タイトル.40「蛟竜毒蛇のジャイロエッジ(その3)」

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「……」

 騒音が聞こえた。破壊音が聞こえた。

 ス・ノーとシルフィは駆ける。その目的地を目指して走り続けている。

「シルフィ、俺達が走り始めて、どのくらいたった?」

 ……そう、広くはない温泉村のはずだ。

 道に迷う程ではない。観光パンフレットも必要ない。

「四十分くらい、ですよね」

「……」

 だというのに何故だ。何故なのだ。

 シルフィとス・ノーの二人はただただ疑問に思うしかない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ふーん、ふーん」

 村の中、アイザは鼻歌交じりに目的地へと向かっている。

 彼女もまた気配を感じ取った。襲い掛かってきた黒装束の数倍は強いであろう猛者の気配を。そして、戦いに身を投げるカルラの気配を。

 長きにわたり戦場を駆けた一人の災厄はその鍛え上げられた聴覚と視覚、何より嗅覚。その全てを総動員にして道を探っている。

「あれー、おかしいなー」

 彼女は純粋すぎる故に頭が悪い。地図がないと地元の街中でも迷子になるくらいの少女だ。だが戦場となると話は変わってくる。確実に敵の前に立つ。



「また、よ~?」

 しかし、なぜだろうか。

 何故か彼女はカルラのもとへ辿り着くことが出来なかった。


 シルフィとス・ノー同様。

 ただ同じ場所をグルグルグルグルと回り続けるばかりだった----


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 カルラとレイブラントの共闘は続く。

「ちぃっ!」

 また、ジャイロエッジの頬から毒が噴き出される。

 ある程度息をとめる事には慣れている。自慢ではないが潜水記録も三分は出来る彼にとって、毒霧はそれといった効果もない。

 十分すぎる時間の中でジャイロエッジの身を引き裂いては退くを繰り返す。

「無駄だ無駄だ!」

 だが、幾ら切り込みを入れようがジャイロエッジの肉体は再生する。

「クソッ! 次から次へ斬っても斬っても復活しやがって! B級ホラーのクリーチャーみてぇな野郎だなッ!」

 手首を切断する、足も切断する。こうなればと心臓を貫いては首を斬り落とすという荒業まで繰り返した。

「私は至高の芸術。お前などでは破壊出来ん」

 あの再生能力、無尽蔵に行えるようだ。

 手首と脚を切り落としても元の位置へと即座に戻っていく。

 首を切り落とそうが、体を貫こうがその傷口は一瞬で塞がってしまうのだ。どれだけ切った張ったを繰り返しても、一向に勝負の終わりが見える気配がない。

 不死身だ。この黒装束の男は不死身。終わる事のない負のスパイラルに心がくじけそうになる。

 カルラは意地になるタイプではある。だがこのキリのなさにはウンザリする。

「もうすぐ限界が近いな」

「いらねぇ心配だぜ、そいつは!」

 村正の稼働時間も残り3分近く。正直な事を言えば、今からカルラが吐く言葉は強がりとただの意地っ張りではある。

 だが十分な時間に変わりはないと気を張る。こんな良くも分からない趣味のナルシストに完敗するほど情けない男ではないと主張してみせる。

「本当にそう思えるのか」

「ああ、もう一度お前を切り刻んで」

 村正を構えようとしたその矢先だ。

「……ッ!!」

 痛む。心臓が痛む。

 体全体を、マグマのような熱が沸き上がり引き締めていく。

「な、なんだッ」

『ご主人! バイタルに異常が!』

 体に異常。想定外の事態が襲い掛かっている事を伝える。

「……あの時かッ!」

 ついさっき、カルラは回避が間に合わず、刃を体に受けてしまった。

 毒が塗られていたのだろう。鼻で吸うよりも確実、血液全体にその毒は行き渡り、カルラの体に牙を剥いていたのだ。

「貴様も私の毒で至高の芸術へと姿を変える」

「……っ」

 カルラは唸るばかり。

 これくらいの毒。ボブドラゴンの万能薬でどうにかなるのだが、生憎その薬は食堂のおばちゃんに全部飲ませてしまった。

 つまり今の彼には解毒剤がない状態。治すための治療薬が手にされていない状態なのだ。


「カルラ! まさか、解毒剤を……ならば、俺のを使って」

「盾のお兄さん! 間違ってもその解毒剤は俺に使うなッ!!」

 手に取った解毒剤をこちらに投げるな。カルラはそう伝える。

「レイアちゃんくんも刃を体に受けてるんです! しかも俺とは違って思いっきりブスリと! 俺は毒に慣れてるが、そっちは慣れてないどころか、俺以上に毒が回っている……使うならそっちの方だ!!」

「お前はどうするつもりだ!」

「心配ご無用!」

 毒に苦しみながらも、カルラはジャイロエッジを睨みつける。

「これくらいの痛み、ヒーローなら平気です……それに、こんな逆境からの大逆転、子供達もアッと驚いて大興奮、拍手喝采の大チャンスではありませんか!」

 これくらいどうと言う事はない。何の支障はないと強がるばかり。

「残念だが、その喝采を受けるのは私。美に塗れた貴様は私に摘まれ、それを得た私は更なる芸術へと至る」

「……じゃあ、俺も芸術で勝負しようかね」

 カルラは走り出す。

「芸術は爆発って言うだろ! 根性でやってやるさ!」

 一心不乱、猪突猛進。カルラは一目散にジャイロエッジへと向かっていくのだ。

「一体何を」

 ジャイロエッジは当然目を離さない。

 カルラは身をかがめて何やら構えに入っている。居合の構えか、或いはラグビーじみた体当たりを仕掛けるだけなのか。

 どうであれ迎え撃つ準備は整えている。あんな衰弱した体で、何か仕掛ける事なんて出来やしないのだから。


「どりゃぁッ! 食らいやがれ!」

 しかし、彼が仕掛けたのはそのどちらでもない。


 “砂”だ。

 手に握られた砂をジャイロエッジへとぶちまける。彼がとった行動はヒーローらしからぬ姑息な方法だったのだ。

「むっ……」

 回避が間に合わず、ジャイロエッジは目を瞑る。砂が目に入る事だけは避けた。

 あとは目を見開けばいいだけだが、その前にカルラの渾身の連撃が飛んでくる。

「食らいやがれ!」

 予想通り。

 手首を一回、足を一本、首にも一振に、体を細切れに何回も。しかし、ジャイロエッジは焦る必要はない。何せ、この体はどれだけ切り刻もうが再生する。

 その最後の怒涛のラッシュも結局は無意味なのだ。

「芸術は壊れない。 貴様も私の芸術に、」

「おいおい、なんでお前が勝ち誇ってんだよ」

 完全に再生したジャイロエッジを前に、カルラは人差し指を突き立てる。

「再生した瞬間さぁ」

 強がり、というには……その顔はあまりにも強気だった。



?」

 既にジャイロエッジは負けている。そう宣告した。

「……何を言っている」

「お前、さっき、レイアちゃんくんの攻撃を避けたよな? 再生できるのになんでだ?」

 この男、再生能力があるにもかかわらず

「実の事を言うと、あれほどの火力は耐え切れないんじゃないのか? だから、俺達よりも先にアイツを潰したとか」

「何が言いたい」

「……言っただろ、芸術は爆発だって」

 村正を再び構える。

『フェーズ3、起動』

 出力を上げる。限界寸前のフェーズ3の発動時間はおよそ四秒近く。ただの無駄遣いにしか見えない行動ではある。

「お前に投げたモノ、よく見てみろよ」

「……!」

 匂い。それでようやく気が付いた

 これは砂じゃない。




 “火薬”だ。


「しまっ……」

 足元と体には火薬が降りまけられ、しかも再生をする際に大量の火薬を体の中に取り込んでしまった。今、彼の体はいうなればとなっているわけだ。

 そこへビームにも近いエネルギーを近づければどうなるだろうか。そんなもの単純明快でわかりやすい結末だ。


 


 発火の連鎖。そして大爆発。

「ぐぉおおおおーーーーーッ!?!?!?!?」

 ジャイロエッジの体は瞬く間に爆風に飲み込まれた。

「うぐうぅおおおおーーーッ!?」

 当然、間近にいたカルラもそれに巻き込まれ衝撃で甘味処まで吹っ飛ばされていった。

「カルラ! 大丈夫か!?」

「大丈夫。これくらいかすり傷……って、いたたたたっ。ごめんなさい嘘つきました、致命傷ですぅうう」

 切り傷はどうでもいい。問題は毒だ。体に無理をさせ過ぎたせいで回りやすくなってしまったようだ。

「……だが、何とかなったぜ」

 大爆発。あの男は想定以上の火力を前には、再生が追いつくどころか出来ないのだろう。



「芸術が、私が、私の、芸術。私、芸術……」

 その証拠に、ジャイロエッジは喚きながら転がっている。

 木っ端みじんに体を吹っ飛ばされ、パズルのようにバラバラになった体。再生できず、ただ悲嘆の表情を浮かべるだけのジャイロエッジの生首からは涙が零れる。

「さて、どうせ助からねぇんだ……トドメはさす」

 エネルギーの切れた村正を片手に、喋る生首へと向かった。

「私が、私以上の芸術が、存在してなるものか。私は、」





『しくじったな。ジャイロエッジ』

 声が、聞こえる。

「!?」

 蜃気楼のように透明な声。

 その場の空気が、一瞬にして凍り付いた。

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