タイトル.11「ワケあり者達よ集え、何でも屋・フリーランス(後編)」
「ふーむ。そんなに無理をさせ過ぎたっけかぁ……?」
カルラはキッチンの片づけを終えると自室に戻り首を傾げる。彼が見つめているのは自身のスマートフォンだった。
「……あの野郎のせいだな。人の物を放り捨てやがって、チクショウめ」
画面は壁紙も何も設定されていない真っ黒な画面。問題なく動くデジタルの時計と電波ゼロ本圏外の文字。
この世界にもコンセントはあるため充電は出来る。オンラインが必要なアプリは使用できないがその他の機能は問題なく使える。
問題なく動作している。しかしカルラはそんな携帯を眺め困っていた。
「困る。喧嘩に自信はあるが、流石にずっとボッチってのは……ん?」
携帯電話に気を取られている間、チャイムに気づく。
カルラはベッドから離れることなく入り口前のカメラの風景を映したタッチパネルを作動させる。誰が呼んでいるのかを確認だ。
『私です。今、いいですか?』
「おやや?」
お客さんはシルフィだった。
「失礼します……って、うわっ、きたなっ」
まだフリーランスに入って一日経つか経たないか。見渡す限り脱ぎ捨てられた衣服とゴミを放り込んだビニール袋の山。足の踏み場もあるか怪しい地獄。アキュラの整理整頓を指摘した男の部屋なのか、これが。
「さぁさ、汚いところですが」
「本当にそうですね」
とてもゴミだらけのベッドに座る気にはならない。まだ比較的まともなドレッサーの椅子に腰かける。もっともドレッサーのテーブルにも化粧品や食べかけのお菓子の袋などメチャクチャ散らかっているワケだが。
「何のようですかい? お暇だから、一緒にトランプでも?」
「……アキュラさんの事です」
今は消灯時間。アキュラも明日に備えて休息をとっている。
出発前夜、睡眠前にシルフィはどうしても確認しておきたいことがあった。
「あんなこと言われて、不安になりました?」
自分たちは金儲けの手伝いの為に雇われた。その事実に少し不信感を覚えたか。或いは不愉快に思ったかと、オブラートに包まずの質問。
「う、うーむ」
図星を突かれ、少し気まずい表情を浮かべるシルフィ。
「悪い人じゃない、とは思うんです。でも」
「喧嘩はするわ、こんな物騒なところには連れてくるわ……どんな善良な事を働いても目的は結局お金。そんなところモリモリと見せられれば不安にもなりますよ」
「うむむむ……」
自分の心中をこれでもかと見透かされたような気がしてならないシルフィはより気まずい表情を浮かべた。
「……まぁ、何か理由があるのでしょう。今はそう思った方が楽ですよ」
不安はある。だがカルラはそれに対し難色を見せる様子はない。携帯電話の待ち受けを人差し指で突きながら流し目に答える
「それはいつもの大雑把ですか? それとも、本当に信じてるからですか?」
彼の返答は適当か否か。単刀直入に問う。
「俺、人を見る目には自信があると言いました」
その問いに対して即答だった。
「これでも結構な人達を目にしてきましたのですよ。これだけは強く自信があります……賭けますよ。この世界での生活に、彼女の言葉をね」
彼はアキュラに対しては敵意を持っていないように思えた。
アキュラを信じるか否か、よりモヤモヤが募っていく。どうするべきかとシルフィはより頭を悩ませていく。
「……あー、もう! やめたっ!」
ところが直後、吹っ切れたようにシルフィは自身の頬を叩く。シンバルよりも大きく。その音は耳に。
「おお!?」
「信じるって決めたんです! カルラさんもアキュラさんも!」
そうだ、こうしてついて来る気になれた理由は一つだ。
良い人だと思ったから。ただ、ほんの一瞬の優しさを見せつけられたからとかそんな甘っちょろい理由だからじゃない。
直感。彼女もまた、長い旅で沢山の人間をその目で見てきた。
カルラとシルフィはその出会った人々の誰とも違う何かを感じた。この二人とならば……と思えたから、二人についてきたのだ。
「ですので裏切らないでくださいね! 絶対ですからね、カルラさん!?」
「お、おお……!? 分かりましたっ!?」
急に吹っ切れた彼女に戸惑いながらも敬礼で返す。迷いを吹っ切れたのならばそれでいいのだが、半ば自暴自棄にもなっていないかと心配にもなった。
「……それともう一つ。あの機械について聞きたいのですが」
「うーん、やっぱり気になりますよねぇ~」
カルラのこの反応。やはり深くは聞いてほしくない案件だったようだ。
タダごとではないのは嫌でも分かる。何か裏があるのは明白。その予測はこの反応で明確なものとなった。
「まぁ、アレは一種のドーピング剤だと思ってください。あれを体に注入することで、ただでさえ強い俺は更にパワーアーップ! というわけです。まぁ、ガソリンみたいなものと思っていただければ」
「ガソリン……」
言われてみれば、あのプラグは明らかに機械に刺すようなものだった。少なくとも人間に突き刺す注射器のようなものじゃない。
「ま、まさか!」
シルフィは妄想をしてしまう。アレがモノホンの機械的なのモノだとしたら。
「カルラさんって、ロボットなんですかっ!?」
「あははははっ!!」
シルフィのトンデモ発言にカルラは思わず大爆笑。カルラの正体は人間の動作を見事なまでにトレースしたロボットなのではないかと。
「違いますよ、ほらっ」
しかし、それは誤解だ。
近くに置いてあったペーパーナイフでカルラは自身の人差し指を優しく切る。プックリと開いた傷口から真っ赤な血が溢れた。
「俺はロボットでもサイボーグでもありません。まぁ、ちょっくら改造はされてますが……八割方はそこらの人間と変わりませんよ。お間違いなく」
カルラは衣服のお腹部分をめくる。
横腹にはプラグの差込口のようなものがあった。しかしそこ以外は機械でも何でもない人の肌だ。特定の部分だけが機械化しているようである。
「ここからエネルギーを注入するのですが……まぁ、あのエネルギー。体に与える負担はあまりにも大きくて」
困り果てたように、カルラはそのエネルギーの暴れん坊ぶりを語り出す。
「鍛えていない人間はあっという間に副作用でブッ壊れますよ。ましてや、ダイエットすらしていないようなデブとかはね」
体にあれだけの負担をかけるエネルギー、エクトプラズマー。
何かしらの改造、そして運動能力を持つ人間にしかあの武器は扱えない。カルラは説明を終えると衣服を整える。
「……おっと」
カルラは自身の携帯電話を見て目を光らせる。
「終わった! ようやく修復が終わった!」
「修復?」
スマートフォン。カルラのいた世界の携帯電話は何事もなく動作している。何の修復が終わったのだろうかと疑問に思う。
『修復完了。サポートシステム・ヨカゼちゃん、起動』
瞬間。真っ黒だった画面に異変が起こる。謎の音声と共に。
『……あー、もう! ご主人! ちゃんとセキュリティは完璧にしないか! おかげで見知らぬ何者かに乱暴されたではないか!?』
「油断しちゃったんだって。許してちょんまげ」
『こんなにも不出来なご主人の為に早々と復旧作業としていたのだぞ……! 私を誉めろ、讃えろ、尊敬しろ! 崇め奉れ!!』
スマートフォンからずっと聞こえ続ける怒鳴り声。
戦闘前、戦闘中。カルラに対するこの謎の音声ガイド。機械にしては人間っぽさ全開のボイス。今となっては多少聞き慣れてきたこの声。
「あ、あの、カルラさん。それは?」
この声の主は一体何なのか。シルフィは問う。
「ああ、そうだ! こいつは、」
『やれやれ……やっと紹介させてもらえる時が来たか』
カルラの言葉を遮り、スマートフォンはようやく訪れたこの時を喜んでいる。
最初こそカルラは反抗気味だった。しかしずっと説明しないわけにもいかない。面倒に思いながらもカルラはスマートフォンの画面をシルフィに見せる。
『はじめましてだ、シルフィさん。カミシロカルラのお世話係及び村正管理制御プログラム……高性能AIの【ヨカゼ】と申す!』
ドレスのような黒い和服衣装。色鮮やかな真っ黒の長髪。大きなリボンが非常に可愛らしい。
ヨカゼと名乗った少女が携帯の中で胸を張って自己紹介をした。その光景は俗にいう……ネットアイドルのようなものだった。
「これが、あの声の正体?」
随分と人間っぽさの目立つ音声ではあった。画面の中ではしゃぐ少女もやっぱり人間らしい仕草を見せてくる。高性能AIを自称していたが……?
「ヨカゼちゃ~ん。俺の世話係って言い方はさぁ~」
『ちょっと目を離した隙に部屋をゴミ屋敷に変えるご主人にはピッタリであろう?』
主人に対して随分とモノをいうシステム。カルラは彼女に対して苦笑いを浮かべている。まるでゴチャゴチャいう母親を煙たく思う子供のようだった。
「村正の制御ということは……この刀の妖精さん、みたいなものですか?」
『そう思ってくれてもかまわない』
村正に纏われた謎の粒子。そして注入されるエネルギー。それらの出力を管理するシステム。それがこのヨカゼという女の子AIだそうだ。
「このシステムを管理しているのがこんな可愛い女の子だったなんて……でも、どうして女の子?」
「俺のいた世界でもこういったのは人気だったんですよ……バーチャルなんたらって言うらしいんですが」
簡単に言えば、ヨカゼは人工的に作られたネットアイドルみたいなもの。その存在に人間らしい意識をプログラムされたものだとカルラは語る。
「俺の武器を作ったのは“
画面の中の少女、ヨカゼを指さす。
「最初は音声だけの質素なものでいいって注文したのですが。科学者の拘りか知らないけれど、こういう美少女AIがいたら盛り上がると放り込まれまして……とほほ」
その会社、どうやらマニアな趣味の人が多かったらしくて。カルラの趣味ではないロマンがそのマシンにブチ込まれたというわけだ。
「あと、もう一つの理由が酷いんです~よ。俺が女性に縁がないだろうから、こういう幼な妻みたいなプログラムは相応しいんじゃないかって。失礼でしょ、まったく」
『いや、実際モテてないだろう。ご主人』
「しっかも主人に対して、こんなに口の悪い不良品と来たもんです! クーリングオフも効かないなんて、とんだボッタクリですよ!」
『それくらいの方が釣り合いがいいとプログラムされたもので~』
まるで兄妹のように喧嘩をする二人。
子供みたく反論し続けるカルラと、見た目はカルラより子供だが姉のように振舞うヨカゼの姿。その光景はまるで家族のよう。
「……くすっ」
なんか、不安と緊張感が一気に冷めてしまった。
シルフィは思わず笑いだしてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます