タイトル.26「命懸けのビジネスライフ」
山岳を降りた森の奥。
熱帯雨林の中、オークの里へと向かっていく。
「あ、あぢぃい……」
「ねぇ~? あとどのくらい歩くの~?」
オークの言う事が真実なのかどうか。それを確かめる。
嘘でなければ、見逃してやらなくもない-----
約束を守るかどうかすら分からない。
真実を提示したにしても、その契約をなかったことにしてオーク達の処断を開始するかもしれない。ヒヤリ草だけならず、オーク自体も奴隷なり商売の道具として回収するかもしれない。
(……ス・ノー・ルー。オレとは相反した氷の魔法使いか)
彼が使用したのは氷の魔法。炎とは真逆の冷気。
敵の自由を一瞬にして奪い、ジワジワといたぶっていく。本人自身も相当体を鍛えているようで肉弾戦能力も高い。オークなんかが逆らえる相手じゃない。
(このまま何も起きない方が奇跡ってところか……)
アキュラは動揺していた。
このままオークの隠れ里に向かう事に罪悪感すら浮かべていた。
「……」
レイブラントも同じだ。このままついてきていいのかと迷っている。
大量虐殺か、或いは奴隷商売か。最悪の結末の目前に狼狽えている。
「優しいんですね、騎士のお兄さん」
お姫様だっこのまま、抱えられたレイアが覗き込むように呟く。
「何がだ?」
「オークの事、気遣っているようでしたから」
レイブラントはその性格故に表情に出てしまうのだろう。
ス・ノーの残忍ぶり、それに怯える異種族のオーク。弱肉強食の世界、今のこの世界の摂理そのものを前、残酷な現実に歯がゆさを覚える。
「……君は何とも思わないのか。彼を」
「思いませんよ」
レイアはス・ノーの背中に視線を向ける。
「僕もキサラも、彼を信じてますから」
それは狂信的な崇拝なのか、それとも脅されているのか。
その心境こそ分からないが……今この状況で、レイアの一言はレイブラントの心をより深く重くさせるのみだ。
「ス・ノーさん、一つ聞いてもよろしい?」
長い道のりだ。暇になったのかカルラが彼に話しかける。
「なんだ?」
「あのウサギが
「知っている。本人から話を聞いて、その浮きっぷりで確信した」
「彼女とはどこで知り合って、このチームに?」
「拾った」
まるで捨て猫のような感覚でスノーは答える。
「仕事先の街中で倒れていた。どうかしたのかと聞いたら腹が空いていると答えてな……飯を恵んだら懐かれて、それからずっと着いて来る」
野良猫に餌を上げるなと親にも教わることは多いだろう。変に懐かれでもしたら、後が大変なのだから。
「最初は追い払っていたが思った以上にしつこくてな。そのうちにアイツ自身腕が立つと知った……だからウチで用心棒として雇った。そういうことだ」
「ふーむ」
アイザもまた、カルラと同じ状況だったようだ。
見知らぬ世界へ迷い込み、状況を理解する前に腹が空いて衰弱。
カルラの場合、スリなんていうヒーローらしからぬ行動で生き長らえたが……アイザはそういった方法は頭に入っていなかったのか街中でグッタリだったようだ。
「おい、アイザ」
話を終えたところで、次にカルラは前方を歩くアイザに声をかける。
「なに~?」
「お前、今の仕事……楽しいか?」
軽い耳打ち。彼女への質問。
「楽しいよ! キサラもレイアも優しいし! ス・ノーも優しいし!」
「……そっか」
暇つぶしの会話をしている間に、どうやら隠れ里が見えてきたようだ。
洞窟の中、この中でオークたちは隠れ住んでいる。
カルラのいた世界からすれば、オークなんて力自慢の怪物は力のない人間からすれば戦車や戦闘機などの重火器に頼らないと歯もたたないであろう化け物。ファンタジー小説に出てくるオークはそんなイメージだ。
しかしこの世界では人間は魔法や異能力を持ち、そこへ発展したか学力という最大の武器まである。
オークは力こそあれど、知能に恵まれていない分パワーバランスは絶望的。人間の目から逃れるようにこうした生活を続けている。
「入るぞ」
足を踏み入れる。松明で照らされた岩のトンネルの中、先へ進んでいくと。
「オイ、ナゼ、ニンゲンガ!?」
他のオークの姿が見えてきた。
「……ワケアリダ」
当然、人間がやってきたことで騒ぎになり始めている。
ザワザワとした言葉はこの広大なトンネルの中では嫌でも反響する。怯えるオークの子供の声、ヤジを飛ばそうとする若者のオークの声。
まるで人間の様だ。見た目は魔物に近い生物とはいえ、震えるその様は人間と一切変わらない。ますますもって、心が締め付けられそうになる。
「その仲間の下へ案内しろ」
「コッチダ」
オークに連れられ到着する。病気により衰弱したオークのもとへ。
「コイツダ」
----倒れていたのは子供のオークだった。
言葉通り、過呼吸が続くほどの発汗と体温の上昇に苦しめられている。
ヒヤリ草が敷き詰められたベッド、体中に塗り固められたヒヤリ草の薬草。そして定期的に摂取しているというヒヤリ草のドリンク。
これだけ過剰と言えるほどの治療は見たことがない。しかしこうでもしないと、極稀に発生するというオークの熱をとめる事は出来ないのだ。
「おいおい……思った以上にヘビーじゃねぇの、コレは」
あまりにも悲惨な状況。想像以上の病状に一同は言葉を失った。
「……」
嘘ではなかった。
仲間が苦しんでいる。そのためにヒヤリ草が必要。すべて真実だ。
「アトスコシ、アトスコシデナオル。ダカラオネガイダ」
「事情は把握した」
ス・ノーはそっと顔を上げる。
「……だが、ヒヤリ草がどうしても必要なのでね」
「!!」
約束とは違う行動に取り掛かる……その予感をオークは感じ取った。
当然、周りにいた仲間たちも構え始める。
「キサマ! ヤクソク、ヤブルノカ!?」
一歩ずつ近づくス・ノー。仲間を助けようと立ちはだかるオーク。
「待て!」「くっ……!!」
アキュラとレイブラント。二人はついに動き出そうとしてしまう。
さすがに見過ごすことは出来なかった。今から始まるかもしれない虐殺ショーを。
「二人とも、その必要はございません」
ただ一人……カルラはアキュラ達の進撃をとめる。
「カルラ! テメェ、」
「たぶん……大丈夫ですよ」
手を出す必要はない。彼がそう呟いた矢先----
「頼む」
氷を纏った拳も、洞窟内の命全てを奪い取る冷気も現れ出ない。
頭だ。ス・ノーは頭を下げて、願いを告げる。
「人間二人分、それだけでいい。お前の仲間と同様に似たような病状で苦しんでいる奴がいる……もう一人の状況はまだ分からないが、俺を雇った側の人間は一刻を争う状況だ」
苦しんでいる。今目の前のオークと同じような状況に陥っている奴がいる。
「頼む。お前達が仲間の命を救おうとしているように俺達も……どうか」
人間二人分。ここにいるオーク一人分の治療分と比べれば雀の涙ともいえる量だ。それだけでも譲って貰えないかと、ス・ノーは懇願する。
「……ユズッテモイイケド、ヤクソクシテホシインダナ」
「何だ」
「ココノコトシャベラナイデホシイ。ソシテ、ニドト、ココニコナイデホシイ」
寡黙。それが条件であった。
そしてしばらくはこの周辺に近寄らないでほしい。その約束を守るのならば……人間二人分と同時、予備の分もわけ与える事にする。
それがオークから差し出された条件。ヒヤリ草を渡すための条件だ。
「恩に着る」
契約は成立。
ス・ノーの手には、二人分の薬草が行き渡った。
「へっ」
まるで全てを見通していたかのように、カルラはそっと笑みを浮かべた。
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