タイトル.40「蛟竜毒蛇のジャイロエッジ(その1)」
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額に刻まれた痣。その文字はジャイロエッジ。
それが彼の名を示しているのかは分からない。今分かることは、この男が政府本部の命でアブノチの陥落へとやってきたこと。
そう、陥落だ。一方的な極刑であり、向こうの処遇と言い分など聞く耳持たず。
「あぁ、また芸術が増えた。この世は芸術があまりに多すぎる。幸せだ」
ジャイロエッジは高笑いをしながら紫色の霧を吸い込んでいく。
まるで掃除機のように吸い込まれていく毒霧。次第に一帯の風景が見えてくる。
「……む?」
だが、いない。そこに出来上がったはずの芸術がいないのだ。
カルラとレイブラントの姿が消えている。
「アブねぇ、アブねぇ……」
屋根の上。彼等はそこにいた。
間一髪、屋根上へと避難したようだ。彼等は毒を吸うどころか浴びてすらいない。
「はぁッ!」
上空よりレイブラントが飛び降りる。
「【
一瞬の隙をついたレイブラントの奇襲。
「ふんっ!」
ジャイロエッジの眼を深く開かせる。
受け止める。カギヅメをつけた手の甲でレイブラントの一撃を。
「ぐっ、ぐんぅっ!!」
だが、それが命取りであった。
痛みに鈍感なボブドラゴンにさえ、悲鳴を上げさせた正義の鉄槌だ。
数百トンの鉄球ハンマーが落ちてくるのと全く変わらない。人間一人が受け止めることなど出来やしない潰撃なのだ。
「芸術品が……アーティストに逆らうなァアアッ!!」
ジャイロエッジは攻撃をうまく受け流し、ギリギリの地点で回避に成功する。
「聞こえたぞ。お前の悲鳴が」
盾越しであったとしても、伝わってくる。
受け流すことに成功はしたが、確かに“骨が砕ける音”が聞こえた。
間違いなく粉砕骨折。フラつき具合を見るに腰の骨も幾つか砕けたに違いない。
「これ以上、まだ続けるというか?」
「……壊したな?」
ジャイロエッジの顔が歪む。
「傷を入れたな? 貴様ァアアッ!!」
カギヅメを振り上げる。
「なっ、バカな!?」
おかしい、あり得ない。
何故だ。何故、あの男は動けるのだ。
最早デクの棒同然の腕にスナップを利かせられるのだ?
「骨は砕けたはずだ! 何故普通に動く!?」
ぶら下げられた鎖のように無造作な動きはしていない。固定されている。確かに固定されている。敵を殺すに適した角度に手首が曲げられ固定されている。
レイブラントは疑問を浮かべながらもその一撃を受け止める。どの一撃も決して通さない無敵の盾で。
「今度こそ、貴様が芸術品になる番だ」
爪が盾に突きつけられる。
「!!!」
そしてすり抜ける。
豆腐に包丁を刺しこむのと同じように、そっと刃がレイブラント腹部へと近寄ってくる。
「おおっと! 俺を忘れるなよ! ここには二人いるんだぜ!」
忘れてならない。頭上で様子を眺めていたカルラの存在を。
良いタイミングでの介入。油断しているその瞬間、盾に突き入れていた右腕を容赦なく斬り落とす!
「他愛ねぇけどよ、話が通じるような相手に見えなかったんでな」
会話が出来るような相手じゃない故の即断。戦闘続行が出来ないように即決。
まずは黙らせる。そして縛り上げて簀巻きにして、何が目的で何を企んでいるのかを根掘り葉掘りハッキリと喋ってもらうのだ。
「……芸術の誕生。それを邪魔するものは完全なる悪」
腕を切断した。それだけでも相当な致命傷のはずだ。
「何故、そうも粗末になろうとする?」
“そんな涼しい顔が出来る程の加減はしていないはず”である。
急いで出血を止めなければ最悪の場合死に至る。しかしこの男はそんな痛みにさえ顔を歪ませない。ただ、目の前で刃を振り下ろしたカルラに対する怒りのみで顔を歪めている。
「急いで腕の出血を止めろよ。じゃないと、大変な事になるぜ?」
「……言われなくとも」
男はそっと、斬り落とされた手首へ近寄る。
「芸術は元に戻る」
「!?」
その時、彼は目を疑った。
腕が勝手に戻っている。
地面に転がっていた手首がスライムのように変形する。そのままバッタのように飛び上がったと思うと……彼の手首へと自分で戻ってきたのだ。
復活している。再生している。接続し、完全に元の形に戻っている。
ジャイロエッジの肉体が何の変哲もない右腕へ。
「なんだ今のはッ!? 再生しやがった!?」
「芸術を汚す者は死ねッ!!」
カギヅメが再び振り下ろされる。
「ぼうっとするな! やられるぞ!!」
レイブラントの介入。盾で薙ぎ払う。
「サンキュー、盾の兄さん!!」
「どいつもコイツも邪魔をする……!!」
ジャイロエッジは一度距離を取る。
次々と邪魔をされることへの不満。それ以上敵の好き勝手を許したくないが故の回避である。
……十メートル先。ジャイロエッジは舌打ちをする。
さっきまでの恍惚とした笑みは何処へ行ったのやら。巣を荒らされたミツバチのように怒り狂う。
「至高の芸術を壊す。それこそが大いなる芸術の誕生。あってはならない。私以上の芸術があってはならない」
両腕のカギヅメをその場で大きく振るう。
空振りだ。しかしそれは怒りの感情のみで行った威嚇行動などではない。
“切り離した”のだ。
合計八枚近くの刃が手裏剣のように二人へと飛ばされる。
「くっ!」
レイブラントは予見した。
(あの刃は“防御”してはならない!)
頑丈な盾をすり抜けた刃の存在。あの光景が彼を危機に駆り立てる。
避ける。刃の飛んでこない安全地帯へと。
「へっ! そんな、なまっちょろい飛び道具避ける必要もないだろう!」
弾き返すのなら村正の刀身のみで充分である。カルラは余裕の笑みで身構えた。
「しまっ……カルラ! それを受け止めてはならない!」
一度経験したレイブラントだから、わかる。
「その刃は……物体をすり抜ける!!」
すり抜ける。そう、どれだけ固い装甲を持っていようが突き抜ける。
---彼の発言通り。
本来、ぶつかりあうはずの刃。その場一体に響き渡るはずの鉄の響きは一切聞こえることなく……村正をすり抜け、カルラの胸に突き進む。
「な、にィッ!?」
回避。しかし、完全には間に合わない。
「ぐっ……!?」
胸を刃が掠った。深く刻み込まれはしなかったが、血が吹き荒れる。
不自然な傷跡だ。その刃は刀はおろか、衣服すらも切り裂かなかった。衣服をすり抜け、彼の胸のみを切り裂いたのだ。
包帯いらずではあるが、自慢の制服が出血で汚れていく。
「た、盾のお兄さん。そういう大事な事は早めに言ってくれないと……」
「すまない。一刻でも早く警告しておくべきだった」
説明できる時間がなかった。しかし詫びは入れる。
ジャイロエッジと書かれた傷を持つ男の異能力なのだろうか。物体をすり抜け、標的の身を切り裂くその攻撃が。
……それ以外にも、
「貴様たちは私に壊されればいい。それだけで芸術になる。そうすることで私は最高の芸術になるのだから」
全く持って言葉が通じない。そもそもその言葉の意味も理解できない。
訳も分からない言葉の羅列を呟きながら、ジャイロエッジは再び距離を詰めた。
「コノヤローッ!」
カツンっ。
迫ろうとしたジャイロエッジの頭に何かがぶつけられる。
「俺達の村から出ていけー!」
「これ以上、みんなをいじめるなー!」
「帰れ!」
……子供だ。
村を襲った悪人に対し、石を投げながら咆哮を続けている。
何処に隠れていたのか分からない。だが、この男の行いに遂に耐えきれなくなったのか勇気を胸に飛び出してしまったようだ。
「芸術、だな」
ジャイロエッジの視線が背後に向けられる。子供へと向けられる。
「ああ、見事なまでに芸術だ」
新たに顔を出すカギヅメの刃。その刃は子供へと向けられる。
「まさかっ、アイツ!」「やめろぉッ!!」
止めに入ろうとするが距離がありすぎる。子供達を助けに行こうにも、救いの手が目前で届かない距離だ。
「死ねェエエエ!!」
ジャイロエッジは高笑いしながら、子供達へと襲い掛かった。
「……む?」
その瞬間。
ジャイロエッジの肉体と、その周辺。空から光が包み込む。
「なんだ、これは、」
理解するよりも先に。
ジャイロエッジは白い光に包み込まれて消えた。
「忘れないでほしいな」
甘味処から一人、姿を現す。
「ボクもいるんだけどね」
そうだ、この場には二人だけじゃない。
あと一人いたという事を。
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