タイトル.52「ミステリアスな二次元(後編)」


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 大量のカメラ。ピンクを基調とした可愛らしいデザインのスタジオ。

 床には大量の風船とハートマークのクッションに雲をあしらった綿、ちょっとした遊び心かイエスノー枕まで転がっている。

 カメラのレンズの真上には“ON AIR”と書かれた赤いランプ。既に数台のカメラは機能しており、とある人物を休みなく映し続けている。

「はぁーい☆ みんなのアイドル、リンちゃんだよ~♪」

 その対象以外……

 本来は存在するはずのカメラマンに照明器具のお兄さん。音声出力の人は愚か、カンニングペーパーで指示は出してくれるはずのアシスタントディレクターでさえ、存在しない。

「今日も元気いっぱい働いたかなぁ~? そんな人にはリンちゃんが褒めてあげるぞ~! 偉い偉い♡」

 

 まるでポルターガイストにも似たような現象だった。この時代、科学が発展しているのだからオートマニュアルの存在は当たり前ではあるものの、こういう形でそれを視認すると不気味にも覚えてくる。

「リンちゃんは、元気に働くみんなが大好きだよっ!」

 リンが喋るたびに、エフェクトがゴロゴロと飛び出してくる。

 ウィンクをすれば星のマークが。驚ければマンガのような集中線などが。大人っぽくちょっぴりいやらしい誘惑をすればハートマークとピンク色のオーラが。

 まさしく二次元をフルに活用したネットアイドルならではの演出と言えるべきか。二次元の女の子だからこそ許される可愛らしいエフェクトの数々である。

「……それじゃあ、今日も指名手配のお兄ちゃん達を探してね」

 いつも通り、例の四人の調査を全世界の視聴者に委ねる。

 ネットを利用した集団催眠。そこらのサイバーテロよりも厄介な手法で全世界の人間をリンの手中に収めていく。

 揺らめく指、とろんと歪む瞳、そして近づく唇。その何処に催眠動作があるのかは分からないが……定期的に、手駒を増やしていく。

 政府の駒として、リンは今日も放送を終えた。



「……ビリっと来た。なんか胸の奥から背筋へ伝うように、なんかビリって」

 胸をすっと抑え、リンは深く息をする。

 もうカメラは回っていない。次の放送までは休憩の時間。お茶の間には当然お見せすることのない素の姿で近くのソファーに深く腰掛ける。

「見られてるって感じね。そこらの飼い犬達の視線とは違う」

 ON AIRのランプが消えたカメラのレンズに向けて、リンは視線を向ける。

「ゾクっとする何か……敵意みたいなもの」

 舌なめずり。

「ふーん、そういう嗅ぎつけ方とはね。面白い野良犬もいるものだわ。しかも犬だけじゃない……とんだ珍獣のサーカスが揃いも揃って私を見てた」

 そっと立ち上がり、カメラを撫でる。

 聞こえてはいない。それを分かったうえでも“異端な視聴者”に向けて、リンはプライベートなメッセージを呟いた。


「お手並み拝見。じっくり待っててあげるわ」


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 フリーランス艦内。搭載されたテレビから流れているのはネットアイドル・リンの番組を定期的に流している例のチャンネルだ。 

「どうだ、ヨカゼ。見つけたか?」

『……見つけたぞ』

 カルラは自身の携帯電話をテレビに接続していた。携帯電話の画面にはヨカゼが何やら検索作業のプログラミングを行っているように見える。

「よし」

 テレビの電源を消すと、携帯電話とテレビを接続していたコードも引っこ抜き、レクリエーションルームで待機している一同の下へ向かう。


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 レクリエーションルームへ到着する。

 そこでは一人タバコを吸っているアキュラ。特に何もすることなく静かに椅子に座ったままのス・ノーとキサラ、レイアは相変わらずレイブラントに質問攻めのようだ。シルフィはお菓子を作ってからこの部屋に現れる。

「どうだ、分かったか?」

 ス・ノーは目を見開き、部屋に入ってきた彼に問う。

「ここから南東に40キロ。だそうだ」

「ん、その場所」

 ス・ノーはその付近に何か覚えがあるらしい。

「街はずれのテレビ局か……民法放送とかそれ以外のチャンネルを担当している場所だ。まさかそこで撮影しているのか」

 芸能人のバラエティなどを定期的にお茶の間で流す放送とは違い、ちょっとマニアックなジャンルの撮影のみを行っているというテレビ局が街外れに存在するらしい。

 関係者以外は立ち入りを禁止されており、その建物の周りは電流の流れる金網に有刺鉄線。中には複数人の警備員やパトロールロボットが配備されているという。

 少し特殊な番組ばかり扱っている場所と言う事もあって警備は博物館並みに厳重にされている。その扱いは最早、国家機密の研究所みたいな場所とのこと。

「ネットアイドルもそこで放送しているのか」

「多少だがロックロートシティで噂が流れてたんだよな。リンの本体ともいえるアクターはかなりの美人だってよ……ファンが最も多い街だ。出待ちとか過激なファンを避けるために、人里離れたその場所で撮影を行うのも妥当っちゃ妥当だがな」

 過激なファンは何をしでかすか分からない。中には執拗なストーカー行為を行う者もいれば、本気で恋人になろうとネットやリアルでとんでもない奇行に走り出す者までいる。ここまで宗教的人気を誇っているアイドルともなれば、そんなファンが一人いてもおかしくはない。

「しかしとんでもねぇな。お前の所のプログラムは……ハッキングは愚か、電波まで辿る事が出来るなんてさ」

『えへん!』

 プログラムであるヨカゼの仕事は村正の制御にカルラの世話係だけではない。

 彼女はカルラが所属する組織でも数少ない超有能なスーパーコンピューターであるらしい。ネットに接続することで相手の国家機密のデータにアクセスしたり、ロックのかかった部屋のパスワードを解除したりなどなど……そういった面でも優れた性能を発揮する。

『この私に出来ない事などないッ!』

 なんというチートアイテム。カルラという人物がとても有能に思えてしまう理由の一つがまた一つ解明された瞬間であった。


「よっしゃ、人里離れたテレビ局って言うなら話が早い。街の被害も考えなくていいから思う存分暴れられるぜ……って言いたいところだが」

 人里離れた場所。周りに被害を考えなくていい。

「向こうも何かしら駒は揃えるよな。たぶん」

 それは政府側も考えられる事である……被害の及ばない地であるならば、向こうも好き勝手出来るという事である。

 向こうもそれなりに手を打ってくるだろう。カチカチに固められたチェスの盤面に対し、数少ない駒で挑む立場としては、息苦しい展開である。

「その点に関しては上手く手を打つ」

 アキュラ、そしてス・ノーの打ち合わせ。

 カルラは特に口を挟むことなく、近くの椅子に腰かける。

「それともう一つ聞きたいんだが……お前は放送を見て、体に何も異常はなかったのか?」

「いえ? 何もありませんでしたが?」

 催眠は受けなかったことをス・ノーに告げる。

「何せ、ああいう二次元美少女はもうウンザリなもんで」

『ご主人、何故私を見ながらそんなことをいう』

 また、軽い兄妹喧嘩が始まりそうな予感がしていた。

「奴に興味を持たない奴は効果がない。もうそう考えるか」

 即ち、この場にいる面々は催眠を受ける可能性はないと思える。一つ安堵の種を見つけたところで本題へと入る。

「それじゃお望み通り、早速手を打つとしよう」

 ひと騒ぎ起きる前に、アキュラは立ち上がった。

 ネットアイドル・リンへの反撃の狼煙は今……静かに煙を立て始めた。

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