タイトル.13「マイナスメディアな世の中(後編)」
見慣れぬ地での観光は現地ならではのハプニングがつきもの。
それさえも旅ならではの娯楽だと言い張る人間がいるらしいが、その人物はよほどの能天気かマゾのどちらかだろうと言いたくもなる。
カルラ達は今、そのハプニングに遭遇する羽目に。
ドレスに身を包んだ長髪の女性。頭には高価なダイアモンドが彩られたティアラ、羽飾りの目立つ扇を持つ腕には金の腕輪や指輪などがジャラジャラと。見張るところ全てにセレブの一片。
「邪魔だ、と言っているのだが?」
「おお、これは申し訳ございません。見惚れてしまって、つい」
まずは一言。謝罪だけでも返しておく。このセレブにとっての無礼を働いたのであれば。
「おい貴様ッ!」
するとどうだろうか。
「これだけの無礼を働いておいて、謝るだけで済ませるおつもりか!」
女性の後ろから現れたのは身長がかなり低めの小柄な爺さんだ。この女性同様に体のあちこちに高価な装飾をつけている。
「このお方をどなたと心得る! 我が国メージの十二代目女王、パーラ・アスァイア様でございますぞ!」
「なっ! 女王ッ!?」
それを聞いた途端にアキュラの顔が真っ青に。
「すんませんッ! 今、どきますッ!」
カルラとシルフィの二人を慌てて通路の真ん中から押しのけていく。
「アキュラさん、あの人は……」
「しっ! これ以上は喋るな! 変に刺激するのはまずい!」
口元でシルフィに警告をする。重要な事を伝え忘れたと言わんばかりに。
「この街、今は王国制なんだよ。街を取り仕切っている貴族とやらがいてだな……」
経済成長、および電化製品の革命的進化などを続け、それぞれの街は独自の都市開発を始めている。そんな中、ここメージは昔ながらの王国制度を設けている希少な街。目の前にいるパーラという女性はこの王国の主という事なのだ。
「な、なんと。このご時世に女王……」
「事態を深刻化すると仕事どころじゃなくなる。今は黙っているのが吉だ」
厄介者だと認定されれば仕事が出来なくなるどころか、二度とこの街に訪れる事すら危ぶまれる。
女王と老人の後ろには騎士甲冑の自警団が並んでいる。その数はおよそ50人近く。変に暴れたり怪しい真似をすればあっという間に包囲されてブタ箱行きである。
何もしない方がいい。便利屋の仕事の経験が長い彼女の意見に従うのが吉であろう。
「おい貴様! 話を聞いておるのかっ!」
言われた通り道を空けた。しかし、老人はまだ剣幕退かずにネチネチとカルラに言い寄ってくる。
「女王様の道を塞ぐなど言語道断! その上、軽い謝罪一つで済ませるなど極刑も甚だしいのだぞ!」
軽い謝罪一つ。確かに態度でいえば軽かったのは事実かもしれない。
だがちゃんと心を込めていたのは事実。こうもしつこいと癇に障りかける。
「おい! そこの男を誰か捕らえろ! 牢にでもぶち込んで、」
「お待ちください」
命令を下そうとした老人の目の前、一人の騎士が片足を地につけ座りこむ。
「このお方たちは旅の者でございましょう。この国のルールを存じなかったのかと思われます。彼等は反省をしているご様子。どうか、大目に」
この街のルールとやらもよくわかっていない。ともなれば、あのようなミスをしてしまうのも仕方がない。
無知であるが故の無礼だったためにここは大目に見る必要があると騎士の一人は主張した。
「……ふんっ!」
鈍い音が響く。
「なっ!?」
これには思わず、シルフィは声を上げた。
騎士の頭を老人は大人げなく蹴り飛ばしたのだ。下手すれば首に害が及ぶほどの全力。騎士は何の悲鳴も上げることなく地面に寝転がった。
「誰に対してモノを申しているのだ。私がそれを許可した覚えは、」
「爺や、よい」
もう一発。その頭に蹴りを入れようとした老人であったが、それを静止するのは女王パーラである。
「確かに見慣れぬ顔だ。旅の者であったのなら仕方ない。次から気を付ければよい」
女王パーラは一歩ずつ彼等に歩み寄る。
「だが、罰は受けてもらおうか」
扇を畳み、それをカルラの元へ押し付ける。
「靴を舐めよ。それで罪は取り消してやろう」
それは命令だった。
女王の顔、それは娯楽を楽しむ愉悦の
逆らえばどうなるかは分からない。
「カルラ、幾ら何でもそれは、」
「……わかりましたよ」
シルフィとアキュラを押しのけ、カルラは女王の前へ。
そして跪く。口元を片手で拭い、そっと顔を足へと近づけた。
「カルラ!」
そんな傲慢な命令に従う必要はない。状況が状況であろうと、シルフィは気持ちのあまりに声を上げてしまった。
「……よいしょっと」
ところが、その一瞬。
カルラは顔を靴の眼前で止めたかと思うと、胸ポケットからハンカチを取り出す。
「ふーむ、中々にしつこい」
そして、高価そうなハイヒールの先端をそのハンカチで磨き始める。
「何をしておる」
「女王様。申し訳ありません。ちょっとばかり従うことは出来ません」
顔を上げ、女王パーラに笑みを浮かべる。
「実はワタクシ、今日は歯を磨き忘れているのです。それに何というか、お恥ずかしいことに虫歯もあるので口の中の環境は散々なもので……貴方のようなお美しい方に、そんな不摂生なものを押し付けるわけにもいきません」
歯を磨いていない、それは確か事実である。
(……虫歯、ありましたっけ?)
(嘘じゃね? アイツ頬一杯に飯食ってるし)
虫歯があるかどうかは分からない。だが、艇の中での普段の食事風景を見る虫歯はたぶん嘘ではないかと思う。
「ですのでどうか、これでお許し出来ないでしょうか」
靴が汚れていた。それに気づいたので磨いた。
多少なりの気遣い。許してくれるかどうかは分からないが何とかこの流れで乗り切るつもりだ。職業柄そういった演技には慣れているのか、営業スマイルは完璧なものだった。
「ぺっ!」
笑顔を浮かべるカルラの顔が汚れる。
「何を申すかと思えば」
女王の前に立ち、その呑気な顔目掛けてツバとタンを吹っ掛ける老人の姿。
「言われた通り、ちゃんと靴を」
「爺や、よい」
またも老人の粗暴に女王パーラが静止をかける。
「ソナタの気遣い、気に入ったぞ。次は気を付けるがよいさ」
女王パーラはそれだけ言い残し、顔面に汚物を吹きかけられようと今も笑顔を浮かべたままの老人に一瞥を送る。
道はすでに開けてある。用を終えたカルラを放置し、その場から離れていく。
「ちっ」
老人は『気持ち悪い笑顔だ』と軽蔑の目を置き土産にした。ツバをかけられようと笑顔を浮かべたままのカルラに向かって。
(……皆、退いていく)
自警団の真ん中に、甲冑を身に着けた騎士とは違う格好をした男が二人いる。
「申し訳ありません。折角のご観光をあのようなゴミに」
「いいんですよ。どうかお気になさらず。
東洋の衣装を身にまとった丸渕眼鏡の男だ。長い髪を三つ編みにまとめている。ペコペコと頭を下げる老人に対し、心配ご無用と一言申していた。
「……」
その後ろ、棺桶にも似た巨大な盾を背負った礼服の騎士が一人。
頭には兜を身に着けず、代わりにトンガリ帽子らしきものを被っている。そこから顔を出すクセ毛だらけの紫の長髪がとても印象的だ。
一言も発しない。ただ、笑顔で固まったままのカルラに一瞬だけ視線を送った。
そこから数秒、ようやく一同の姿は見えなくなった。
「くっ……」
蹴り飛ばされた騎士も慌てて自警団の列へ戻るため、追っていった。
「ふぅ! ひとまず一件落着ってね……あー、きたなっ」
顔に着いた汚物をハンカチで拭き取る。随分と生臭く生暖かい、気味悪いにも程があるがカルラは笑顔を絶やさずにいる。
「ごめんなさいカルラ。その、私達何も出来なくて」
「いいんですよ。媚を売るのは下層社員の得意技なもので。慣れてるので」
シルフィの心苦しい言葉も軽々しく受け流している。
「こういうのも何だが、よく耐えてくれたな」
喧嘩早いのが印象的な彼。ヒミズでのあの一件同様すぐに手が出てもおかしくない状況であったが彼は空気を読んでそれを堪えた。
とはいえ、屈辱的な仕打ちの連続には胸を痛めたはずである。アキュラは一番の責任者でありながら身動き一つとれなかったことをカルラに詫びる。
「折角の初仕事ですし? それをパーにするわけにもいけないでしょう? 大将の顔に泥を塗るわけには行きませんよ、と」
「ありがたい。コッチにいる間のメシは全部奢ってやる」
行動次第で今後の活動に大きな支障が出る。自身の勝手で全員の首を絞めるわけには行かない、と。
案外周りに気を遣う一面があるのがこの男。意外な一面だ。
「それじゃあ宿に……と言いたいところですが、二人とも先に行ってはくれませんか? ちょっと、お花を摘みにいってきます」
「お花を摘むって、どういう」
「トイレだろ」
女性が使うような比喩表現を男性が使うなとアキュラは溜息。
「それだったら、私達、待ちますよ?」
「いいですから。場所は覚えてますので」
そう言い残し、ピューーーッと疾走。カルラの姿は見えなくなった。
「ほらシルフィ、行くぞ」
何かを悟ったようにアキュラは彼女の手を引き、一度宿へと向かう。
「ちょっとくらい、スッキリさせてやれ」
「……はい」
シルフィもまた、彼が急にいなくなった理由をどことなく悟っていた。
この上ない複雑な気分。これで本当にいいものかと胸にモヤモヤを抱えてはいたが……二人は一度、カルラを一人にする選択肢をした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「そこのハンサムなおじさん、コーラを一つ」
カルラは近くにあった売店で、キンキンに冷えた瓶のコーラを購入する。
「……ぷはぁっ! この一杯の為に生きてるぅうッ!」
それを十秒も経たずに飲み切る。
「……さて、行くか」
リラックス完了。
「隙を見せたら覚えてやがれ。クソ
カルラは持っていたコーラの瓶を片手で握り潰してから、シルフィたちの待つ宿へと向かっていった。
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