タイトル.25「もう一人の神様一族(後編)」
「フゴォオオオーーーーッ!!」
オークが迫る。ハルバードはス・ノーの頭に振り下ろされる。
「帰れ、だと?」
頭上でピタリと止まったハルバード。
「こっちのセリフだ、単細胞」
何もしていない。ス・ノーは両手を動かしてすらいない。
来るべき攻撃を眺めているだけだ。今すぐにでも脳天をスイカのよう粉々にぶっ潰しにかかるハルバードの存在を。
「グッ!? ググググーーーッ、ナゼェエエーーッゥ……!!」
それ以上先、ハルバードが彼の頭上へ近づくことはない。
少年のようにも思える彼への斬殺に躊躇いが生じてしまったからなのか。
違う。オークは躊躇ってなどいない。
ハルバードは確かにス・ノーの頭に触れている。だが切り裂くことは出来ない。
「誰も彼には触れられないよ……ふふっ」
レイブラントに抱えられたままのレイアがその風景を見て笑みを浮かべている。
「一体何が?」
「見ろ! ハルバードがっ!」
オークの持っているハルバードへと視線が向く。
-----白い煙が立ち込めている。
湯気、熱気、いや、どれも違う。
オークの斧を包み込む白い霧の正体、それは----
「凍ってやがる!?」
冷気だ。
気が付けばハルバードは半透明な氷によって包み込まれていく。
刃先は勿論の事、その全体を覆うようにオークの両腕もハルバードと共に凍らされていく。
「ナ、ナンダ、コリャ」
「どうした。見惚れたか?」
ス・ノーは怯むオークを眺め、嘲笑っている。
冷気はよりス・ノーから零れ溢れる。それは彼へと纏われるオーラのよう。
「……コノォオオオ!!」
両腕がハルバードと共に完全に凍らされるよりも前、それを手放す。
一度距離を取り、掛け声とともに片腕をス・ノー目掛けて振り下ろす。両手を握り合い組み重ね、力任せのアームハンマーで彼を押しつぶそうとする。
「ふぅ、はぁ----」
ス・ノーの口から噴き出る白い息。
ブランコのように左右に揺れるだけだった右腕が、そっとオークへ構えられる。
「
----正拳突き。
鉄槌。アームハンマー目掛け、ス・ノーは正面から片手を突き出す。
「ウ、グォオオオオオ……!!」
-----神経が粉々に砕け散る。
パズル、割れたガラスのように粉々に。
その感覚がオークの手首へと伝わってくる。
「グワァ……! イデェ、イデェヨォオオ!!」
オークの両腕は最早使い物にならなくなった。
全ての指が関節を失ったのかプランプランと揺れている。どころか腕そのものが自分の意思で折り曲げられなくなっている。
「ツメテェ、ツメテェ……!」
固まっていく。オークの両腕が真っ白い霜に覆われていく。
「はぁあ----」
またも一息。ス・ノーは片足をその場で上に掲げる。
「
足踏み。
浮いた片足が地に着いたその瞬間、周辺の地面が凍り始めた。
「ヒ、ヒギィイイイイ……ヒィイイイイ……!?」
拘束される。地から植物のように霜をはやす氷はオークの両足を飲み込み、一瞬でオークから自由を奪っていく。
「終わりか?」
ス・ノーは手放されたハルバードに触れると、それはガラスのように砕け散る。
オークはもう身動き一つ取れやしない。両腕は凍り、両脚も地面の霜と一体化し動けない。オークは戦うための手段を全て奪われた。
勝利を宣告する前、ス・ノーは一度あたりを見渡す。
「こっちは終わったけど、そっちはどう~?」
「俺の方が一秒早かったな! うん、間違いない!」
向こうも終わったようだ。
横になって気を失っているオークを足踏みにしながら胸を張っているが喘息寸前で息を荒く吐き出すカルラ。
アイザは何食わぬ顔で泡を吹いて気を失っているオークの首を掴んでいる。二体とも見事に戦闘不能。ス・ノーよりも先に仕留めていたようだ。
「終わってるな」
あとはリーダー格と思われるオークを仕留めるのみ。
「駆動、」
「マ、マッデグレ!!」
手前、オークは頭を地につける。土下座だ。
「オレハ! ドウナッデモイイ! ダガ、ヒヤリグサ! アキラメテクレ! タノム! イノチ、カケテノタノミ!!」
お願いだからヒヤリ草に手を出すのだけはやめてくれ。
涙を流しながらもオークは死に恐怖を覚えようが己の願いを伝える。
「……随分とヒヤリ草にこだわっているようだが」
「オネガイダ! オレタチ、ソレヒツヨウ! アトスコシ! アトスコシナンダ!」
あと少し。その言葉にどのような意味があるというのだろうか。
「理由はなんだ?」
「……クルシンデルミカタ、イル」
オークは正直に、その理由を告げる。
「オレタチ、カゼヲヒクト、タイオンタカマル。ナカナカサガラナイ。サゲルニハ、ヒヤリグサ、ヒツヨウ」
「この周辺のヒヤリ草を独り占めするほどなのか」
ヒヤリ草。名前の地点で察した面々もいるとは思われるが、ミントとはまた違う清涼効果のある特殊な薬草。
空禍病は急変した環境に対して体が起こす拒否反応が原因で発生する異常な気温上昇。ヒヤリ草が必要となる理由もその体温を無理やり下げるため。
「オレ、ウソ、ツイテイナイ……モウスグナオル!ダカラ!」
「なら証拠を見せろ」
変わらぬ威圧。ナイフにも劣らぬ鋭い視線が臆病なオークの胸を刺す。
「俺も鬼ではない。お前の主張が本当であるのなら多少は見逃してやる。証拠の提示として病人のもとまで案内しろ」
「オ、オマエヲサトニツレテイケト……!?」
病人であるという仲間は外へ連れ出せる状況ではないという。
証拠の提示として行えることとなれば……その病人が眠っている隠れ里に連れていく以外に方法はない。
「……ソレハムリダ。ナカマヲウルコト、デキナイ。オレ、ヲコロセ」
「そうか」
スノーはそっと顔を下ろし、オークの眼中にまで顔を寄せる。
「ならそこの仲間は勿論、お前の里を見つけ出して全滅させてでもヒヤリ草を回収させてもらうだけだ」
「!!」
狂気の籠った言葉。蛇のように独特で、青いハイライトの入った眼が光る。
嘘などついていない。ス・ノーの冷たい瞳は今もオークをとらえている。
「もう一度言う。俺も鬼じゃない。込み入った事情があるのならコチラで話はつける……だがこちらも大事な仕事でな。嘘八百なんかで踊らされ、美味い話を放棄するわけにもいかん。早く提示しろ、真実を」
冗談のような笑みも、見逃してくれるような生易しい含み笑いも見せはしない。
「ここから先は言葉を間違えるな。お前の行動次第で、お前達は滅ぶ」
処刑宣告。突きつけられた無数の刃。
臆病なオークにそれはあまりの重圧だった。四方八方、両手両足腹部顔面、ありとあらゆる場所に逃げ場もなく刀を突きつけられた幻覚。
逃げることも偽ることも許されない。オークは震えを止められずにいる。
(何が鬼じゃねぇ……だ!)
後方でアキュラは固唾を飲み込む。
(噂では聞いてたさ。他の便利屋と比べて冷酷かつ強引、傲慢とさえ取れる仕事の速さ……強引なんてレベルじゃねぇぞ、これは!)
心を弄ぶような悪魔の商談にはアキュラも多少であれ恐怖を覚えていた。
当然、アキュラと同様にレイブラントもその光景には嫌悪感を覚えていた。
仲間を売れ。出来なければ全滅させる。まさに悪魔の商談。
こんなものを突き付ける男。二人はこう思った事だろう。
-----氷のように冷たい男だと。
「十秒待ってやる。それまでに答えを」
「ワカッ、タ」
オークは商談に頷いた。
「ダガ、シロ。ヤクソク。ナカマ、ゼッタイニテヲダスナ」
「最初からそう言えばいい」
ここに契約は成立した。
まずはオークの隠れ里へ案内してもらうため傷をいやす必要がある。
オークたちを解放し、数分程度の時間を貰う。
「……」
カルラは黙ってみていた。
ス・ノー・ルー。冷気を纏う男が放った言葉は……血の気も引くほどに、その場の空気を凍てつかせた。
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