その腕は亜空間から姿を現し、彼の脳天に触れようとした。

「あぶなっ!?」

 慌ててそれを回避。

「ほらほら~」

 もう片方の腕も伸ばしてくる。腕は次元の裂け目ともいえるゲートを経由しし、そのゲートの出口。腕はゲートと共にカルラの眼前へと現れる。

「こんのぉおおっ!」

 エネルギーを纏った村正を振り回し、その腕を切り落とした。


「あららっ」

 慌てて引っ込めたがもう遅い。カルラ同様に右腕は文字化けが無造作に出現するモザイクのデータとなり床を転がっている。

 切り落とされた腕の手首は、同様に断面は表示されず、白と黒のノイズで覆い隠される。

「……どうやら、生き物以外はデータ化出来ないみたいだな」

 腕を切った。即ち武器は触れられた。フゥアリーンは武器をデータ化しなかった。

「いいや、触れた道具も一瞬でデータ化出来るわよ……なるほどね、刃に纏われている意味不明なエネルギーがバリアになったってわけね」

 あのデータ化に対抗できる手段はこの村正のみと言う事になる。この空間に存在する万物は彼女と同様にデータの存在になりえるようだが、村正のエネルギーだけは有機物でも無機物でもないためにデータ化の対象にはならないようだ。

「他の連中ならすぐにデータ化出来るんだけど、アンタはちょっとばかし厄介よね」

 もう片方の腕を引っ込め、今度は切り落とされた腕を回収するために腕を伸ばす。

 回収した右腕はすぐさま彼女の肉体と一体化した。彼女の意思次第で、データ化の解除や合体も容易く出来るという事だ。


「来なさい。弱い人間ちゃん」

 二次元の女王・フゥアリーン。 

「……かかってきてやるよ」

 居城に足を踏み入れたカルラは固唾をのみながらも、その強敵を前に不可思議に笑みを零していた。

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