タイトル.18「シールド・ナイト  レイブラント」


 数日後、この一件に関しては若干のオブラート表現を行いながらの公表となった。

 女王と伯爵、国を支える側であるはずの二人が私利私欲のために処刑を繰り返して、事もあろうことかその体は命としてみる事はせず、ただ売り物としてさばいていたのみ。

 こんな悪行、包み隠さずに公表するべきなのかもしれない。しかしそのまま公表すれば住民達の不安と不満を爆発的に募らせることになる。

 悔しいことではあるが、事が落ち着くまではゆっくり状況を整理していく。メージの外の政治団体と共にこの一件は解決していくことになるだろう。

 独裁者国家となり果てていたこの街がもっと良い方向へと進んでいくのを信じて。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「はい、毎度あり」

 二日後の翌朝、アキュラ達便利屋・フリーランスは報酬を受け取った。

 それはハルベルトがこの自警団に属しておよそ3年分の支給金をため込んだものだった。額として数えれば相当なモノ。最高の稼ぎとなった。

「こんなに一杯……」

「あぁ。君たちのおかげで、この国を魔の手から救う事が出来た。これだけで足りるかも正直分からないくらいだ」

 想像以上の額に震えるシルフィに対し、これは当然の義務だとハルベルトは言う。叶うなら、更なる上乗せの額を支払いたいところ。

 だが残りの資金はメージの復旧に役立てなければならない。申し訳ないとハルベルトは一同の頭を下げる。

「と言っても、自分たちが手を出す必要があったのかは分かりませんがね~。何せココには、見た目も心もイケメンな騎士様がいたことですし~」

 カルラは何か意味ありげな言葉を吐いて場を搔き乱す。嫌味というか、カッコいいところを持って行かれて不満気な表情というか。

「また御贔屓にな。今後も大変だろうし、落ち着いたあたりで呼んでくれれば仕事してやるよ。報酬次第だがな」

「あぁ、その時はよろしく頼む」

 金の話。そういういやらしい一面を前にシルフィは複雑そうな表情をしている。

 心優しい彼女からすれば無償で助けてやりたいのが本音だろう。だが今の彼女は便利屋。それで食っていかなくてはいけないのが現状なのだ。

「……少し、聞いてもよろしいか?」

「どうした?」

 不意な質問、アキュラは首をかしげる。

「レイブラントの姿を見ていないか?」

「いや、見てないが」

「そうか……」

「アイツがどうかしたのか?」

 このタイミングで何故彼の名を出したのか。疑問を浮かべる。

「今朝から姿を見かけないんだ。ただ、一つだけ置手紙を残して」

 ハルベルトは一枚の紙きれを広げ、それを三人に見せる。



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 ----私は国の誇りである貴方を傷つけた。

 ----この国に恐怖を植え付ける悪。私はそれに加担してしまっていた。


 ----気づくのが遅すぎた。私の罪はあまりにも重い。


 ----しばらく、お暇をいただきたい。

 ----やっておくべきことを、果たしておきたいのです。


 -----このメージを、本当の意味で救うために。


 ----必ず帰ってきます。

 ----それまでどうか、お元気で


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 街を去る。その一言が綴られている。

「……もう、この街を出てしまったのか」

 悔しそうにハルベルトは拳を力む。

「馬鹿者。傷つけたのは私も一緒だ……私はお前を疑った。街のために騎士となったお前を、恐怖に屈した臆病な戦士だと一瞬でも思ってしまったのだ……!」

 煮え切らない。あまりに後味の悪い最後。

 たった一人、この街を去ってしまった一人の騎士。別れも告げられなかったハルベルトはただただ唸る事しか出来なかった。


            ・

            ・

            ・


 報酬を受け取った三人がもうこの場に残る必要はない。

 これからメージは再建のために忙しくなることだろう。大変になるかもしれないが、そこまでの面倒を見る余裕は便利屋にはない。

 それはあくまで彼等自警団と政府の仕事である。大規模な仕事にボランティアで参加するつもりなどない。


 この街の再建への切符へつなげた。それだけでかなりの功績である。

 早く次の仕事へと取り掛かるため、一同は艇の停着場へと向かっていく。


「ん?」

 その矢先、三人は足を止める。

「アレは……?」

 誰かいる。停着場に放置されていたフリーランスの前に。

 漆黒のコート。その中はカジュアルな服装ではあるものの、甲冑の胸当てが見え隠れしている。両手は甲冑の小手、両足のグリーブに覆われている。

「おっと、見覚えのあるイケメンがいますねぇ……?」

 騎士らしい面影を少しだけ残した格好をしているトンガリ帽子の男。

「貴方は!?」

 間違いない。

 盾の騎士・レイブラントだ。

「どうした? オレ達に何か用か?」

 向こうの方で先輩騎士が心配していたぞと小声で漏らしながら、アキュラが不意な客人へ問う。

「……街を。そして、ハルベルトさんを救ってくれて、ありがとう」

 一言目はお礼だった。

「君たちがいなければ、おそらく彼は」

「何言ってるんですか~」

 カルラは両手の人差し指を拳銃のように見立てながら、それをレイブラントに向ける。それこそ挑発的な表情で。

「こちらが助けに来なかったら、盾のお兄さんが助けるつもりだったんでしょう? あの団体引き連れて、証拠映像叩きつけてさ」

「……何のことだかな」

 元よりレイブラントはハルベルトを助けるつもりでいた。突撃を試みるチャンスを狙っていた。従うふりをしてコッソリと準備を進めていた。

 その役割を彼らに譲っただけ。結果としては彼等が救世主となったそれだけの事。レイブラントはカルラに全てを見抜かれてこそいたものの、別に気にする必要なことでもないと受け流す様に答えていた。

「君たちの助けには感謝しているのは事実だ。あの千年樹の魔物を倒した一閃。見事だった」

「いやぁ~! そういってもらえると嬉しいですねぇ!」

 技を褒められると正直な気持ち嬉しい。カルラは後頭部に手をやり、わざとらしく照れ笑いをしていた。

「君達も少女の身でありながらお見事だ。その手並み、甘く見ていたことをここに詫びよう」

「いえ! そこまでの事は……」

 舐められていたことに対しては言いたいことこそあるが深くは気にしていない。シルフィは焦るように彼へ顔を上げるよう促した。

「少女って言えるほどの年じゃないんだけどな……んで、お世辞を言いに来ただけじゃないよな」

 アキュラは一人。ちょっと呆れ気味なリアクションで彼に問う。

「……ああ」

「どうしたいんだ?」

 何やら、変わった問いかけをアキュラはぶつける。

 そうだココからが本題だ。このレイブラントという騎士。何やらお礼を言うためだけにここへ来たわけではなさそうだ。


「……頼みがある。途中まででいい、金は幾らでも払う。俺を艇に乗せてくれ」

 頭を下げての懇願。

「それは、ハルベルトに残した手紙の内容に関係する事か」

「この街は王の代をパーラが引き継いでから、トントン拍子におかしくなっていった……だが伯爵もパーラ女王も、欲望こそあったが、行動に回すほどの野心は秘めていなかった」

 あそこまで表出に私利私欲に走れるほどの根性があの二人にはなかったとレイブラントは告げる。街がおかしくなる前、二人はまだ真っ当な人間だったと語る。

「彼女が代を次ぐ前より私は自警団の一隊長を務めていた。だから王族の関係は何度も目にしてきた……彼らがおかしくなったのは、一人の男との交流を始めてからだった」

「それってさ、もしかしてあの映像に映ってた」

 カルラは東洋風の人物を思い出す。



「【オルセル・レードナー】。映像に映っていた商人だ」

「……!!」

 その名を耳にした途端。

「オルセル、だと……!」

 アキュラの目つきが、鋭くなったように思えた。


 東洋人の格好をした胡散臭い男。

 その人物がメージを支える立場であるはずの王族を狂わせた。確証こそないが二人が行動を公に始めたのは、オルセルという男と交流を始めてからだったという。


「反感デモでさえ起きる程に街は不安定だった。これだけの状況ともなれば、メージの外の政府も多少感づいてもおかしくはなかったはずだ。だが」

「そうですよね。そこは自分も引っかかってました」

 カルラは賛同するように指を鳴らす。

「こんだけヤバイ街になってるのに外の連中はそれを放置。まるで見て見ぬふり……おそらく、この一件は政府の誰かが関係している可能性がある。そして、そのカギを商人オルセルが握っているかもしれない」

「それを探すために置手紙一つ残して、一人で戦いに……」

 カッコつけにも程がある。

 世界の政府を敵に回す。それはメージの王族に逆らうよりも大きな重罪。それに巻き込まないようにとハルベルト達へ一方的な別れを告げ、レイブラントは一人で旅支度をしていたというわけだ。

「頼む。便利屋であるのなら、俺の輸送の依頼を受けてほしい」

 改めて頭を下げて懇願する。

 一人旅。まずはこの街から遠く離れ準備を始める。そこまでの運行に付き合ってほしいという彼の願いであった。


「……」

「アキュラ?」

「ああ、おっと、すまない」

 シルフィに声を掛けられ、何やら焦ったようにアキュラは返事をする。

「……やれやれ、便利屋をタクシーみたいに」

 街を守る英雄的仕事から今度は軽い運航業。一気に仕事がしらけたものだとテンションを下げての一言。

「いいぜ。金さえ貰えば何処にでも連れて行ってやるよ」

「感謝する」

「……まぁ」

 アキュラはタバコを手に取り、それを咥える。

「私としては、ずっと艇に乗っててもらっても構わないがな」

 目的地に向かうだけとは言わず、に……と彼女はそう告げる。

「それってどういう」

「アキュラ、まさか!」

「大将! もしかして!?」

 呆気にとられるレイブラントを他所に、カルラとシルフィは次のアキュラの発言を既に予想出来ていた。

「そう、そのまさかよ」

 シルフィ達の不安に指パッチンで即答する。お前達の不安は的中しているぜと返すかのように。

「あと一人、腕の立つ野郎を雇っておきたいと思ったところさ。ちょうど空きが一つある……途方もない長い旅になりそうなお兄さん。きっかけ探しの手伝いくらいなら付き合ってやっても構わないぜ? ずっと一人旅ってのも、資金面で辛いところがあるだろ」

「いいのか? 場合によっては、お前達も政府から追われる身に」

「おいおい、忘れたのか」

 タバコに火をつけ、煙を吹かす。

「私たちはヒミズの便利屋。表世界から外れたアウトローの寄せ集めだぜ? 政府を敵に回すくらい慣れっこだって、慣れっこ」

 別に困る理由は一つもない。

 元より便利屋なんて命がけの稼業だ。死と隣り合わせの仕事なんて幾らでもやってくる。身体面的な意味でも、社会的な意味でも。

 そのような心配なんて今更でしかないと彼女は言い切った。

「まぁ、自分はアウトローじゃなくて正義の味方ですけどね~」

「お前は話をややこしくするなら、黙っとけ」

 正義のヒーローを自称するこの男の根性はいつかどうにかしておくべきかとタバコを咥えたままアキュラは愚痴を吐いた。

「どうよ、私達を便利に使ってもいいんだぜ? 仕事を達成した時にはそれなりの額は頂くがな」

 フリーランスに乗るか否か。最後の選択を彼に委ねる。




「……盾の騎士、【レイブラント・ハリスタン】」

 背中の盾を構え、改めて騎士は自身の名を名乗る。

「しばらくの間、この艇に身を寄せよう」

「決まりだな」

 契約成立。

 用心棒として彼を雇い、例の一件の手伝いもする。


 便利屋らしい複雑な契約。

 今ここに、便利屋フリーランスの新たなクルーが仲間として加わった。

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