タイトル.57「ディジタルアイドル≒データ・ワールド(前編)」


 

 仲間内からかかってきたはずの電話だと思って出てみれば、その相手はなんと彼等にとってラスボスのポジションであるネットアイドル・リンの声だった。

『やっぱりココまでこれたよね~。御褒美にヨシヨシしてあげてようかな?』

「ぎゃぁあああああッ!?」

 思わず、カルラは携帯電話を投げつけた。

「ナンデ!? 電話ナンデ!?」

 そりゃそうだろう。メールアドレスを交換した覚えのない相手から親し気な声で電話をかけられる。これ以上の恐怖があるだろうか。

 電話絡みのホラー話といえばメリーさんという話を聞いたことがあるが、そんなものの数倍以上は怖いし生々しい。

 カルラはとにかく『ナンデ?』を連呼していた。

 恐怖のあまり足がすくんでいる。このまま携帯電話を捨てて、走り去ってしまおうかと本気で考えてもいた。

『……ああ、あのさ。拾ってくれないかな? アンタと話をしたいから』

 素の声。テレビで一瞬みせたあの時と同じようなトーンが電話から聞こえてくる。

『大丈夫よ。遠隔操作による攻撃でもないし、催眠をかけようにもアンタ達にはかからないから……本当に普通の電話よ。安心して、手に取りなさいな』

 とにかく、今はその電話を拾って話を聞いてほしい。面倒な声がいつものチャーミングな雰囲気を見事なまでにぶち壊していた。

「……どうやって、この電話を?」

 この携帯電話はいわばトランシーバーのようなもの。仲間内の間でしか連絡が取れず、間違い電話や詐欺の電話は一切かかってこない。仲間内以外の電波は一切拾わないように設定されているのだ。

 しかし、彼女はどうやってこの電話にかけたのか。

『簡単よ。アンタ達が電波とネットの海を辿って私を見つけたのと同じように、私もアンタ達の電波に乗っただけよ……この世界の全ての電波は私の庭。貴方達だけのマイホームにだって、余裕で潜り込めるわよ』

 電波。それに関する能力をネットアイドル・リンの本体は持っているという事だろうか。

『私を止めに来たんでしょう? 逃げも隠れもしないから早く来なさいな。今、アンタのいるところから十分もかからないわよ。そこから真っ直ぐ廊下を突き進むと緑の開き戸が見えるでしょ? そこが私のスタジオだから』

 電話を切らず、彼女の言う通り緑の開き戸まで向かってみる。

 明らかに罠の気配をにおわせる。この中にリンがいるという保証はどこにもない。

「……随分とあっさり教えたな? 助からないと諦めた? それとも余裕かい?」

『来れば分かるんじゃない?』

 しかし、そんな罠を堂々と正面から破ってこそヒーローの醍醐味。卑怯を正面から叩き潰した快感はこれほどにはない喜びを感じるとカルラは語っている。

「んじゃあ! お構いなく入りますよっと!!」

 なので、カルラは何の躊躇いもなく緑の開き戸をあけた。



「……来たわね」

 テレビで見た事のあるスタジオだ。そこには誰もスタッフがいない。

 無人で勝手に動くカメラに証明、カンニングペーパーに至っては一人で勝手に動いているテレビがアトランダムに何かを表示するだけ。

(ピンクばっかし。なんか目に悪ィ……)

 ピンクの背景にカラフルなソファー生地の地面。大量の風船が床を舞い、ベッドとソファーもハイカラなデザイン。イエスノー枕の存在が意味深な妄想を掻き立てるアイテムとして置かれている。

「そして、ようこそ」

 そのスタジオの真ん中に、その人物はいる。


 半透明のピンク色のベールを身にまとった水着のような衣装。見えそうで見えないスカートにヒラリと揺れる袖のベールはワンピースのよう。

 その衣装はネットアイドル・リンが来ていた衣装が大人っぽいデザインになったと言うべきだろうか……と、いうか。


 リンが大きくなったというか。カルラと同い年くらいに成長した彼女がいる。

 童話・浦島太郎に登場する竜宮城の乙姫のようで。美人の女性がパイプ椅子に座り、無線のマイクをつけたままカルラを眺めている。


「お前が……?」

 電話を切り、カルラはスタジオにいる女性に目を向ける。

 年齢はそう変わらない。同い年とも近い若い女へ。

「きゃはっ☆ 働く皆のマネージャーアイドル! リンちゃんだよ~♪ 今日は遊びに来てくれてありがとー! (/ω\)」

 どこぞのネットアイドルと全く同じ動きであざといポーズを繰り返す。喋ると同時にエフェクトが実際に飛び出す。

「……ええ、そうよ。初めまして。自分勝手なヒーローさん」

 無線のマイクの電源を切り、カルラと同じくらいの身長をゆっくりと起こす。

「ネットアイドル・リンは私よ……正確には中の人。私の名前は【フゥアリーン】」

 その場でわざとらしいウインク、いつもと違って、的な素振りでその輝かしい瞳をカルラに見せつける。

「特殊部隊セスの最高幹部の一人よ」

 フゥアリーンの瞳には星のハイライトが入っている。

 青色の星。セスが身に着けている腕章と似たような星空のハイライトが。


「……驚いたな。こんなに眩しい姉ちゃんとは」

「好みド反対の女の子の正体が好みな女の子で?」

「中身はきっと控室で愚痴を言いながらタバコを吸ってる気だるいケバい女なんだろうなと思っていたけど……美人過ぎて、一瞬見惚れた」

「お世辞をどうもありがとう。喜びはしないけど、ありがたく受け取るわ」

 ネットアイドル・リンという虚像とは真反対の姿。

 大人っぽいプロポーション。その顔つきもカルラの好みド真ん中、胸をいい具合に刺激させてくれる刺激的な目つきだ。

「何の用、なんては聞かないわ……止めに来たんでしょう? 私を」

「ああ、そうだぜ。サイバーテロの極悪人をヒーローが仕留めにきたのさ」

「アハハッ! 公式放送をサイバーテロだなんて、とんだ言いがかりね!」

 思わずフゥアリーンは笑ってしまう。

 その姿、悪戯っ子のような印象を受けるその姿はカルラと似たような点を幾つか感じる。クールで面倒見の良い包容力のある女性がこのみなカルラにとって、その仕草はとんだマイナスイメージである。

「……というわけで今からボス戦が始まるわけだけど。セーブは終わった? 回復も終わった? ステータスの確認もした? 今のままじゃ勝てないなって思ってレベル上げに引き返すのは今のうちだけど?」

 嘲笑うように上目遣いで、フゥアリーンはカルラを見つめてくる。

「必要ないね。今このタイミングでお前を思う存分痛めつけないと気が済まねぇ」

「乱暴な人~。見惚れてたって言ったのに、そんな女性を傷つけるのかしら?」

「ああ、綺麗だとは思ったぜ」

 村正起動。フェーズ2へと移行。

 エネルギーは充分に残した。回復もステータスの確認も、セーブをしたかどうかも確認する必要はない。

「だが、性格は俺好みじゃないっぽいんでな」

「あら、そう。それは残念。この姿で私なりの優しさを久々に見せてあげたりしたんだけど……貴方はそういう奴だものね。仕方ないものね」

 フゥアリーンは片手をその場で勢いよく前に突き出す。

「引きかえさせるつもりはないし、逃がしもしない。それ以前に」

 その華奢な拳が……その場で消えた。





 “ノイズのような断面が、彼女の片手に突如現れる”。




「セーブもさせてあげない。してたら、そのファイルをぶっ壊してあげる」

 電流を帯びた腕。

「……えっ」

 数メートルも離れているはずなのに。

 カルラの頬を、

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