タイトル.48「ヘルプ・ミーが届かない(後編)」


 ラジオに虚しく流れるニュースはインナーバルシティの水難事故。事と次第、あまりにもヤンチャがすぎた輩は謹慎処分を受ける事例はヒミズにも稀にある。よほどの大ニュースを引き起こさない限りは大目に見てくれるのがヒミズのルールだ。


「どうなってやがる……!」

 アキュラは通信回線を開く。

 前方にいる数機の飛空艇はどれも見知った顔であり、チャンネルの回線は知り尽くしている。何用なのか、何故の奇襲なのかを問いただしたい。

「バレてねぇはずだ! オレたちの仕業だって事は……!」

 インナーバルシティで大暴れをした犯人の名前は出てはいないはず。

 ラジオの放送をグルグル回す。ニュース速報、そして、休むことなく放送されている“ネットアイドル・リン”のラジオ番組。おかしな放送は流れていない。

 アキュラ達が犯人だという事はバレていないはずなのだ。

「おい、お前等。これは何の真似だ?」

 チャンネルに接続し、要件を問う。

「内部紛争は許可されているが、こんな堂々とやっていいのかよ……しかも本拠地の上空でさ。リーダーもお怒りになるぜ?」

 仲間同士の潰し合いはある程度目をつぶってはいるが、ここまで公なやり方は流石に配慮の範囲外だ。しかも飛空艇同士の発砲戦争ともなれば、ヒミズの本拠地に少なからず被害が及ぶはずである。

 そんなヤンチャをリーダーが許すとも思えない。謹慎処分どころの問題ではなくなると脅迫まがいに問う。




『……オマエ、ラ、ワルモ、ノ』

 返事が戻ってくる。

『キサマラ、ワルイ、ヤツナノラ』

『イジメタ。オマエ、ラ、イジメタ』

『ブッツブス、ツブスツブス、ブッスブス』

『ココカラ、イナクナルノナ』

『ヒョーン、キエルヒョォオオン』

『ユルセナイ』『コラシ、メテヤル、ヤルヤル』『シンデシマエ』

 次々と返事が返ってくる。

「な、なんだっ、これっ……!!」

 しかし、何なのだろうかこの違和感は。

 まるで言葉を話す動物と喋っているような気分だ。返ってきた言葉はどれもかしこも覇気がない。頭のネジが誰もかしこも外れたような蕩けた声。

 中にはマイクに口をつけて喋っている者もいるのか、ノイズだけの返事すら流れ込んでくる。

「おい! お前等ッ! 元より頭はおかしかったが、本格的にイカれたか!?」

 まともな返事が戻ってこない事にイライラを募らせながら、アキュラは再び問う。

 目的は何なのか。それともこれはリーダー本人が仕向けた事なのか。だとすれば、それはインナーバルシティでの要件に対しての案件なのだろうか。

『シネェ!! シネエエエエン!』

「……ッ!!」

 撃ってきた。

 性懲りもなく真正面から。次々と砲台の雨霰が飛び込んでくる。

「大将ッ!!」

「……クソッタレがッ!」

 ある程度の攻撃には耐え凌ぐよう防御用のリフレクト結界が搭載されている……しかしこれだけの数の発砲を浴び続ければ、エネルギーがあっという間に底を尽きてしまう。

「Uターンだ! 何が何だか知らねぇが一旦逃げるぞ!!」

 とてもじゃないが着陸できる状況じゃない。フリーランスはその場から全速力で離脱する。

 ほんの数分のステルス機能にスモーク、逃げるために使えるフルセットを全て投下し、蜂の巣にされる事だけは何としてでも回避する。

「アキュラ! ここまで恨み買うような真似を何かしたんですかッ!?」

「思い当たる節はありすぎるが、ここまでの事は記憶にねぇな!」

 なんとしてでもヒミズから離れる。追って来る者がいたのなら撃墜する。フリーランスは緊急事態により臨戦態勢へと入った。

「どうなってやがるんだ、クソッ……!」

 内通用の電話に手を伸ばす。

 これだけの大被害をボスが見逃すわけもない。下手すれば、あの場にいた連中は一斉にヒミズから追い出されてもおかしくはないはずだ。

 奴らを止める手立ては出来ていないのか、そもそも、これは彼が仕組んだ事なのかどうかを確認する理由もある。

「おい、ボス! これは一体、」

『……ワル、モノ、ダァアアア!!』

 まただ。

 また、ネジの外れた蕩けた声が返ってくる。

『ワルモノ、タオス。ボクタチイイコ、ゼッタイ、タオスノヨォオオー!!』

 その声は紛れもなくボスではある。しかし、それはいつものドッシリとした声じゃない。

 まるで、赤ちゃんに退化したような声だ。

 明らかに知能が低下している。そこらのサルよりも馬鹿みたいな返事だけが返ってくる。

「おいっ! お前まで何がありやがった! おいッ!!」」

『タオスゥウウウウウウ!!!』

 その言葉を最後に電話は一方的に切られた。


「……イカれてるぜっ」

 アキュラは苛立ちのあまり、受話器を放り投げた。

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