タイトル.58「禁断のスイッチ(後編)」


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「ぐあああぁッ!?」

 どれだけ力を入れようと、ドガンの放つデスロールには抵抗することは出来ない。

 数多くの飛空艇と戦艦を亡き者にした地獄のローリングアタック。その威力を前にキサラはなすすべもなく吹っ飛ばされてしまう。

「キサラさんッ!」

 墜落はさせない。シルフィがキサラの背後に回る。

「うぐっ! くぅうう!?」

 彼女の体は鋼鉄。中には相当な数の重火器にエネルギータンクと詰められている。

 その体は信じられないほどに重厚。抱えきれる重さではない。小柄な彼女の体では当然受け止め切れるはずもない。

「なんのぉ……これしきっ……!!」

 だからといってその場で諦めるはずもない。このまま墜落を許せば二人仲良く荒野の硬い地表へと墜落。最悪の場合、墜落のショックでサイボーグのキサラは大爆発。二人仲良くガラクタとチリになって、ランデヴーも冗談ではない。

「どうかっ……耐えてッ……!!」

 ここには被害となりそうな建造物も何もない。思う存分、全開のパワーで挑めるシルフィはキサラの体を受け止めながら自身の背後に特大の風をぶっ放す。

 ブレーキ代わりに使える方法はこれしかない。魔力の残りなど気にしている場合ではない。最大出力で墜落を受け止めようとブレーキをかける。


 ……ギリギリ、寸前。

 ストップ。二人の体は墜落手前にピタリと止まった。

「シルフィ殿っ」

「大丈夫ですか……キサラさんっ」

 その鋼鉄の体を受け止めただけでも体の骨が何本かやられた。風の結界を纏っていなければ今頃胸の骨は粉々に砕けて、心臓に大きな負担をかけていただろう。

 最悪の場合、手足や首の骨も木っ端みじんに砕け散っていた。

 両腕と胸は真っ青に染まっている。魔力にはまだ余裕があるが、今までのような器用な魔法を撃てるかどうか怪しい展開となってしまう。

「すまぬ……次は、決める」

「キサラさん落ち着いてください! ここは、二人で、」

「そういうわけにはござらん!」

 キサラはシルフィの協力を強く否定する。

「……拙者は、政府の特殊部隊セスが憎い」

 キサラの声のトーンは、いつも間抜けで天然な一面を見せる彼女らしくなかった。

「拙者の未来を。拙者の大切だった者達の道を嘲笑い踏みにじった彼奴らが憎い!」

 ドガンへ突っ切る前、彼女は自身の憎しみを口にしていた。

 数年前、故郷であった里が政府の手によって、理不尽な理由で消滅させられてしまったと。その恨みを果たすために肉体をサイボーグへと改造したと。

「拙者は彼奴等を滅ぼすために今を生きてきた! 彼奴等を殺すために人の誇りも命も捨てた!! それが未来、拙者の進む道であり覚悟!! そのすべてを否定するのは味方であろうと敵であろうと許すことはできぬっ!!」

 その出来事の張本人ではないが、例の特殊部隊に所属する人物である。

 一方的な八つ当たりであるが復讐の相手としては申し分ない。その憎しみを晴らすための相手として彼女はその衝動を抑える事が出来ないのだ。

「奴らは……奴らだけはっ! 拙者の手で……ッ!」

 そっとシルフィから離れていく。

「あと一歩。あと少しだけパワーが足りなかった。あの回転は突破できない壁ではない。拙者が倒せぬ相手では……ッ!」

「あと一歩、足りないんですね?」

 シルフィはそっと、キサラの背中に触れる。

「私が、その一手を請け負います」

「シルフィ殿?」

「風を貴方にぶつけます。その後も後ろから吹かせ続けます。そうすれば……パワーの上乗せには申し分ないはずです」

 微かに魔力をためていく。射出準備へと入っていた。

「貴方に何があったのかは知りません。ですが今はこの状況を打破するのが最優先。色々と手遅れになる前に、手を打ちましょう」

「……感謝いたす」

 ドガンは未だにデスロールを続けている。

 回転を続けることでエンジンを上げ続けるという事か。その加速はさっきよりも格段に上がりはじめ、再びキサラとシルフィの元へと向かってくる。

 最早それは徹甲弾の部類。どれだけ頑丈な装甲だろうと簡単に穴を開けてしまう悪魔の弾丸へと姿を変えていた。

「いきます!」

「承知!!」

 ドガン。あれは排除しなくてはならない脅威だ。今、ここでこれ以上、彼を大暴れさせるわけにもいかない。

「……どうか生きてください。貴方にも未来はある」

 今、彼女が出せる、特大の風。

「友達を悲しませる真似だけは。どうかしないであげてください」

 それをキサラに……ぶちまける。


「……それも」

 それに合わせ、キサラは残ったブースターのエンジンをすべて加速へと回した。

「承知いたしたッ!!」

 残ったエネルギーは全て拳の攻撃一点へ。

 申し分ないスピードと不足しないパワー。そして背中からは空を支配してみせる風の神霊の加護。全てをその拳に捧げ、最大加速最大火力で、百発百中必殺のデスロールへと突っ込んでいった。

「これでっ……!」

 デスロールの中心へ、拳をぶつけてみせる。

「終わりでござるッ!!」

 これが最後のチャンス。最後の一撃。





 

 ……結果。







「ぐおぉおおおおお!?」

 デス・ロールが止まった。

 腹をぶん殴られたドガンはキサラと共にテレビ局へと突っ込んでいく。

 彗星のような速さ。万物を弾き返す結界へ彼を押し付け、そのまま止まることなく風と共に拳を突き出し続ける。

 ……気づけば、結界を貫通する。そのままドガンとキサラはテレビ局の上の階へとミサイルのように追突した。

「キサラさん!」

 穴の開いた結界をくぐり、シルフィもキサラ達の墜落地点へと向かう。

「大丈夫、で、」

 ドガンはキサラに腹をぶち抜かれ、そのまま白目をむいて気を失っている。

 キサラは無事であるがパワーを出し切ったのかショート。互いにそのまま一歩も動けずにいた。



「……よぉ。諸君」


 だが、それよりも先。シルフィの目に映ったのは

 それ以上に、ショッキングで、胸を抉られる恐怖の瞬間。


「全員無事で何より」


 カミシロカルラ。

 自称ヒーローの生意気青年。

 突き出されている村正。それに貫かれているのは人間の中から噴き出すはずのない意味不明の粒子をブチまけるアイドル衣装の女性。


「今日も俺たちの完全勝利だねぇ~」


 彼も今、決着をつけていた。

 血も涙もない。壊れ果てた笑みを浮かべて。

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