タイトル.37「大義名分シリアルキラー(前編)」


「……なんだ、これは」

 カルラは唖然とした。

「ねぇ、かるら……どうして、皆静かなの?」

 出かける数時間前。この村は静かながらに賑わっていたはずだった。

「ねぇ、かるらってば」

「黙ってろ!!」

 和服姿の老夫婦に商人、踊り子に村娘。日本出身であるカルラにとって、その風景は日本の田舎町を思わせるなじみがあった。


「こっちの世界に来てまで、こんな光景を見る羽目になるなんてな……!」


 -----その風景がどうだろうか。

 泡を吹いて倒れる人間達。

 カルラにとってそれは……見慣れてこそしまった、最悪の光景だ。


「コイツは”毒ガス”だ……ッ!」

 である。

 彼が経験する戦争。爆撃、猛毒の散布は当たり前だった。毒ガスをまかれ、一夜にして殲滅させられた集落の地獄絵図を彼は何度も経験したことがある。

 今、目の前で起きているのはそれに似通ったものだった。

「ねぇねぇ、どうして眠ってるの~?」

 アイザは首をかしげながら、一人の村娘を揺さぶった。まだかろうじて息が残っている。純粋無垢に、ただ純朴な疑問を投げかける。





「……壊れてる」

 。彼女が口にするその言葉の意味……分からないはずもなく。

 娘は目の焦点もあっておらず、首も関節の外れた人形のようにぐらりぐらりと揺れている。やがて口からは泡だけではなく、胃液までもを噴き出している。

「立て! 役所に向かうぞ!」

 一体何があったのか、そもそも生存者はいるのか。

 一人座ったまま動こうとしなかったアイザの手を引きカルラは駆ける。状況確認もそうだが、何が起きてるのか分かっていないこの状況でその場に留まるのもまずい。

 ……毒ガスらしきもの。今朝は感じなかった妙な匂いが漂っている。

(俺らはある程度毒ガスには慣れてはいる。毒ガスが撒かれてから時間はかなり経ってはいるが……あぁああっ! クソッタレッ!!)

 役所へ向かう最中、カルラは携帯を手に取り、一同に事を告げる。

 毒ガスの存在を知らぬまま村へ足を踏み入れるのは危険だ。カルラが言うに、撒かれた毒は相当強力なモノ……人を半殺し程度に済ませるモノじゃない。


「や、やめておくれ……」

 役所に向かう途中、彼等の目に入る。

「私達が、何をしたっていうんだい……」

 おにぎりをサービスしてくれた食堂のおばちゃんの声がする。食堂の中からだ。

 カルラはアイザの手を引いたまま、食堂の中へと駆けこんでいく。



 世話になった老婆が



「黙れ」

 黒ずくめの男。体全体を黒装束でまとめ、顔面は黒い包帯のようなものでグルグル巻き。袖から見え隠れしているのは血液で真っ黒になったカギヅメだ。

「これは大義。大義なのだ」

 おばちゃんもまた、毒ガスを吸ったのか苦しんでいる。

 そこへ鞭を打つように首を絞め、刃物を腹に突きつけている。あと一ミリ、多少力むだけでその刃は……容赦なく、心臓を貫くだろう。

「これこそ正義」

 黒ずくめの男が呟く。

「これは大義のためだ」

 刃物が老婆の腹へと突きつけられていく。



「何をしやがってる! テメエェッ!!!」

 村正再起動。カルラは怒号と共に刀を抜く。

「何をしてるって聞いてやが、」

「……ねぇ?」

 ふと、さっきまで無邪気に喋っていたはずのアイザが。

 ふらり、ふらり。一歩ずつ、黙り込んだまま黒ずくめの男の下へと寄っていく。

(はっ……!?)

 カルラの顔色が悪くなる。


「なにしてるの----」

 アイザ・クロックォル。

「なにをしてる、って。聞いてるんだよ----??」

 この少女には感情がないわけでも、精神的に異常な障害があるわけでもない。

 その見た目、その年齢、それにそぐわず子供らしく無邪気なだけ。一種の障害と捉えていいかもしれないが、彼女の精神年齢は子供のまま止まっているのだ。

 

「これ以上わるいことをしたら---」

 しかし怒りの感情だけは……その見た目らしく、少女は静かになる。


 アイザは言った。ここの食堂のおばちゃんの事が大好きだと。初めて会った自分に親切にしてくれただけじゃなく、握り飯をおまけで御馳走してくれたことを喜んだ。

 孫のように頭を撫でてくれたりと、純粋な愛を向けてくれた食堂のおばちゃんのことを本物の親の一人のように好意を振りまいていた。


「……アイザ、おこるよ」

 彼女は、静かに爆発した。

 老婆を殺そうとする謎の人物。それに対し、貴様を殺してやると威嚇した。

「むっ!?」

 間一髪、アイザの存在に気付いた黒装束の男は老婆から手を離し、一歩ずつ後ろへと下がっていく。

 フェーズ3。既にMURAMASAは起動してしまっている。その刃が触れるものなら、人間の肌なんてあっという間にキャンドルのようにドロドロに溶けてしまう。

「ぶはっ……はぁっ……!」

 老婆は地に倒れ、首を押さえ咳込んでいる。

「おばぁちゃん、大丈夫?」

 目を見開いたまま笑う事もせず、ただ声だけを老婆にかける。背中をさする。

「ア、アイザちゃん……助けて、くれたのかい?」

「大丈夫?」

「う、うん、おばちゃんは大丈夫、だよっ……げほっ」

 大丈夫じゃない。強がっているのが分かる。

 刃は間一髪で皮膚を貫かなかったとはいえ、毒を吸って相当肺をやられていたはずの体に首を絞めるまでの拷問。衰え切った老婆の体で耐えきれる仕打ちではない。




「ねぇ」

 ぐらり、と首が傾き黒装束の男へ。

「どうして、おばぁちゃんをいじめたの?」

 無邪気な彼女らしからぬ、怒りの表現である。

 喜ぶときは両手を上げてウサギのように飛び跳ね、楽しいときは鼻歌を歌いながらスキップをする。感情表現の仕方もハッキリ言って、子供のようだ。


 ……怒りの感情は年相応。

 大人へと片足を突っ込んだ女性らしい静かな怒り。パックリと開かれた眼が、静かな殺意と共に黒装束の男へと向けられる。


「大義だ」

 黒装束の男がカギヅメを構える。

「法を犯したもの」「裁くのは道理」

「貴様も法を犯した」「許されざる」

 増える。後ろからゾロりと五体に増える。

 突然の影分身の術。それは幻影なのか、それとも本物なのか。気配すら全く感じなかった集団がにじり寄ってくる。

「おばちゃん、動けるかい?」

 苦しむ老婆の肩を持ち食堂の奥へ。

「大丈夫だぜ。毒は何とか出来る。ガスの薄い所へ移動するぞ」

 助ける方法はある。苦しんでいる理由が毒だけであるのなら。

 連れていく。もぬけの殻となった厨房へと。


「……アイザ、怒り狂うのも分かるぜ。だがな」

 身を潜める直前、怒りに身を狩られるアイザへと囁く。

「やりすぎるな。使……たとえお前でも、だ」

 警告。一言だけ残し、老婆を連れて逃げていく。



「大丈夫だよ」

 返事、をした。

「私、つよいから」

 怒りで支配されている中、アイザはただ一言だけ、返事をした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 外で喧騒の音が聞こえる。

 叫び声は聞こえない。騒がしいのは刃と刃がぶつかり合う音。鉄の鳴る音だけだ。

「おばちゃん、これを飲みな。少しは楽になる」

 首絞めやその他拷問などで痛めつけられた体はどうにもならないが、体中に回った毒程度ならどうにか出来る。

 ハーピー族からお礼の一部として分け与えられただ。あまりのまずさに摂取することを躊躇っていたカルラが残しておいた一部だ。

 舌触りものど越しも最悪の代物ではあるが効果は確かだ。発汗や発熱を一瞬で抑えるヒヤリ草に並ぶ効能だ。

「ぶふっ……くふっ」

 薬を飲ませた。これで毒はどうにかなる。

「おばちゃん、一体ここで何があった?」

「わ、わかんないんだよ……いつも村にやってくるスーツ姿のお兄さんが突然変な人達を連れてきて、急に皆を襲いだして……なんか、変な煙を撒き散らして」

 いつも村にやってくるスーツ姿の男が何者かは分からない。

 その煙の正体が毒であることは間違いない。変な男と言うのはあの黒ずくめのことだろうか。

「それより、アイザちゃんは大丈夫なのかい!? 女の子一人であんなっ……」

「そこは問題ねぇ」

 そっと、後ろを振り向く。

「アイツも言ってただろ。強い、ってな」

 その言葉に偽りなし。




「ころしてやる。おばちゃんをいじめた皆、ぜんいん----」


 ……そこから見える風景。それは五人相手だろうと修羅の形相を浮かべるアイザ。

 つかない。傷一つつかない。

 誰一人としてアイザの体に触れられぬ者はいない。

 近づけばその場で返り討ち。リーチがあるはずのカギヅメ相手にガンブレードの刃のみであしらって見せているどころか、逆に傷をつけている。


「どこかに隠れてな! 騒ぎが収まるまで絶対に外に出るな!」

 おばちゃんを近くの物入れまで避難させ、村正を片手に外へと飛び出していく。

「ヨカゼ! 稼働時間は!?」

『今後を考えて20分が限界! フェーズ1なら40分は持つ!』

「充分! フェーズ2で行く!」

 相手の実力が分からない今、手を抜いてフェーズ1にする理由はない。戦場の理解と打破は二十分もあれば事足りる。


「うらぁああッ!!」

 殴り込み。アイザの隣にカルラが立つ。

「……久々の共同戦線だ。手を貸してやるぜ、アイザ」

 カルラと同様、戦場を駆ける鬼がもう一人。

「わかったよ、かるら……一緒に、こいつらを倒そうね」

 悪魔と災厄。かつて地球を揺るがした驚異の二人。

 地獄の使者の狩りが始まる----

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