タイトル.10「必殺テクノロジィ・村正」


 洗礼。ご挨拶。

 それを免れるためにも外に出ないよう警告はしておいた。ここが危険な場所だと分かっている先輩として。


 だが、アキュラはカルラがどんな人物なのか理解していた。

 素直に『行くな』と言ったら絶対に行く。『やるな』と言ったら平気でやるような性格だと。聞かん坊なのだ、この男は。

 シルフィもそれを見逃すはずもない。予想通り着いてきた。

 結果として二人はこの街の挨拶に合う羽目になった。しかし二人はゴロツキ空いてをものの一瞬で撃破した。


「どうだったよ? 新入りの歓迎会は?」

 軽い、実力テストのようなもの。二人を再度見極める試験のようなものだった。二人とも、アキュラの御眼鏡にかなう最高の合格を見せつけた。

「メチャクチャ楽しませていただきました♪」

 カルラは満足とした表情だった。スカっとしたのか屈託のない眩しい作り笑顔が無性に腹が立って仕方ない。ツヤツヤとした肌がとても輝かしい。

「もう……こっちはビックリしたんですからね」

 一方シルフィはアキュラに嵌められたことへ頬を膨らませていた。やはり自分には人を見る目がないのだろうかと自信をなくしかけている。

「悪かったよ。だが、これでお前達の腕は証明されたわけだ。お前の喧嘩の腕。そしてシルフィの……空気砲? あれは?」

 シルフィが放った魔法は風の砲撃だ。まともに食らった男達は今頃、下水まみれの川でどんぶらこと流されて行ってることか。


「OK、合格だ。これならイカリの野郎も認めるだろうよ」

 これが本当の面接。二人は無事合格という事だ。

「んじゃ、ここからは本当の大将命令だ。艇に戻るぞ。オレはもう少し用事がある。それが終わってから次の仕事の話をしてやるからよ」

 くいっと指を曲げ、艇へと戻るように指示。

 簡単な話、暴れすぎるのも困るのだという。暴力的な意味で有名になりすぎても手に負えなくなるので、程ほどにしてほしいという頼みなのだろう。

「合点承知!」

 その場で勢いよくビシっと敬礼。カルラは命令に従う。

「はいはい……」

 シルフィも酷く疲れたのか肩をガックリと落としていた。

 なんだかんだ言いつつも冗談交じりに笑うムード。一難去った後のジョークも安堵の為から笑えてしまっていた。






「へへっ……!」

 その最中、三人は気づくことはなかった。

「よっと……ッ!」

 鼻っ柱を叩き折り、腹も殴り、そして灼熱の業火に包み込んだ。

 これだけの事をやっておけば一週間近くは目覚めないだろう。そう思っていたがためにをしていたことに気づかなかった。


「!?」

 カルラの体がフワっと軽くなる。

 何か、カルラの体から大切な何かを抜き取られたような気がして。

「あ、あれ? あれれれッ!?」

 カルラは慌てて体中をまさぐり始める。

 上からは勿論、スーツのワイシャツの中、ズボンの中、そして靴の中とアチコチを探ってみる。そして大切なものを失った事に気づく。

「村正が消えたァー!?」

 彼の武器。村正。

 それが……腰にひっかけている制御装置ごと消えてなくなったのだ。

「話はちょっくら調べたからな……どうやら、コイツでパワーアップするらしいじゃねぇか。お前……」

「!!」

 後ろから聞こえる声。ギュウゲンだ。振り返ると彼は勝利を確信したような表情を浮かべている。

 ギュウゲンの手にはさっきまでカルラが振り回していた愛刀がある。手で引っ張る程度じゃ引きはがせないはずの代物を何故か彼が持っている。

「あれ!? なんであそこに!? どんなイリュージョン!?」

「あちゃー、忘れてたわ……そういやお前、そんな能力持ってたな~?」

 しまったと言わんばかり、脱力気味にアキュラは額を叩く。

 それどころか何事もなく目覚めているギュウゲンを前にマジかと言いたげな表情である。ゴキブリでも見るような目だった。

「盗品……スリ常習犯のお前らしい、チャチな能力だよな」

 ギュウゲンが扱うという異能力。

 それは『彼が欲しいと思ったものを自身の手中に収める』というフザけた能力だ。定めた代物は文字通り彼の手の中へワープしてくる。セキュリティが万全であるはずの村正があっさり彼に奪われたのもそれが理由だ。

「泥棒ですって? スリだなんて、随分とくだらない事やってるなぁ~」

「カルラさんって自分のことを棚に上げる才能高いですよね」

 元・スリ犯のカルラはこう主張しておりましたとさ。


「……謝るなら今のうちだぜぇ?」

 刀を舐め回し、制御装置に手を伸ばす。

「お前の戦闘データはイカリの野郎から見せてもらってるからなぁ~? これ一つで超人になるなんて随分と楽な話だぜ!」

「この街のプロフィール管理はどうなってるんですかァ!? プライベートもクソもありゃしない!?」

 村正が盗まれたことよりもカルラはそっちに呆れているようだった。

 新入りの情報は同胞ということで何の躊躇いもなく上司が見せてくれるようだ。ファミリーチックと言えば聞こえは良いのだが……プライバシーの保護、必要最低限の法律すら存在しないこの街のルールに愚痴の一つでも吐きたくなる。

「へっへっへ、こいつはどうやって使うんだ……? どうやったら、強くなれる?」

 起動のスイッチをギュウゲンは探す。この剣を手にした途端、晴れて誰でも天下無敵の超人の仲間入りというわけなのだからワクワクしてしょうがない。

「あー、先輩」

 ちょっと焦るようにカルラは片手を突き出し、静止を呼びかける。

「なんだ? お前のいう事なんて聞く耳も、」






「やめておくなら、今のうちっすよ」

 ……今までの陽気さとは違うトーン。

「マジでどうなっても、責任取れないっすよ」

 険しい表情。本気の表情。

 それ以上踏み込んではならない……とカルラの瞳が警告している。

「へっ、マジな顔だな。強さの秘訣である切り札を取られて焦ったか? 見てろよ、今までの屈辱をこの一本で返してやって、」

『聞こえるか、ゲストプレイヤー』

 その場にいないはずの何者かの声。

「えっ!?」

『ここだ、ここ』

 その声は……制御装置に接続されているスマートフォンから聞こえていた。

『村正から声を発している……私は高性能AI・ヨカゼ。この村正の制御と操作、そして主人の生活環境の記録などを任されている』

「ほう! つまりお前がコイツの使い方を教えてくれるんだよな!? じゃないと、この場でコイツは破壊しちまうぜ! お前ごとな!」

『……所持している以上、今の主人は貴様だ。私を使う分には一向にかまわんよ』

 反抗的、な空気はない。

 問題はないし大歓迎。むしろ今までとは違う戦闘データが取れる可能性があるのでありがたい。コンピューターであるヨカゼはゲストへそう告げる。

『しかし、だ。念のため、私からも警告するぞ。やめておけ』

 ……マシンからも最後の警告。

『お前のようなヤツに仕える代物じゃないぞ。私という剣はな」

 ここから先は自己責任。どうなろうと知った事ではない。

 カルラと同様、今までにはない覇気迫る態度でギュウゲンに警告した。

「うるせぇ! とっとと使い方を教えやがれ! 今は俺がお前のご主人様だ!」

『……承知した』

 呆れ気味にヨカゼはその命令に従った。OKと返事をしたのだから契約成立だ。

『この装置にプラグがあるはずだ。それがエクトプラズマーを注入するパイプとなっている』

「は? エクト、プラズマ……?」

『貴様を強くするエネルギーと思えばいい。ほら、そこだ。そのプラグをどこでもいいから自身の体に接続しろ』

 それらしき大きめのプラグを見つける。確かに見覚えのない液体が漏れている。この液体そのものが肉体を強化するエネルギーである。


「でも、接続するところなんて俺はメカじゃねぇんだぜ?」

 当然、生身の人間であるギュウゲンにプラグの差込口なんてあるはずもない。どうしたものかと自身の体を見渡している。

「そうか! こうすればいいんだな!!」

 このエクトプラズマーというエネルギーが体の中へ送り込まれればいい。となれば考えられる方法は一つ。

 プラグを喉の奥へ突っ込む。口からエネルギーを送りこむ手段に出たわけだ。

 準備は整った。制御装置のサーバーに電源を入れ、エネルギーの装填を開始する。

「おおっ……おぉおおおーーー!?」

 カチリとロックが外れた音がした。村正の制御装置から謎のエネルギー液が体の中へ送り込まれる。口の中へと生温い不気味な味の液体がたっぷりと放り込まれる。

「おおっ、おおお……おおおお!!」

 液体を飲み込んだギュウゲンは声を上げる。歓喜する。

「みなぎるぞぉ! 力がみなぎるぅう……すげぇえ! まだ、まだ強くなるぞ!?」

 筋肉が膨張しているのが分かる。テンションが上がるのが分かる。いつにも増して頭がすっきりしているのも分かる。

 まるで脂肪がゴッソリ取り除かれたかのように体が軽くなり、胸の内から感じた子もないパワーがこみ上げる。文字通り、超人になった気分だ。

「ひゃっはははは! 最高だぁっ! テメェラまとめてあの世行きだァーッ!!」

 エネルギーを纏った刃を手に、ギュウゲンは三人へと迫ろうとする。

 このパワーならどんな奴が束になろうと負ける気がしない。今までにないハイテンションをキメながらの歓喜の叫びがこだました。




「-----ッ!?」

 だが、五歩進んだその瞬間。

「ぐぶぶっ!?」

 ギュウゲンは足を止めた。まるで彼の時間だけが止まったかのように。

「ぐぶぅ、ぶぶっぶっ……ぶぼぼぼぼっ、どぼぼぼぅぅぅぅ!!!」

 人間のものとは思えない声を上げる。最早それは悲鳴とは程遠いモノ。

「「!?」」

 絶好調だったはずのギュウゲンの肉体は極度の痙攣を起こし始める。膨張していたはずの筋肉は突然干からびる。鎖で縛り上げられたかのように体が萎れていく。

 元の姿よりも肉体が衰弱していくのがわかる。まるでマンドラゴラのような不気味な形相を浮かべるギュウゲンの姿にシルフィとアキュラは驚愕する。

「ぶぼぉっ!? ぼぼぼっ……ぶぼぼっ、ぐぶぅぅぅうぼおおお!?」

 瞬間、皺だらけになっていたギュウゲンの肉体が燃えていく。赤い光を放ちながら皮膚が蝋燭のように溶けていく。

「ひぎっ!! ひぎぎぎぎぎぎぎぎッ!?」

 ギュウゲンの肉体中の毛穴から、ドロドロとした液体が噴き出していく。

 血液が破裂する。口から胃液が飛び出す。痙攣はより大きいものになり、骨も臓器も肉もミキサーのようにゴチャゴチャかき混ぜられていく。

 その姿は最早、肉塊とも言える無惨なものへと変わっていってしまう。


「ぐひっ、ひひひっ……ひぎぃいいいいいいい----」


 苦しみのあまり村正を放り投げたギュウゲンはもがき苦しみながら近くの川へ飛び込む。彼の飛び込んだ川は沸騰する。軽い爆発と共に水蒸気の霧を飛散させる。


 ……死んだ魚のようにギュウゲンは川へ浮き上がる。

 炎こそ消えたが、彼はそれから目覚めることなく流されてしまった。


「「……!!」」

 あまりにもショッキングな最期。シルフィは勿論、アキュラさえも固唾をのんだ。

「うわぁ、汚いなぁ……唾液まみれだよ」

 刃を拾い上げ、乱暴に投げ飛ばされた装置に異常がないかを確認する。特に問題もなく作動しているようで、愛刀が壊れていないことを確認した。

「……だから言ったでしょうに。『やめておけ』って何度もさぁ」

 流されていくギュウゲンを哀れな目で眺めながらカルラは呟く。

「誰だって楽して強くなれれば苦労はしないんですよっ……ってね」

 警告さえも聞かなかった愚者。無様な敗者を見下ろすその姿。






 カルラは不気味に微笑んでいた。

 救いようのない本物のの姿を、嘲笑っていた。

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