タイトル.31「空の旅族、ハーピー(前編)」


「大変申し訳ありませんでした」

 操舵室に先程の鳥人間がいる。

 美貌に包まれた魔物。間近で見れば人間ではないことが伺える。

 土下座。先程まで敵意丸出しで突っ込んできた鳥人間がシルフィを前に土下座しているのだ。

「このロィースカ、如何なる罰もお受けします……! まずは首を捧げてっ!」

「そこまでしなくていいですから!!」

 爪を経てて自殺しようとするまでに至っている。シルフィが全力で止めにかかっているが、このやり取りが現在三十分近く。随分と長い茶番である。

「まぁ、何はともあれ窮地は脱した」

 ……現在、フリーランスは予定通り目的地へ向かっている。

 繰り返し言う。、空の旅を満喫している。

「今回はシルフィ様々だったぜ」

 ……シルフィが駆けつけた直後。鳥人間達は一斉に攻撃を辞めた。

 それだけじゃない。敵意を一斉に引っ込めたかと思いきや、シルフィを前に頭を下げ何度も謝って来たではないか。

 この鳥人間は【ハーピー】という種族。人の形をした魔族。

 ハーピー、或いはハルピュイアという魔物の存在は地球の方でも伝奇として残されている。人の形をしていながら鳥のように空を飛ぶ怪物。

「綺麗な身体してるもんだねぇ。へぇ~……」

「下劣な視線を向けるな」

「いたっ!!」

 目の前にいるハーピーもその伝奇通り、美しい見た目でありながら、恐ろしい爪や羽毛を見せつけている。見惚れるカルラにレイブラントのゲンコツがお見舞いされる。最近になって遠慮がなくなってきた。

「もう大丈夫ですから。どうか頭を上げて」

「いいえッ! 私が犯した罪はあまりにも大きい! アルケフ族に手を出したどころか、その御友人まで亡き者にしようと……拭いきれるわけがない……!」

「ああーーもーーーーうっ! だから、もういいって言ってるじゃないですかぁ!?」

 ハーピー。この世界では縄張り意識が特に強いとされる魔族。

 風の魔法を操り、里へと近づく人間達を追い払うと言われているようだが……この種族たちにとっては神様ともいえる存在がいるらしい。

「はぁ……どうしたら頭を上げてくれるのでしょうか……」

 そう、それがアルケフなのだ。

 アルケフの先祖、神霊の加護をもって生まれた種族の一つがハーピーだ。社会的立場から言うと、一般社員と会長くらいの距離があるとのこと。

 必死に咎を受けようとしているこのハーピーの名はロィースカ。

 見ての通り、生真面目であるが故に面倒くさい。何処かの誰かに似て。

「オレたちがテリトリーに入ろうとしたから襲い掛かってきたってわけだったのか」

「そういうことですね」

 飛空艇被害が多い事件は人間達がハーピーのテリトリーに近づいたから。彼女たちはそれを追い払っていただけなのだ。

「……なのですが」

 シルフィは一人、ロィースカへと目を向ける。

「被害があまりにも多すぎます」

 それは、ふと気になった疑問。


「貴方達は人間の手が及ぶところを好みません。故に人間の多い場所は避けるはず……存在が公にもなってるのに、ココから動かない理由は何なのですか?」

「それは……」

 被害が大きくなれば彼女たちの存在は当然広まってしまう。

 人間の手から極力逃れようとする彼女たちは……人間が近づけば、即座にテリトリーを別の場所に変えるを繰り返す旅族なのである。

 しかし、話がこうも大きくなっても彼女達はテリトリーを変えない。

 アルケフと同じで人間の魔の手から逃れて生きているハーピー。似た一族である彼女たちの行動にシルフィは疑問を浮かべていた。

「まぁ詳しくは署で聞こう。なんてね……じゃあ、俺は眠いんで寝てきます」

 ロィースカとシルフィの漫才の繰り返し。

 天丼も続けば飽きられるとカルラの一言。面倒な話は現場で聞こうと忠告しておくことにした。


「……」

「ん?」

 操舵室を出ようとした矢先、カルラの目の前に見慣れぬ人物が。

「やぁ」

 ハーピーだ。ロィースカと比べるとかなり小柄。小さな女の子。

 何か用事があってきたのだろうか。それとも興味本位で立ち寄ったのか。

 ただ、ずっと突っ立ってカルラを見上げている。

「……飴ちゃんいる?」

 ポケットの中から、包み紙にくるまれた飴を一つ差し出す。

「いる」

 小さなハーピーはその飴を快く受け取った。

(人間サマの恵み、割とあっさり受け取ったな)

 言うほど人間を毛嫌いしているわけじゃないのか。

 カルラは目をキラキラさせながら一口サイズの飴を舐めるハーピーを可笑しく思いながら自室へと戻って行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 飛空艇フリーランスは行方不明者が続出している山岳地域へ。

 飛空艇から飛び出し、鍵もかけたところで一同は先へと進んでいく。

 山奥の更に山奥。霧も立ち込め、人から身を隠すには十分すぎるこの周辺。


「ふむふむ、ほぉほぉ~」

 道に迷わないようにハーピー達の背中をカルラはじっくりと眺めている。

 胸と局部に両手両足、その他微塵の部分のみを羽毛が隠すだけで、残りはフルオープンなハーピィの人肌。当然、背中はガラ空きなのである。

「何度見ても絶景絶景……ほほぉーん」

 男として、露わになった背中は見事に官能的である。

「ロィースカさん。ウチのカルラが変な事したら、問答無用で切り裂いていいですからね」

「なんで自分がセクハラをする前提の話なんですかねぇ~?」

「視線が既にセクハラしてましたよ」

 道に迷わないようにじっくり見ていたにしては視線が欲情してた。

「皆さん。背中隠して下さい」

「……むむっ」

 彼に備えて勘の鋭いシルフィの言い分は見事なもので、それを聞いたハーピー達は一斉に背中に手を回し始めたではないか。

「あぁ、男の花園が~……」

「はしたない」

 ガックリと肩を落とすカルラの姿をレイブラントはただ一言貶すだけであった。

「あとどのくらいだ?」

「もう少しです」

 なんやかんや言ってる間に到着する。

 集落としては丁度いい平原地帯。周りは山岳に囲まれており、空からでは霧で覆われているため視界的な意味でも守りは完璧な隠れ家へと到着する。

 その平原地帯に巨大な穴。洞窟のようである。

「……我々が、ここから動けない理由は」

 洞窟の奥。松明を片手に進んでいく。

「ん?」

 耳を澄ませる。



「……悲鳴? 苦痛?」

 吐息。悶え。そして苦境に藻掻く声が聞こえてくる。

 声が蠢く洞窟の奥の景色が……照らされていく。

「!」

 シルフィは戦慄した。




「これです」

 洞窟の奥に現れたのは---

 生きているかどうかも分からない。

 ゾンビのように苦しみ声を上げ、横たわるハーピー達の姿であった。

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