タイトル.32「前人未踏のマウンテンヒル(その1)」


 ワケありの依頼。しかもその原因であったハーピーからの依頼を新たに受ける。

 だがコレを解決すれば、本来の以来のクリアにも繋がるだろう。

 何より旧友の危機を……シルフィが放っておくはずがない。一同はハーピーからの依頼を引き受けることになった。


「おっと……おっとととと!?」

 仕事を受けること自体には問題はない。そう、ないのだ。

 ないのだが。ないのではあるが。

「ひぃいいっ!?」

 その内容。




 更に命を張ることになるだなんて思いもしなかった。



「落ちるぅーーー!?」

 時は変わらず昼刻。しかして体も吹き飛びかねない暴風域。

「落ちちゃうううウーーーーっ!?」

 見える景色は霧のように底を覆い隠す雲海。

 そして足元は……片足乗るかどうかの超極狭微塵の道。

 少しでも足を滑らせたのならば、雲海まみれの崖に飲み込まれ真っ逆さま。想像するだけも身も凍る恐ろしい末路。

「やべぇやべぇやべぇやべぇやべぇ……!!」

 今! 毒に蝕まれるハーピー達の命を救うため!

 命を懸けたマウンテンヒル! 最早崖にしがみついて歩いているのと変わらない地獄の山奥へとやってきていた!

「大将! ビビっちまってるのは分かりますが進んでは貰えませんか!? じっと立っている方が危ない気がしてならないんですがぁーー!?」

「話しかけんなァ! 気が散るッ!」

 先頭を突っ切っているのはアキュラ。その後ろをカルラが付いてくる形で進んでいるのだが……何せこの景色だ。少しでも調子に乗れば命共々真っ逆さまなんてあり得る話。

 お願いだから、集中させてくれとアキュラはにやめてくれと懇願するだけのこの状況。

「なんだなんだァ……妙に焦ってるじゃねぇかぁ……? お前もしかして怖ぇのかぁ? 可愛いところあるじゃねぇの、このぉ~?」

「バ、バカヤロー! そんなわけ、あるわけないじゃないですのぉ~!? ただ、このまま皆仲良くお陀仏なんてシャレにならないから心配してるだけですともぉ~!?」

 高所には慣れている。そうでもなければ、ジェットブースターをつけて浪漫飛行だなんて荒行事に飛び出せるはずもないだろう。それと同時、彼等はバンジージャンプやスカイダイビングなども一種のアトラクションとして楽しめるくらいの度量は持っている。

 だが、命綱もなしにこんな場所に来れば怖くもなるのは当然だろう。

 ただ落ちるだけの自殺行為なんて恐怖以外の何物でもない。

「口喧嘩で体力を消費する方がよろしくないと思うのだが」

 カルラの後ろをついてくるのはレイブラントだ。

 前の二人と比べて彼は凄く落ち着いている。

 二人と比べて高身長な上に、背中に背負った巨大な盾とバランス感覚は酷く悪いはずなのにこの余裕だ。

「なんで後ろの騎士様はバカでかい盾担いだまま平気なんですかねぇ……!!」

「安請け合いするもんじゃないって初めて思ったぜ……!!」

 -----話は数時間前に遡る。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 数時間前、ハーピー達から何故この場から動かないのか理由を聞いた。


 一つは仲間たちの現状。大半が飛行出来ないところまで衰弱している。

 そしてこの数だ。一人が一人運んで移動するのにも数が多すぎて無理がある。

 なら、ずっとこの場で立ち往生と洒落込むのか。否。


「デブドラゴンの唾液?」

 カルラは首を傾げた。

「「【ボブドラゴン】です!」」

 シルフィとロィースカは二人揃って修正してきた。

 さすがは似た者種族、息はピッタリである。

「まぁ、あながちデブドラゴンでも間違いねぇだろ」

 アキュラはスマートフォンを開く。

 ここは電波が通らない。故にインターネットを開くことは出来ないが、彼女はある程度の資料を画像ファイルとして保存している。

「ほれ、コイツだ」

 フォルダの中にある一枚の写真をカルラに見せる。


 ドラゴンとはスマートでイカツく、いざ目の前にしたら恐怖で足がすくみそうにはなるものの、やはり男としては“カッコイイ”という印象を浮かべる生き物。

 現にメージの図書館で幾つか目を通した本にはそういったドラゴンが大量に載っていた。


「わー、なんというメタボリック」

 そこに映っていたのは----中小企業のサラリーマンもビックリ。

 ずんぐりむっくり、お腹剥き出しのマヌケなメタボドラゴンであった。

「んで、このドラゴンがどうしたのよ?」

「……このドラゴンも私達と一緒で人の手から逃れようと移動を続けているのです。つい先日、そのドラゴンがこの周辺を飛び回っていたのを見つけました。そして巣を作ってしばらくその場に留まっている事もこの目にしたのです」

 空を眺める。時間によっては霧が晴れ、空の風景が見える事がある。

「ボブドラゴンの唾液……それは治癒効果が強く、あらゆる万能薬として使われています。傷口の治療は勿論の事、毒消しの薬としても使えるのです」

 資料にはボブドラゴンの生態が描かれている。

 このドラゴンは見た目の割に全くと言っていいほど肉食ではないらしい。

 食べるのは山岳のアチコチに生えている草。しかもそれは治療などによく使われる薬草がほとんどとされており、あのヒヤリ草を食している個体もいるという。

 分泌され、口の中で生成される唾液は万能薬として有名だ。塗り薬としては勿論、飲めば体で渦巻く害虫達を追い払ってくれる。

「確かにコイツは特効薬になりかねん」

 ハーピー達の体で暴れまわっている毒も追い払えるという事だ。

「なぁんだ。やり方があるのなら、早く行動に回せばいいのでは?」

「……そうしたいところだが、コイツは唾液を漏らすことが早々ない」

 寝相の悪い人間が不意に唾液を漏らすような事を、このドラゴンは滅多にしないという。

「だな。簡単には貰えないさ」

 調べてみると、唾液の回収もかなりの荒行時ばかり。

 ドラゴンの口を無理やり開き、食べられないように桶などですくって回収。などが主流とされているようだ。

「回収するのなら……可哀そうだが、狩猟した後に絞りだすしかない」

「なるほど」

 つまり、ここに集められたメンツにやってほしいことは一つ。

 ボブドラゴンを討伐し、唾液を回収するということだ。

「いいですよ。狩りは専売特許ですからねぇ~」

「俺も出来る事があるなら手伝おう」

 荒行時なら男手二人は欲しいところだろう。

 カルラとレイブラントは二人揃って参戦。

「面倒な部分の片付けも済ませておきたいしな。手は貸すぜ」

 早いとこ依頼をクリアする。アキュラも挙手。

 これにて勇姿が集ったわけではあるが----


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 というわけで彼等はボブドラゴンの巣へと急いでいた。

「はぁ……はぁ……」

「死ぬかと思った……!」

 ようやく険しい崖道を突破し、まともな足場へと踏み入れた。

 アキュラとカルラは二人そろって横たわって過呼吸だ。ここまで神経を使ったのは久々ではないかと心臓の鼓動をあげる。

「アキュラはともかく、これくらいの事で音を上げるか。お前は」

「いやいやいや、盾のお兄さんは肝が据わりすぎ」

 ただ一人、どうという顔をしていないレイブラントに関心どころか怨念すら覚えそうだ。

「シルフィの野郎、来なかったなんてことはないのよなぁ?」

「いや、彼女飛べるんだからこんなの怖くないでしょ?」

「それも……そっか」

 現場にいるのは三人だけ。シルフィは現場に残ったのだ。

 シルフィがそこにいる。それだけでもハーピー達にとっては心の在処となる。彼女たちにとってアルケフとはそれほどの存在という事だ。

 つまり仏像的な仕事を任されたわけである。南無。

「お疲れ様です」

 遅れてやってくるのはロィースカ。当然空を飛んで。

 ……ジェットブースターは機動性に問題こそないが、充電にバカみたいな時間がかかるため運用不可能。というか充電中。

 そしてこの周辺は飛空艇を停める場所がない。故に足で移動することになったわけである。空を飛べるという事がどれだけ便利かという事を改めて思い知らされた。

「巣はすぐそこです。行きましょう」

 ……人間嫌いの一族と聞いていたが、やはり距離感はある。

 アルケフの連れということもあって口を交わす程度なら許すといったところか。

「気合い入れますか。ちゃんとカッコつけないと、美人さんへお近づきになるチャンスですし」

(シルフィに何か口添えされたな。あのハーピー)

(だな)

 ちょっとギスギスした空気の中。

 目前。一同はボブドラゴンの巣へと向かった。

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