タイトル.36「タイムイズマネーな世の中(後編)」


「よいしょっと」

 振り回す村正。当然、頑丈な鎧を砕くために出力は上げている。

 レベルはフェーズ2。多少だが疲労感が生まれる程度の出力である。いくら丈夫とはいえ結局はノミのように誰これ構わず襲い掛かる害虫だ。苦労はしない敵。

 また一匹、また一匹と巨大ムカデを駆除していく。

「どうだい? 周りに敵の反応は?」

『騒ぎを聞きつけたのが二匹ほど接近している。問題ない、エネルギーは有り余る』

「余裕だな!」

 最初こそ見た目のインパクトもあってビビりはしたが、弱点やパターンを覚えてしまえばどうということはない。結局は巨大になっただけの虫を駆除するだけの話。

「……ちなみに、俺の背中のアイツは?」

『それ、報告する必要あるか?』

 援軍がやってこない一時の間に、カルラは背後に視線を向ける。


「フェーズスリー。さっさと倒しちゃうよ~」

 二丁のマグナムが、牙を剥き襲い掛かる巨大ムカデへと向けられる。

「【ケルベロスファング・0119】!」

 片方から三発ずつ。合計六発の馬鹿力な弾丸。

 貫く、ぶっ壊す、塵にする。

 悲鳴一つ上げるどころか、痙攣の一つすら起こせる間もなく巨大ムカデが吹っ飛んでしまう。パズルのように粉々に砕け散りその場に転がっていく。

「うわー……」

『イッツ、クレイジー』

 スコロペンドルの惨殺死体がかれこれ合計十匹以上。洒落にならない地獄絵図の真ん中でアイザ・クロックォルがスキップを踏みながら敵を蹂躙していた。

 その表情は蹂躙という言葉が似合わないほどに笑顔である。例えるなら、遠足の日、見慣れない公園でテンションの上がっている小学生のように無邪気。

 そうだ、カルラの背中はアイザが引き受けている。

「……背中を預けると頼もしい奴だねぇ」

『そうであるな』

 故に、後ろの確認をとる必要はない。

 彼女の事を良く知るカルラは最早呆れ気味だった。向こうにいた時も修羅のような強さを誇っていた彼女はこの地でも十分に働いている。

『負担がかかり始めるフェーズ3を制御AIなしでアレほどに扱える……相変わらずだ。これを敵にして戦っていたと思うと、いろいろな意味でゾッとするな』

 カルラが使用する村正システム……それに酷似したシステム。

 アイザが使用しているのは【疑似エネルギー出力装置[MURAMASA]】だ。

 

 村正のシステムはフェーズと呼ばれるレベルを上げる事により、肉体のドーピング強化や脳神経の発達を促し、武器の反動や熱量などに耐えきれる超人へと使用者を変貌させる。


 フェーズ1は起動してすぐの状態。少し肉体に筋肉を植え付ける程度。

 フェーズ2はエネルギーの展開および拡散がスタート。このあたりから人体に影響が及び始めるのだ。フェーズ3ともなれば武器の副作用は勿論、強化しすぎた肉体にも被害が及び始める。


 カルラは今のところ、フェーズ3が限界である。それ以上は体が壊れる。

 3に突入した辺りで筋肉痛などの副作用。ギリギリの地点がフェーズ4であると言っているが……体が砕け散るか精神が崩壊するかのどちらかと言っていた。

 それだけ諸刃の剣というわけだ。彼らが使用している妖刀とやらは。


「だな。本当、敵じゃなくて良かったぜ」

 アイザはフェーズ3に突入しても何か影響を受けているように感じさせない。女性がてらに頑丈過ぎる肉体だ。敵じゃなくて本当に良かったと胸を撫でおろす。

「……おっと、電話が」

 通話先を見る。相手はロゴスのリーダーであるス・ノーだ。

「もしもし?」

『巣と思われる場所を見つけた。アキュラ達の班と合流し、突入する』

「俺達も行った方がいいか?」

『いや、このメンツで足りるだろう。お前達は外の居残りを駆逐してくれ』

「後始末ってことね。了解」

 ようやく巨大ムカデの巣を発見。依頼クリアも時間の問題だ。

『それともう一つ。アイザの調子はどうだ?』

 心配そうなトーンでリーダーが聞いてくる。

「元気いっぱいに遊んでるよ」

『そうか、はしゃぎすぎないように面倒見ておいてくれ』

 ス・ノーからも、暴れすぎないよう首輪を握っておけと警告をされた。


「……一つ聞いていいか?」

 前々から聞いておきたいことがあった。

「道端で倒れていたアイザを拾って、飯を恵んだのは分かっている。その後も面倒を見続ける理由はなんだ? 腕の良い戦士であることには変わらないが……アイツは結構な暴れ馬だぜ? 下手すれば、お前等も食われかねないが」

『理由か? 単純だ』

 金になる。その実力は兼ね揃えている。

 そんな返答が来るだろうと、カルラは身構えていた。



『……コイツは放っておいたらマズい。そう思ったからだ』

「わかるわぁ~ッ!!」

 同感の嵐。二人息があったところで電話を切り、今、この場に徐々に近づいてくる援軍の巨大ムカデ二匹へと構えていく。

「それじゃあ! スパートかけるぜ!」

『了解だ!』

 レベルはフェーズ2のまま。念のためにエネルギーを残す傾向で行くことにした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ふぅ~……終わった終わった」

 数十分後、巣を潰したことが通話で報告される。

 体全体が重火器のサイボーグに、高威力の全方位魔法を誇る魔法使い、そして来るもの全てを凍らせる氷の魔法を扱うリーダー。

 フリーランス側も腕利きが大量にいる。風の使い手に炎の使い手、そして誰一人であろうと身を寄せる事を許さない盾の騎士。

 こんなオールスターで虫の軍勢風情が勝てるわけもない。予想通り、次の通話の内容は援軍要請なんかではなく、巣の陥落完了の報告であった。

『では私は眠るぞ。用があったら呼べ』

「あいよ、ご苦労さん」

 お世話係ヨカゼちゃんは村正のエネルギー停滞モードに入るために一時のスリープモード。村正もそれに合わせて、エネルギーがバッテリーへと収束されていった。

「お疲れさま~」

 無傷のアイザが近寄ってくる。

 あれだけ大暴れすれば衣服は結構乱れている。牙が何度か届いてしまったのか、羽織っていたジャケットや制服があちこち破れている。しかし、そんなの気にすることもなく笑顔でアイザが寄ってくる。

「……無茶苦茶になろうが、服くらいちゃんと着替えとけ」

 汚れたコートをしっかりと整え、肌を晒さないようにと耳打ちをするカルラ。

「って、おい、怪我もしてるじゃねぇか」

 頬に切り傷が見える。

「なんともないよ~?」

 しかしそれがどうかしたのかとアイザは首をかしげる。







「“私達はそのくらいの怪我、何ともないじゃん?”」


 何一つ。疑問を浮かべぬ顔だった。


「……念のためってやつだ。塞いどけ」

 普段持ち歩いている絆創膏の一枚をアイザに与えた。

「は~い」

 受け取った絆創膏を、頬の切り傷へと貼ってあげることにした。

 この後、裏山を降りてアブノチの村で皆と合流。一番近いところにいる彼等は合流前、先に帰って定食屋にでも行こうかと考えていた。

 これだけ体を動かしたのだ。美味しそうな定食を腹いっぱい食べたいと考えている。汗もかいたのでスイーツにも手を出したいと欲に正直になるカルラの声。

 ノーヘルメット運転のバイク。アイザと共に二人乗りのバイクが坂道を勢いよく駆け下りていく。


「……あれ~?」

 団子を食べるか、餡蜜を食べるか。考えるだけでもヨダレが垂れる。

「おかしいなぁ?」

 何はともあれ現場で決めればいいだけの事。

 村に着いたら、スキップの一つでもかましてやろうかとカルラは笑い始める。

「どうして、皆、お外で眠っているの?」

「……は?」

 裏山の奥。ここから見ても村はほんの少ししか見えず、人間も微生物一匹分くらいの豆粒にしか映ってない……だが、その豆粒の動きが妙だ。






 彼女の言葉通り全てが動いていない。その場で止まっている。






「……確かに妙だな」

 不自然。嫌な予感が頭をよぎる。

 まさか、虫の殺しそびれが村に向かったのかと固唾をのむ。

「アイザ、速度上げろ」

「ヤー」

 了解。と一言。

 アイザは速度を上げ、山道の下り坂をバイクで疾走した。

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