タイトル.12「いざ出発! 一発目のアフターサービス!」


 ----後日。

 フリーランスは時刻通り、目的地であるメージへと飛び立つ。

「ふんふん、ふーん」

 操舵室には船の出発準備の為、手動で操作を行うアキュラとそれをサポートする人型AIロボットが複数。

 一昔前の音楽プレイヤーから流れているのはこの世界では有名なジャズバンドの曲だ。激しい曲調でノリが良く、アキュラはその曲に釣られて鼻歌をうたっている。


「……」

 そんな中、操舵室に姿を現したのはシルフィ。

「よく眠れたか?」

 ガラス越し、その姿が映っていたのが見えたのかアキュラは振り向かずに彼女に声をかける。

「ええ、とっても」

「カルラの奴はどうした?」

「挨拶に行ったのですが……返事がこないあたり、眠ってると思います」

 シルフィの予想は的中である。現在彼はベッドの上でヘソを出しながら大きなイビキと共に熟睡中。目的地に到着するまでは起きないとは思われる。

「初仕事だってのに緊張感のねぇ奴。まぁ、それくらい気軽に思ってくれる方が心強いところもあるがな……どうだい? ここから眺める空の風景は? 良い絵だろ?」

 通路の出窓から眺める空と比べて、操舵室から眺める空の風景は絶景だ。飛空艇を持っている人間は限られているためにコレを眺められる機会は早々ない。

「……そう、ですね」

 間を開けてのシルフィの返事だった。

「やっぱり不安か。私のこと?」

 ニヤついた表情でアキュラが降り返る。

「どうして、それを!? まさか聞いてました!?」

「なんとなくだよ。お前、割と表情に出るタイプだろ……その話だと、カルラの野郎とこっそりオレの事で盛り上がってたな?」

 表情に出やすい。同じような事をカルラにも指摘された気がする。

 ここに来てからというものの図星を突かれ続け不貞腐れたくもなってきた。そういう一面が子供っぽいと言われそうだが、そんなのは知った事ではない。シルフィはまたも頬を膨らませる。

「……同じ便利屋の人達にも恨みを買われているように見えましたので」

「ああ、アイツラな」

 包み隠してもしょうがないし良い機会。次の目的地へと着くまでの間、アキュラの事について可能な限り聞き出すことにする。本人から。

「気にすんな。逆恨みってやつだよ」

「逆恨み?」

 一方的な理不尽。アキュラはそう答える。

「見たまんまガラの悪い連中だっただろ? ここに来る奴は表舞台ではワケあって仕事が出来ない連中達だ。ヒミズはそういった奴らにも優しくてな。仕事さえこなせば多額の金だって平気で渡すもんよ」

 ワケアリの連中が集まる職場。生きるための最後の砦として存在するのがヒミズである。

「だが性格に難があるやつ多すぎだ。自分のところへ良い仕事が来るように立場が上の奴をああやって絞めようとする奴が多いんだよ。所属は同じでも、生存競争で潰しあう関係なのさ。ヒミズの仕事屋風情はな」

 ヒミズという職場の闇がここで明かされる。

 それは表舞台の社会情勢にも似た闇がより大きくなったもの。

「オレもヒミズに入って直ぐの頃に挨拶されてさ。まぁ、逆に絞めてやったけど」

 あのギュウゲンというやつもそのうちの一人だったのだろう。アキュラを見るなり態度が変わっていたことを思い出す。

「ああいう連中にはよく絡まれてたんだ。その度に返り討ちにして、適度に仕事もこなしてボスには気に入られてさ。結果、連中に白い目で見られてるってワケよ」

「……理不尽、凄く損な話、ですよね」

 潰しあう。争い合う。人間の醜さに再びシルフィは心を痛める。


「生きるっていうのは、別の何かを殺すって事だ」 

 健気な人間ほど損をする世界。正直な人間は馬鹿を見て早死にする。時代が進むにつれ、卑怯者が増えていくこの世の中が当たり前となってしまっている。

「前へ進みたければ、目の前の障害は壊さないといけない。このヒミズはその競争がそこらより激しいってだけだ」

 そんな理不尽がヒミズでは日常的な光景。アキュラは呆れ気味に笑う。

「まぁ、あんな目の上のタンコブにもならない連中相手なら気が楽だ」

 アキュラは操舵席から立ち上がると、艇を自動操縦へと切り替える。

 天候も特に問題はない。目的地の到着まで一休みするつもりのようだ。

「……ああいう連中だけならな」

 一瞬、アキュラの瞳が歪んだように見えた。


「前にも言ったが、繁栄都市絡みの仕事は想像以上にハードだぜ? しっかりしとかないと……また、食われちまうぜ?」

 去っていくアキュラ。シルフィはAIロボットと共に操舵室に取り残される。


 “ワケあり”の人間。

 金を求めるだけの低俗な人間。前へ進むためには犠牲も払う。

 そんな冷酷な言葉を軽々しく口にする割には……まるでその言葉を皮肉と感じているように。表情がほんの一瞬枯れているように見える。


 お金。彼女はそれに何を願っているのだろうか。何を望むのか。


 今はまだ、分からない。

 だがシルフィはアキュラと会話を交えて心に決める。



 アキュラの心の中で、静かながらも燃え滾る一筋の炎。

 理由をいつか話してくれるその時まで……今は、その情熱的な心の中の炎を信じることにした。

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