タイトル.16「二人のナイト(後編)」

 

 シルフィが前へ出た。

 この騎士の相手に……彼女が立候補したのだ。


「いやいや、女子供がどうにかなる相手じゃございません。ここは自分が、」

「誰が子供ですって!?」

「いや、子供でしょう」

 カルラは即答で返す。実際シルフィは未成年のうら若き乙女である。間違いは言っていない。

「……お願いします」

 譲るつもりはないようだ。

 少女はただ、懇願の思いで彼からの返事を待つ。

「……しょうがないですねぇ~」

 村正を鞘に収め、カルラは距離を取る。

「仲間に華を持たせるのも、出来る大人の務めです。ご健闘を」

 大人、と言えるほどの年ではない。生意気にもほどがある若人は大人ぶった態度を取りながら二人から距離を取る。


「降参か。まぁ、それもいいだろう」

「負けてはいませんよーだっ! 自分が本気出しちゃうと瞬殺できちゃうから空気を読んで下がるだけでーすッ! ドラマっぽい演出をプレゼントするんですーっ!」

 強がり全開の負け惜しみ。まったくもってしまらない子供っぽい後引きで彼は戦場から去っていった。

『うっわぁ……情けない~……』

 これには思わず、ヨカゼも一人でにスイッチオン。出番が来たかと思って目覚めてみれば主人の御覧のような醜態なのだから呆れてもしまう。

「変なタイミングで起動すんな! ほら、おやすみなさいっ!」

 再び、ヨカゼの電源を切り落とした。

「おいおい、いいのかよ」

 アキュラは離れていくカルラのもとへ。無様な真似を晒すことにプライドが傷つかないかとせめてもの気遣いだった。

「そういいつつ大将も距離を取ってる当たり……なのでは?」

「さぁ、どうだかね」

 分かってる。そのうえで距離を取る。

 ただの可愛らしい少女一人であるのなら、あんな腕利きの騎士へ一人放り込むような真似はしない。

「やってくれますよ。そよ風のように清純に見えてあの子は……なんですから」

 信頼、というよりは期待。

 彼女の力を何度かこの目にしているカルラ。そしてアルケフの逸話とやらを深く知るアキュラ。シルフィの事を良く知る二人はそっと距離をとっていく。


「少女よ」

 レイブラントは盾を構えたまま、入り口前で侵入者たちと対峙し続ける。

「私は子供を傷つけるつもりはない。だが、ここを通るというのなら容赦はしない」

「いらない、お気遣いです」

「そうか……なら、ご覚悟願う」

 警告はした。これよりは騎士としても紳士としても振舞うつもりはない。組織の人間として悪人を処断する。

 構える盾は要塞のように頑丈だ。生半可な砲台や鉄砲玉は勿論の事、魔法や異能力、ビーム兵器であろうと通すことはないだろう。

 こんな小さな少女一人がどうにか出来る事ではない。怠慢ともいえる態度で待ち構えるレイブラントの意思は地面に縫い付けられるように不動である。


「……絶対に通ります」

 力を放つ装飾。風爪を盾へと向ける。

「納得がいきませんから!」

 あんな理不尽な理由で殺される命などあってはならない。シルフィは怒りの咆哮と共に、その力を解禁する。


風よ、この地に祈りをお与えくださいソムエナ オモソクォ ノトス オド エシシィリッ!!」

 吹き荒れる。魔法の風。

「……ッ!?」

 藁の家、木造の家。レンガの家であろうと微塵もなく吹っ飛ばす突風。

「この風は……!?」

 あまりにも膨大過ぎる風圧に一瞬だがレイブラントの顔が歪んだ。少女相手に怠慢を働いた己が罪であると彼は思い知る。

「だが、所詮その程度ッ!!」

 しかし一度反省したのであれば考え直せばいいだけの話。態度を改めればよいだけの話だ。

 レイブラントはすぐさま姿勢を戻し、人間一人吹っ飛ばすことなどワケもない風を盾一つで受け止めてみせている。

 地面に縫い合わされたガーディアンは、これだけの突風を前にしても立ちはだかるのだ。

「おおっと! 相変わらずのスーパーハリケーンッ!?」

「あぁ、ここまで離れているのに、このパワーだっ……!」

 カルラは村正を地に刺し、アキュラは吹っ飛ばされないようにその場へしゃがみ込む。下手をすれば後ろの監獄塔が吹っ飛んでしまうのではと不安にもなる。大地を更地に変えてしまうハリケーンにも思えてしまう。

「早く引き返すがいい。お前では私には勝てん!」

「絶対に嫌です!」

 シルフィは咆哮する。

「それは、多額の金を設けてくれるクライアントだからか?」

「違うッ!」

「なら何故だ」

「……あの人は守ろうとしただけ。一つの命を守ろうとしただけです! そんな善人が一方的に殺されるなんて嫌だ……そう思っているだけのこと! ただ、それだけです!」

 まだ風は強くなる。

 受け止める。レイブラントは涼しい顔をしたまま盾と共に地に伏せ続ける。

「チッ、これだけやってもダメってどんだけ頑丈なヤローだッ……盾も覚悟も、相当な重さだ……!」

「ですね、だがしかし」

 風を前にして、カルラは何かを悟っている。

「こんだけ強い風です。見てください」

 吹き荒れる風は大地を削る。草は根ごと抜かれ、小石は宙を舞い霰となる。

 それだけの風を受け止めるとなると……あんな頑丈で強固、重厚な盾を持っている騎士の足元は嫌でも歪んでいく。たかが土程度でおさえきれなどしない。


「いくら盾が大丈夫でも」

「……ッ!?」

 変動する地面。レイブラントの姿勢が歪む。

「ダメでしょうね。これは」

「くっ、ぬぅううううう!?」

 地面が不安定となり崩れた姿勢。その一瞬に容赦なく風はレイブラントに叩き込まれる。ものの一瞬、あっという間に自由を奪われた騎士は宙を舞う。

 騎士を支える巨大な盾、そしてその盾を構える主はそのまま監獄塔の入り口の扉をぶっ壊し、中へ放り込まれてしまった。

「バッ、バカ、なっ……」

 盾と共に監獄等内部の壁に抉りこまれたレイブラント。風が収まったと同時、ゆらりと騎士の体は地に落ちた。


「私の、勝ちです……くうっ……!」

 声を荒げるシルフィ。

 余裕そうに見えたが彼女も魔力を限界にまで強めたようだ。

 それほど騎士は重く動かず、神霊の力を押し負かすほどのプレッシャーを見せた。力を搾りつくしたシルフィの体力は喘息を起こす寸前にまで締め付けられていた。

「よくやった、アルケフ」

 酷く疲れる少女の肩を優しくアキュラは叩く。

「シルフィ、って呼んでください……その呼び方、あの時の事を思い出すから、気分悪いです……っ」

「それもそうだな。お前くらいの働き者、仲間っぽく呼ばないのは罰当たりだ」

 今にも倒れそうな少女を背負い、アキュラは監獄塔の階段を上り始める。

「良く休んどけ。あとは任せな」

「はい……」

 アキュラの厚意に甘え、シルフィは一度アキュラに身を委ね休息をとることにした。


「しかし、本当にクソ真面目なものですねぇ」

 階段を上っていくアキュラ達。カルラはそれを追う前に小言を吐いている。

 彼の視線は倒れている騎士へと向けられている。クソ真面目という言葉も全力を出した彼女に向けられているわけではない……

「何がだ」

 かろうじて意識を保っていたレイブラントが問う。

「お兄さんは同僚には嫌われそうですが、上司には好かれるタイプだと思いまして」

「そういう人間は不快か? 組織に属する人間として当然の人種だとは思うが」

「どうですかね? 当たり前だとは思いますが個人の意見としては……気分がいいとは言い切れませんね」

 カルラはその場でアグラをかき、見上げる年上の騎士へと回答する。




「だけど……組織の言う事にも従って、としたその心意気。嫌いじゃないですよ」


「ふっ……お見通しということか」




 レイブラントも観念したかのように苦笑を浮かべた。

「私も民衆と変わらん。単に臆病だったというわけさ」

「盾のお兄さん。何か知りませんか? ハルベルトさんが調べようとしていた、この国の裏で渦巻く災厄の気配とやらの存在を」

 国を想うため騎士になり、戦い続けた。

 その志を持つ男。この街にとってはヒーローとなりえるであろう男と見込んでの……カルラからの問いであった。

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