タイトル.11「ワケあり者達よ集え、何でも屋・フリーランス(前編)」


「はぁ……」

 飛空艇フリーランスのシャワールーム。カルラの散歩から寄り道もせず戻ってきたシルフィはそのまま汗を流しに行く。今日一日の疲れ、これで吹っ飛ばす。

「……あれは、一体?」

 疲れこそ取ることは出来ても、あの一件の動揺は中々に収まらない。

 溶けていくギュウゲンのあの姿。

 カルナから武器を奪って猛烈なパワーアップを見せたかと思いきや……瞬く間に自滅。一瞬で燃えカスとなってしまい、下水道に流されていたのを別の仲間達に回収されたところまでは見た。

 全治はいつになるか不明。それだけ瀕死の重傷だったようだ。

 ギュウゲンの肉体から漏れ出す謎の液体。あのエネルギーが彼の肉体を蝕んでいる。体の機能を次々とグチャグチャにしているとの事だった。

「カルラ……」

 あんな不気味な肉体を常に肉体へ流し込んでいる男・カルラ。

 パワーアップにはそれほどの代償も得る。一人の人間をものの一瞬で蝋人形に変えてデメリットを負うはず……しかしカルラは何事もなくその力を受け入れ、戦い続けている。その得体のしれない異常さに今も身震いを起こしている。

 恐怖を覚えたのはそれだけじゃない。

 朽ちていく人間を嘲笑うような表情。人を小馬鹿にするそれとは違う笑顔だ。

「……あとで聞いてみよう。答えてくれるといいけど」

 シャワーを止め、バスタオルを手に取った。

 体を拭い、一息ついたその瞬間。


「ひと汗流しますかー!!」

 それは、とんでもないアクシデント。

「えっ」

「やはり運動の後はシャワーに限るよねぇ! というわけで疲れを癒すためにいざ……って、えっ?」

 自動式の扉が開いた直後、カルラは驚く少女の声でハッと気が付く。

 湯気の立つ小柄な体を一枚のバスタオルだけで隠しているシルフィの姿。ズブ濡れになった耳がペタンと張り付き、瞳は何が起きたのか理解できずに泳いでいる。

 とんでもない鉢合わせ。カルラもシルフィもピタリと固まっている。

「あらっ、先客?」

「……ッ!」

 状況を理解したシルフィは近くに置いてあった新品の石鹸をカルラの眉間目掛けて投げつけた。

「いたたっ! これまた失礼っ!」

 石鹸を眉間にぶつけられた直後、軽く自分の頭を小突いて舌を出すカルラ。

 その場の空気をギャグで誤魔化そうとするがそんなの無意味であると分かり切ってる。カルラは慌てて全速力でその場から逃げた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 安らぎの時間。シャワーを終えてからのレクリエーションルーム。

「むーーっ……!!」

 椅子に腰かけシルフィは不機嫌に頬を膨らませている。

「不慮の事故じゃないですかー。そこまで怒らないでくださいよぉ~」

 鼻っ柱に絆創膏を張ったカルラは両手を重ねて何度も彼女の顔色を窺っている。まるで上司に媚を売る三流社員のように。

「ワザとじゃないのは分かってますよ。それにカギをかけ忘れた私にも問題があるのは分かってます」

「じゃあ、何故そこまでお怒りに?」

「それ、言わせます? 裸を見られて何とも思わない女の子がいると思います?」

 火に油を注ぐ勢いでシルフィの機嫌が悪くなっていく。

 そうだ。ワザとじゃないにしても……嫁入り前の女の裸を見ることがどれだけギルティである事か。それに対して謝罪か詫びの一つでもないと納得のいかない表情。

「大丈夫! 子供の裸を見てもお兄さんは何も感じません!」

「お子様の体で悪かったですよーっだ!」

 火に油を注いで、更にはニトロまでブチこむ始末。デリカシーの欠片を微塵も感じないカルラの返答にシルフィ大激怒。

 本当に思う。カミシロ・カルラ、彼は人を不愉快にする天才だ。それが故意であろうと、ワザとでなくとも、だ。

「も、もうすぐご飯の時間でしょう? お詫びの印ってことで、どうかこれで」

 香ばしい匂い。カルラは何かをシルフィへと差し出す。彼もまた、何としてでもシルフィの機嫌を損ねたくはない様子。

「ん、この匂い……」

 卵とチーズ。ミルクの甘ったるい匂い漂うカルボナーラが置いてある。

 保管庫にしまってあるもの以外だったら幾らでも使っていい。大きな冷蔵庫を開いてみればパスタに卵など使えるモノが結構そろっていた。

「ど、どうでしょう?」

「食べ物で釣ろうなんてそんな、」

 カルラの『許してもらおう』大作戦。そう簡単に頷くものかと一度はそっぽを向いたシルフィではある……が時間は夕飯時、そう簡単に空腹に逆らえるはずもなく。

「……ひ、一口だけですよ」

 恐る恐る。シルフィはフォークに手を伸ばし、お皿の真ん中にある半熟卵を崩し、ドロドロの黄身を濃厚なソースとパスタに絡め、それを口にする。


「お、おいしい……」

 文句なしの百点満点。シルフィは素直に賛辞。

「これ、本当にカルラが作ったんですか?」

「料理と音楽とスポーツの出来る男はモテる! これ、常識」

 意外にも意外。料理なんてインスタント食品で済ませていそうな男がこんな美味しい料理を作れるものかと驚きを隠せなかった。

「ふっふっふ、ちなみにコイツは隠し味がポイントで」

『レシピの検索とか、作り方とか私に泣きながら頼んでいた癖に……何を自慢げに喋っているのか』

「唐辛子が……って、ちょっとぉお!? 好感度上げる邪魔をしないでくだる!?」

 丁度いいタイミングで現れるナビゲーター。カルラの信用がまたも地の底。

『私の手柄を自分の手柄にする横暴さに我慢ならなくてな』

「くぅうう!! ここで好感度上げて、『カルラさん! 素敵です!』って惚れ治されるのが異世界ファンタジーのお約束でしょうが!!」

『そんな都合の良いファンタジーな世の中じゃないのだよ、御主人。それに見た感じ、少女はそこまでお主に惚れてないぞ』

「ハッキリ言う!? ねぇえッ!?」

 余計な茶々が入ったせいで計画が台無し。カルラは頭を掻きまわしていた。


「……ふふっ」

 滑稽なカルラの姿に思わずシルフィは笑いだす。

「スポーツも出来るんですか?」

「あ、ある程度は」

「音楽は?」

「ノ、ノリと勢いで……」

 それは得意と言っていいものか。

 スポーツに関しては運動神経からして確かに得意かもしれないが……ルールを破って好き放題やってる姿が目に浮かぶ。

 音楽も文字通りノリと勢いだけで誤魔化していそうだ。結局のところ、戦闘以外はズボラなのかもしれない。

「……まぁ、今日はこれでチャラにしてあげますよ」

 チョロいものだと我ながら思いながらも、そっぽを向いて彼を許すシルフィ。

「じ、次回から気を付けま~す……」

 カルラも苦笑いで敬礼した。次から注意すると。


「おっ、いい匂いじゃねぇの。オレの分は?」

 レクリエーションルームにアキュラの姿。どうやら帰ってきたようだ。

「はいよっ、ただいま!!」

 おかわりも作っていたようでカルラはキッチンまで走った。

「あ、アキュラさん! あのですね……!」

「待て。話はメシが終わった後だ。上手そうなメシの味がしなくなっちまうぜ」

 堅苦しい仕事の話はメシ時にするものじゃない。

 まずは食事だ。リラックスタイムに身を委ねることにしよう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 カルボナーラを食べ終え、流し台に溜めた水の中に皿を漬け込む。


「さて、と。仕事の話と行くか」

 アキュラはポケットの中からクシャクシャになった書類を二人に手渡す。

「お前達の為に新しい仕事を早速貰ってきた。明日には出発するぞ」

「……仕事の書類くらい、丁寧に扱いません?」

 ファイルに入れるどころか折りたたむことすらしない。細かいことは気にしないカルラであってもツッコミを入れたくなってしまっていた。

「仕事はここから北に120キロ。都市メージだ」

 カルラとシルフィはクシャクシャになった書類に目を通す。明日向かう街、そして仕事内容が簡略的に書かれている。

「ここ最近、街で不審な動きがあるらしい。ブロッケン伯爵っておっさんがいるらしいが……何やら密売の容疑がかけられてるんだ」

「それが真実かどうかを監査しに行くという解釈でOK?」

「イグザクトリー。正義の味方らしい後ろめたさのない仕事だろ?」

 書類には監査以外にもこう書かれている。

 場合によっては処理も厭わない。密売の様子を確認でき次第行動せよ……だなんて、過激的な一文が厳重注意として。

「……後ろめたさのない、ねぇ?」

「初仕事だ。いまのうちに体を休めておけよ」

 アキュラは明日への出発の準備のため、艇の整備へと向かう。新米二人からの意見は一切受け入れるつもりはないようで。


「……あの、アキュラさん」

 その手前、シルフィが彼女を呼び止める。

「どうした?」

「私たちの実力を買ってくれたのは分かりました。ですが、どうして急に仲間を?」

 ボスであるイカリの言葉。それを思い出したシルフィの純粋な問いだ。

「……金が欲しい。手っ取り早く大金が欲しいのさ。そのために繁栄都市の仕事を引き受けたいんだが、街がデカければデカいほど仕事の難易度も上がる。一人じゃハードだってのが分かってね」

「それだったら、小さな街でボチボチ稼げばいいのでは?」

「言っただろ? 手っ取り早く金を回収したいって」

 ボチボチじゃだめだ。手早く大金を手にするのがアキュラの目的。

「お前達にはその手伝いをしてほしいってところさ……オレもそこらの低俗なヤローと一緒って事さ。理解できたか、アルケフ?」

 そう言い残し、アキュラの姿は閉じる自動ドアで見えなくなる。



 ……低俗。

 自身をそう語るアキュラはの顔は何処か皮肉気だった。

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