タイトル.40「蛟竜毒蛇のジャイロエッジ(その2)」


 戦闘は面倒だからと離れていたレイア。

 現れた。アクビをしながら姿を現したレイアは魔法陣を発生させていた。

「【トゥインクル・ヴィーナス】」

 技を撃った後に呟くのもなかなか味があってよいモノである。レイアは満足そうに笑みを浮かべる。

「やれやれ、何が世界一の芸術だって? この世界で最も可愛く美しい至高の芸術、レイア・アプソウブを差し置いて名乗るなんて許しがたいんだよね」

 芸術品。ジャイロエッジは自身の事をそういった。

 あんな醜い生き物がそんなことを名乗るだなんて我慢ならなかったのか。レイアは今、後悔こそしていないが、慌てて飛び出したこの瞬間の疲労を肌身で感じていた。

「そう! 世界で一番の芸術はこのボク! 可愛そうだけど、君はボクの足元にも、」

「ああ、そうだ……」

 背後。レイアの耳で囁かれる。

「芸術を完膚なきまで穢した醜き者。最高の芸術、世界に輝く芸術。素晴らしき芸術。私が今まで見た中でも最高傑作だ」

「……ッ!?」

 慌ててレイアは振り向いた。


「今、お前を最高の芸術。壊してやろう」

 刃が届く。

 二本の刃はレイアの顔に傷をつけた。

「かっ……あぁああッ!?」

 そして、左腕全ての刃はレイアの体を貫いた。

 美を名乗る少年の肉体は、たった一人の殺人鬼によって完膚なきまでに



「貴様ァッ!!」

 レイブラントが飛び込む。

「-----ッ!!!」

 彼だけじゃない、カルラもだ。

 ……子供達は一目散に逃げだした。この男には敵わない。その現実を目の当たりにしてしまった事へ対する恐怖心が子供達の体を突き動かしたのだ。

(逃げ切れよ、ガキ共ッ……!!)

 子供達へ手は出させない。ジャイロエッジの気をカルラが引く。

「レイアッ!」

 カルラがジャイロエッジの気を引いてる隙。

 胸を貫かれ、顔に大きな傷をつけられ、フラリと地へ沈もうとしたレイアの下へレイブラントは飛び込む。そしてその体を受け止める。

「無事か!?」

「……あーあ、言わんこっちゃないね。やっぱり、戦闘はよくないよ……だって、こんなにも美しいボクに傷が入っちゃうんだから」

 震えながらレイアは後悔の念を呟くように笑っている。

 あんなにも綺麗だった顔には三つの傷が刻み込まれた。その顔は真紅の雫に染められている。

「何故だ、何故飛び出した!?」

「……なんでだろーね。強いて言うなら、子供が危なかったから?」

 馬鹿な真似をした自分に呆れて嗤っているようだった。

「罪もない子供が殺されそうになって。それを見捨てる薄情な人間、美しくないじゃん。ボクは世界で一番綺麗なんだ……だから我慢ならないよ。あんなのが綺麗を語る、なんて」

 レイアの目が閉じられていく。瞼が重くなっていく。

「小さな花一つ大切にできないなんて……そんなの、綺麗、じゃないよ----」

 そこでレイアの意識は途絶えてしまった。

 儚く散りゆく花のように、美しく鮮明な姿のまま。


「……ッ! うぁあァアアアアアッ!!」

 レイブラントは咆哮をあげて、立ち上がる。

「ド畜生がっ……!!」

 カルラも村正を起動させる。 

 フェーズ2。残り時間はおよそ十分と言ったところか。だが最早温存する必要もなくなった。

「レイアさんよぉ。可憐だとか、綺麗を好むアンタに言うのは失礼極まりないとは思うがよぉ……言わせてくれや」

 地に倒れたレイアへとカルラは送る。

「最高にカッコよかったぜ……!!」

 自分の身を挺してでも子供達を守ろうとした。

 自分が一番嫌う戦闘に身を投げ出すことになろうとも、何よりも一番大事にしている自身が傷ついてでも……何の罪もない子供達を守ろうとしたその姿に。カルラは賛辞を送ったのだ。

「何の意味がある……こんな一方的な殺戮に何の大義がある!! 貴様の大義は何処だ! 貴様のいう芸術とは何なんだ!!」

 レイブラントは問う。

 この男たちが語る芸術とは一体何なのか。こうまでして残酷になれる事に一体どのような大義があるというのか。

 ただ、殺すことに笑みを浮かべていただけのこの男に、一体どのような理想があるというのだ。

 分からない。彼の表情から相まみえたのは狂気だけだ。

 人が壊れていくサマを楽しむだけの、ただの快楽者。欲望の化身。


「人間、それは醜い生き物。人間は醜さを見せれば見せるほどに“らしさ”を見せる。この世界の秩序、この世界を美しいモノにするために、私は人間を芸術として葬るのが使命。故、私こそがこの世界の美しき芸術」

 またも、新たなカギヅメが顔を出す。

「命乞い。悪あがき。助けを求めるサマは実に滑稽で見苦しい。死に間際の芸術は最高の傑作となる。世界で最も美しくあれるのだ」

「芸術芸術良く分からねぇ……そんな芸術を壊す自身の事も芸術と言っていたな? ただ人間を壊しているだけのお前の何処が芸術だって言うんだ?」

 疑問を叩きつけるカルラ。

「……世界で最も美しい芸術を壊す。それはまさしく崇高なる大罪。それこそまさしく、この世の誰もが手にすることも出来ない唯一無二」

 両腕を振り上げ、天へと掲げる。

 まるで天から降り注ぐ光を照らす太陽を、天使として崇めるように。

「その賛美を手にする私こそ、その他の誰にもならない唯一無二。万物全ての頂点となる美しきモノへとなれるのだ」

 芸術を壊そうとする者。彼はそれを芸術だといった。

 そんな芸術を壊そうとする人間。彼はそれを罪人だと口にした。

「アンタの美しさのために散ってもらわないといけない。アンタにとって、他の人間も俺達も、自身を磨き上げるための栄養剤でしかないって事か」

 カルラはあまりのおかしさに一瞬だが、含み笑う。





「ザッケンなよッ」

 村正を振り払う。

「ついさっきまでは、ただのやられ役の可愛そうな雑魚だと思って、軽く蹴散らしてやる程度の事を考えてた」

 政治も何も知らない子供達にさえも、その毒牙にかけようとした。

「それが今はどうだ。俺はきっと、お前よりも残酷なこと考えてる」

 そんな子供達を救ったレイアの雄姿すらも醜いと斬り捨てた。自身の存在に劣る悲しい生命だと吐き捨てた。

「どうすればお前が悲鳴を上げるのかとか。どうすればお前が苦しむのかとか……完膚なきまでに壊さないと気が済まないって感じだッ!!」

 十分だった。その言葉一つでカルラにとっては逆鱗だった。

「ああ、わかったよ。そんなに芸術品になりてぇなら……外国の良く分からない絵画のように、姿形もバラバラな芸術品に変えてやるよッ!!」

 それは例えとしては充分だが、芸術家への冒涜でもある。

「行くぞ、盾の兄さん……敵討ちだッ!!」

「あぁッ!!」

 二人は立ち向かう。

 謎多き力を秘めた、醜い芸術家へと----

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