タイトル.39「ビューティフル・デイの悪夢」


「……面倒だな、村での戦闘は」

 ス・ノーは目の前で出来上がった、二体の氷のオブジェを前に溜息を吐く。

「便利屋は依頼主が領主やら何やら偉い立場の人間であった場合。その許可が降りない限りは特定の建造物破壊に対して賠償金を払わないといけない。こんな狭い村で被害が及べば相当な額を払わないといけなくなる。面倒だ、ああ、実に面倒だ」

 瞬殺だった。

 誰も彼の体に触れる事は出来ない。触れればその瞬間、その体の対応はあっという間に体温がゼロ以下まで低下。血流と呼吸の全てを停止させ、その対象の生命活動を停止させる。

「これくらい器用な真似も出来る様になってしまう」

 ス・ノーは二つのオブジェに手を伸ばす。

「唯一の救いは、相手がであることだ」

 砕け散る。その一瞬でオブジェは立体パズルのように砕け散った。

「殺すも容易い」

 体は凍っているため血液も吹き出さないし臓器が飛び出すこともない。

 ただ、綺麗に真っ白に凍てついたキラキラの断面のみが見えるだけ。粉々に砕け散った人間の体は太陽の光に晒されると身一つ残さず溶けていく。


「行くぞシルフィ。依頼主を探し出す」

「……ねぇ、ス・ノー君」

 シルフィは一人何事もなく立ち去ろうとするス・ノーへ問う。

「今も人間は嫌い?」

 問いである。

 シルフィ達アルケフのような異種族の集団の出身であるス・ノー。人間の手によって壊滅を余儀なくさせられたルー族の男。

「……ああ、嫌いだ」

 足元に転がっていた、オブジェの一部を踏み砕く。

「それでもこうして、醜く人間の文化に浸って生きてやっている」

 惨めである。今の自分がどれだけ小さなものになったかと実感したような物言いだった。

「……だが」

 足を止めず、彼は答える。

「この仕事をやって、好きな人間くらいは出来たがな」

 冷酷、な彼にしては随分と優男な解答だった。


 シルフィはその言葉に何処かホッと胸を撫でおろした。

 幼馴染。二人は昔、どのように愛くるしく、無邪気に過ごしたのかは分からない。

 誰も知らないその思い出を見つめなおすようなその表情は……きっと今の彼に、昔の彼を当てはめた故のモノなのだろう。

(ス・ノー君も、良い人達に出会えたんだね----)

 当事者である二人にしか分からない。

 二人の異種族は……依頼人の人間を救うため、再び村を駆けた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「裁くっ!」

「チッ!」

 アキュラは鉄製グローブの拳で対応してみせる。

 政府本部に属する特殊部隊とだけあって戦闘能力は確かなものだ。一対一では苦戦を強いらせる。

「余所見はよろしくないでござる」

 黒装束の背後には片手をチェーンソーに変形させたキサラ。何でもありのこの変形技術には相変わらず驚かされる。

「裁く!」

 最早壊れたレコードのようにそんな言葉しか使わない。二人の耳に非常に響く。

「変に動き回りやがって!」

「……便利屋のエースともあろうお方が苦戦とは、不調でございますか?」

「わかってんだろ。こんなところで炎を使って飛び火でもしてみろ。あっという間に村は火の海だ」

 ここは木造建築の家が多すぎる。ある程度の防火対策はしているにしろ、目の前の強敵一人を一瞬で焼き払う火力を撃つには危険が過ぎる。

「そういうお前も、随分と手を選んでるじゃねぇか」

「こんなところでミサイルなんて撃ったら、どやされます」

「だろうな!」

 二人とも戦場が悪すぎる。

 まだ生存者がいるかもしれないこの村の被害はこれ以上増やしてはいられない。二人の能力をフルに発揮できない戦場にただ舌打ちを交わす事しか出来ないのだ。

「……ただの暴力だけ。何年ぶりだろうな」

 向こうは毒霧やら何やら小細工を大量に仕掛けている。破壊許可が降りている向こう側が好き放題できるという現実が理不尽でならない。

「おい、ロボット野郎手伝え。私の不足分をお前で補わせる」

「ええ、構いませんよ」

 ここはまだ武器を隠している可能性があるキサラを頼らせてもらう事にする。

 この状況、縦横無尽の特殊部隊相手には手数で応答することにする。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 村の片隅。一人、黒装束と遭遇したアイザは隅へと追いやられている。

「どうした罪人よ。何故、逃げる?」

 一歩ずつ、戦場から逃げるように後ずさりを続けていたアイザ。

 黒装束の男はそれににじり寄り、気づけばアイザの背中は壁。左右に逃げ道があるが背を向けるものならあっという間に追いついて串刺しにするだけだ。

「……」

 アイザは無言で、黒装束を睨みつけている。

 震える手。アイザの片手はMURAMASAへと伸ばされている。

「そういう事か」

 黒装束は分析する。

「貴様の力。そのエネルギータンクを経由して戦っていると報告あり。こうして逃げ惑うという事は……打つ手、尽きたか」

 今日一日の必要分のエネルギーは既に切れている。

 あれだけの数を一人で相手していたのだ。消耗していてもおかしくはない

 彼女は丸腰の状態。何の対抗策もない。故にこの圧倒的不利の状況を誤魔化すために様子を見る素振りをしているだけ。結局は強がりの去勢。

 既に彼女は戦う力が尽きている。エネルギー切れの可能性がある。

「ならば! 話は早い!」

 黒装束は飛び上がる。

「罪人を処刑する!」

 カギヅメを容赦なく、その無垢な顔面に突きつけようとしていた。













「エネルギーは残ってないよ~。今日の分は使っちゃったから」

 ガス欠が近い。その目論見はあっている。

 がそっと呟いている。

「でも~、あと二発は打てるよ?」

 銃口が向けられている。

 エネルギータンクに接続された、MURAMASAのガンブレードの銃口が。

「村で撃ったら、壊したらいけないものを壊しちゃうから。そんなことをしたら、ス・ノーとカルラが怒るもん」

 銃口にエネルギーが収縮される。

「ここなら、怒られないもん」

 アイザの背後にあった壁は、この村を覆う防壁。

 故にその壁の後ろは何もない森林地帯。黒装束はその壁へと突っ込んでいる。

「しまっ、」

 被害が及ぶのは壁だけ。ここなら被害は最小限。


「死んでよ」

 そっと言葉を漏らす。

「【ケルベロスファング・0119】」

 一発のエネルギー弾に桁違いの衝撃を込める。

 その一発はものの一瞬で黒装束の体を灰に変えていく。背中の外壁諸共、その身をこの世に一つ残らず粉砕消滅させた。


「ん~? あっちで音がするなぁ~?」

 亡骸にたいして何の慈悲もなし。

 アイザは壊れた壁に背を向け、その遠く離れた騒音へと歩き出した。

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