タイトル.48「ヘルプ・ミーが届かない(前編)」


 この世界に来てから、どれくらいの時間が経っただろうか。

 激動過ぎる日々が多すぎて、実に一年以上はこの世界にいたんじゃないだろうかと錯覚までしてしまう。


 ……元いた世界。日本は今、どうなっているのだろうか。

 うまくやれているのだろうか。

 平和な日々を過ごしているのだろうか。


 本当に、あの世界に帰れるのだろうか。

 この艇に詰め込まれているジェットパックを使って、あの大空のワームホールまで飛び立てばワンチャン戻ることが出来るのではないだろうか?


 いや、やめておこう。

 ろくなことにならない気がする。正攻法を見つける事にしよう。


 しかし、正攻法なんてあるのだろうか。

 魔法やら異能力やら、何でもありにしても、そんな方法なんて。







“何を言ってるんだ、お前”


 見つかる、そう信じておくことにしよう。


“今更、正攻法とか言える立場じゃないだろ”


 こんな滅茶苦茶な世界だ。可能性は幾らでもある。


“こんな異世界でも生き残れるお前の身分を考えろよ”


『そうだよね。早く帰りたいよね』


 それを信じて、眠っておくのもいいかもしれない。


『だから、ゆっくりと休むんだ』


 なにせ今は頭が痛い。頭がゴチャゴチャしている。


“お前みたいな奴、戻る必要があるのかよ”


 ああ、そうだ。寝よう。

 帰れるのがどれだけ先の未来になろうとも。


『帰れると、いいよね』


“戻る必要はない。お前が分かってるはずだ”


「痛いよね。苦しいよね」


 生きる。


“お前はただ……眠るだけでいい”


 それはあまりにも、難しい。


“お前には一生……帰る場所なんて、ありはしない”


 苦しい。痛い。


“お前の選んだ道だろう”


 生きる事が。人として歩むことが。

 こんなにも、こんなにも、こんなにも。






 









 【狂おしい。】











・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『ご主人!!』

「!?」

 突然の大声、突然の発狂。

 椅子からひっくり返ったカルラは間抜けに横たわっていた。

 手元を見てみると、鞘から引っこ抜いた村正セイバーとそれを磨くための布を手に取っている。最初は朧気な意識であったが、この衝撃でついさっきまで何をやっていたのかを思い出し始める。

「あ、あれ。俺、眠ってた?」

 そうだ、今、フリーランスはヒミズへと戻っている最中。

 インナーバルシティでの出来事から既に二日が経過した。

 あれから追手が来る様子はないが、ほとんどのラジオがインナーバルシティの洪水騒動で手いっぱいだ。おかげでお気に入りの音楽番組も聞けやしない。

「もうすぐヒミズに到着すると連絡があった、と言ってるであろうに……いつの間にボウっとしおって」

 コピーAIを駆使して実体を得たヨカゼが呆れたように受話器片手に主人のカルラを見下ろしている。小馬鹿にするようなジト目、相変わらず感情表現の完成度に賞賛の声をあげたくもなる。

「にひひ……流石の俺も、異世界の破天荒生活に疲れが生じ始めたかね」

 村正を磨いていた。その最中に電話が来た。

 ヨカゼが代わりに電話に出た。あと数時間もしないうちにヒミズに帰り着くという連絡を彼女が伝言で受け取った。ここまでは覚えている。


 数秒前の事だから、記憶が鮮明だ……だというのに、何故だろうか。

 この一瞬の何もかもが。その意識が吹っ飛んでいたように思えるのは。


「危ない危ない。中途半端な睡眠をしては、男前な顔が崩れてしまう」

 気を取り直し、カルラは苦笑いをしながら椅子に腰かける。

「……」

 上の空になっていたのだろうか。

 この、妙な喪失感は何なのだろうか。

「ご主人」

 受話器を片手に、ヨカゼが覗き込んでくる。

「もしや……体が、」

「大丈夫だろ」

 彼女に視線を返さずにカルラは返事をする。

「ちょっと眠りかかってただけだって。気にするな! あっはっはっ!」

 眠りかかっていただけ。主人はそう告げるのみ。

「はっはっは……」

 何か言いたげな表情で、何かを伝えたい口ぶりで。

 システム・ヨカゼは受話器を持ったまま固まっている。



 “焦点の定まっていない瞳”。

 まるで“人形のような瞳をしている主人”を前に固まるだけだった。


「さてと、降りる準備をしますか!」

 カルラは村正を磨き終え、鞘に収めたところで立ち上がる。

 早いところレストランにて美味しい料理でも口にしたい。両腕を天井へ突き上げ、カチカチになっていた体をほぐそうと背筋を伸ばした。


「……のっ!?」

 その、矢先の事だった。

 変な声を上げ、突如ウサギのように飛び跳ねるヨカゼ。

「うわわっ!?」

 同時に姿勢を崩したカルラ。そんな彼にのしかかるようにヨカゼが飛びついてくる。

「「うぎゃぁああーーーーーー!!」」

 二人の体はそのまま合体。二人仲良く巨大なボールになりながら、部屋の入口の扉までゴロゴロと転がっていった。

「「げふっ!」」

 ナイスキャッチ。オートロックの扉。

 二人仲良く、鉄の扉に受け止められた。

「ご、御主人。怪我は……」

「こっちのセリフじゃ」

 二人仲良く頭を押さえながら立ち上がる。

「なんだ、なんだ……?」

 今の揺れは何だったのか。

 カルラが部屋の扉を開けると、ヨカゼはその背中に飛び乗った。

 何事なのか真相を確かめるべく、操舵室にて着陸の準備をしているであろうアキュラの下へと急いだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「おい! 今のはなんですかい!?」

 操舵室へカルラが飛び込んでくる。

「あっ! カルラ!」

 操舵室にはシルフィとレイブラントの姿もあった。どうやら彼女達も今の揺れの正体を知るべくココへやってきたようである。

「大将! 今のは一体なに、」

「……悪いが、ちょっと黙っててくれ」

 焦るような声で、アキュラはそっとカルラに返事をする。

「……今、頭を整理するので手一杯だから」

 ここから見えるのは飛空艇フリーランスの前方の風景。 

 到着寸前。つまりはヒミズの本拠地の風景がくっきりと前方のモニターに見えている状態だという事だ。


「「「……!?」」」

 三人は唖然とする。

 モニターに映っているのはヒミズの景色と。



 ヒミズ駐在の便利屋たちの飛空艇の姿であった。

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