タイトル.52「ミステリアスな二次元(前編)」


 数時間後。夕日も地平線の彼方に沈み、満月が顔を出した。

 フリーランスとロゴスは一度、その飛空艇の身を隠すために最寄りの山岳地帯へと移動する。艇を離陸させている間もステルスは作動することが出来る。

 これで視認されること以外の方法で発見されることはない。視認されないことを祈るばかりである。

「……そうか、アブノチでも同じことが」

 あれから数日以上はアブノチに滞在していたというロゴス。

「一種のパンデミックをみた気分だ」

 ある日。その村でも異変が起きたのだ。

 ほとんどの住民がまるでゾンビのようにフラついていた。言葉も何やら酔っ払いのように覚束ない……気になる単語を繰り返すばかりだった。


 “フリーランスの面々を潰せ”

 “リンちゃんを苛めた奴らを許すな”

 “世界を守るために、奴らを倒せ”


 全員が壊れた蓄音機のようにそう繰り返し、村の復興作業をさぼって呟くばかり。その風景は最早、一種のカルト宗教に汚染された田舎村のようだったという。

「駆けつけてみれば、やはりと言った展開だったな」

 フリーランスの面々に何かあったのか。

 何か嫌な予感がしたロゴスは一度村から離れる事を決意する。何せ村長までその様子だったのだ。最早話が出来る状況じゃない以上、長居をすること自体も危険を感じたためである。

「面白いギミックではあるな。あのフザけたネットアイドルの声を長く聴いた標的を一斉催眠するとは……近年のサイバーテロでもここまでの大掛かりなものはない」

「そういえば、君達は無事だったのか?」

 レイブラントは純粋な問いを告げる。

 この世界の住民の大半が催眠されている中、ロゴスの面々は何の異常もなかった。口の悪いキツネ、口調の可笑しいサイボーグ、自分に見惚れ続けている女の子みたいな男の子、そして純粋で無邪気な少女。全員、いつもと変わらずのままだった。


「生憎、俺はあんな人間の世俗に興味はない」

「こう見えて近代文化には疎いでござる。故にお目にすることは」

「申し訳ないけど、僕と比べると見劣っちゃう女の子が精いっぱい頑張っている姿を見ると罪悪感を感じるんだ……僕が可愛すぎて、本当に申し訳ないってね」

 なんという事だろうか。奇跡的にクルー全員がネットアイドル・リンの放送に見向きもしていないという現状だった。

 返事は帰ってこないが、アイザもネットアイドルの風流に興味があるようには思えない。こんなところに意外なジョーカーが存在するとは思いもしなかった。

「……いたたっ、もっと優しく頼みますよ~」

「我慢してください。男の子でしょう」

 頬に切り傷を負ったカルラが消毒液のついたガーゼをつまんだピンセットを片手に治療してくれるシルフィへと文句をぶつける。

 どう足掻いたって沁みるものは沁みる。チクリとするくらいの痛みは我慢してくれないかとシルフィは聞く耳持たずで治療を続けた。

「いててっ……チクショウ、こんなはずじゃねぇのに」

 撃墜されたとき、カルラの墜落地点は運の良いことに森林地帯だった。大量の葉っぱと枝を生やした大木の群れがクッションとなり、重傷から免れる事が出来たのだ。

 おかげでジェットブースターも無事である。尤もフェーズ3直後と言う事もあって、発見したころには彼の体はボロボロであったが。

「あれくらいの奴、相手じゃねぇはずなのに……」

 カルラの言葉。それが強がりだったのかどうかわからない。


「じーーーー」

 一人、不貞腐れたように項垂れているカルラをじっと眺める少女の姿。

 アイザだ。その場でちょこんと座って、彼の顔を覗き込んでいる。無防備すぎるその姿勢故に、スカートの中身がくっきりと見えてしまっている。

「ちょっとアイザさん! その姿勢だと見えちゃいますよ!」

 シルフィが慌てて、近くにあったタオルでスカートを隠す。

 

 “絶景だったのに”。

 そういわんばかりの表情で、カルラは小さく舌打ちをしたような気がした。


「アイザさん、その……アイザさんは結構動き回るイメージありますし、そんな短いスカートじゃまずいんじゃないですか? 私のようにスパッツを身に着けるとか」

 あまり口にはしたくないがスカートの中身は結構大人っぽいデザインの下着だった。色はそのイメージをより象徴させる黒だったのもしっかりと見えた。

 故に注意する。あまり無防備すぎるのは良くない事だと。その衣装が気に入っているのなら、せめて周りに配慮した工夫をするべきなのではと。

「これ、カルラに頼まれたんだよ~? 折角の容姿なのに、スカートの中から見える風景がそんな質素じゃ萎えるから~、せめて下着くらいは良いモノをつけてくれ~って、これをプレゼントしてきて……」

「カルラぁっ!? この変態がぁああッ!!」

 衝撃の事実にビンタが飛んできた。

「痛ぇッ!? 俺、怪我人ですぞ!?」

「うるさい、色欲の塊ッ!!」

 純粋無垢な女の子を弄んだ罰であると、ビンタの件に関しては謝罪することはなかった。

「クッソ、全員ヒーローに対して扱いがひどすぎますぜ~」

「……じーーーーー」

 姿勢を変えぬまま、タオルも手に取らぬまま……アイザはじっとカルラを見つめ続ける。

「……どうしたんだよ」

「かるら~」

 突然、彼の名を呼ぶ。





「“弱くなった”?」


「……!!」


 何気ない言葉のように聞こえる。

 しかしその言葉一つは……カルラの心臓を銃弾で貫いたように、その表情を強くゆがめた。

「つまらないよ」

 何所か残念そうな表情で、アイザはじっと頬を膨らませて彼を眺めている。

「カルラが負けるの、すっごくつまらない」

 いつも通りのワガママ。子供らしいワガママ。

 落胆とも失望ともいえない何か……いつも通り、純粋ともいえるような感覚だけがアイザの言葉と表情から見て取れた。

「……チクショウがっ」

 カルラの表情もまた……より、苦痛なモノへと歪んでいった。


「どうするつもりだ。今となっては全世界のお尋ね者。催眠を止めるには、そのネットアイドルを叩く必要があるみたいだが……何処で撮影してるかもわからないソレをどうやって」

「ああ、それに関してだが」

 打つ手がない。状況からハッキリそう言える。

 全世界が敵に回ってるこの状況で迂闊に街へ近づくことが出来ない。何よりこの広い世界、何処で全国生放送の撮影を行っているのかすらも分からない。放送をジャックしてやろうにも場所が分からない以上どうする事も出来ない。

 手も足も出ないとは、この事だ。今のフリーランスはそう叫びたい状況であるはずである。


「“うちのヒーローに手があるらしい”」

 アキュラの視線が一人不貞腐れるカルラの下へ。

「……へっ」

 悪戯っ子の笑みをカルラは再び見せてくれた。


 やられっぱなしは性に合わない。

 そういわんばかりの復讐劇を、彼は今、繰り広げようとしていたようだ。

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