タイトル.09「アウトロゥ・ブラッディ・サースティ(前編)」
それは予定調和と言わんばかりに起きてしまった。
「うわわわわ……」
迫っ苦しい路地に入った途端、前も後ろもガラの悪い連中に塞がれてしまう。
「うわー。もう見た感じワッルー……」
一人はナイフの切れ傷を顔に残した男、一人は露出が多い服装で官能的に刺激を与えてくる女、一人は目元を隠して老人のように籠った笑いを見せる奴などなど……第一印象からしてまともな印象を与えてくれそうにない連中に挟まれた。
「おい、ここにはお前等ガキ共が来るような場所じゃないぜ。とっととお家に帰って哺乳瓶でも咥えてな」
ならず者たちのリーダー格と思われる人物。身長はおよそ二メートルほどで筋肉質、頭は太陽光パネルに負けないくらいに輝くスキンヘッズ。上半身にボロボロのジャケット一枚ともう見た目からしてワルさ全開の男がちょっかいをかけてくる。
「ましてや異世界人や異種族の居場所じゃないぜ! ギャッハハハハハ!」
大人しく帰った方が身のためだ。そう言いながらジリジリと二人に近寄ってくるならず者たち。
「それともなんだ? 暇だから遊びに来たのかい? だったら、俺達がお前らと遊んでやってもいいぜ?」」
リーダー格の男が吸っていたタバコを片手で持つと、手持ち無沙汰だったカルラの片手を無理やり持ち上げる。
「むむぅ? はじめましての握手?」
「へっ!」
そして、灰皿代わりに手の平へタバコを押し付ける。
根性焼きだ。手袋一つつけていない肌身に直接熱源を突き付ける。骨身まで焼き溶けかねない嫌がらせだ。
「あっ……!」
その熱さは千度以上。場合によっては麻痺じゃすまない。最悪の場合、片手が使えなくなるほどの悪行だ。
シルフィは戦慄した。その行動に身震いを起こす。
こういった悪者達の前で怯える姿なんて見せるモノじゃない。だがシルフィは分かっていても震えてしまう。その光景を前に。
「いっひっひ……ん?」
そっと、ワル男はカルラの顔を覗き込む。
「いててっ、やっぱ痛いなぁ、これ……」
千度以上の炎を押さえつけられているというのに、カルラは軽く顔をゆがめる程度。突如現れたアブを鬱陶しく思う程度の嫌な顔だった。
「……随分とリアクションが薄いな。それっ、それっと!」
押しつけが弱かったか。注射針で突くように更に押し付ける。
「いや、だから痛いですって。やめてくださいって」
手の平から黒い煙と焦げた匂いがする。肌が焼けている証拠だ。
だがどれだけ力を強めようがカルラは軽く嫌な顔をするばかり。シルフィ以上に怯える事は愚か、悲鳴一つあげやしない。
「このぉっ、このぉお……!!」
「貴方達! いい加減にっ、」
「……あー、あのぉ、一つよろしいですかぁ~?」
シルフィの我慢の限界が来るよりも先に、カルラが呑気な声を上げる。
「やめろって言ってるのにどうして続けるんですぅ~?」
「何って、新入りを可愛がってやってるんだよ。御厚意は受け取るもんだぜ?」
「可愛がられるのは嬉しいのですが、水晶頭のおっさん相手が素直に喜べんのですわ。どうせなら、ナイスバディのお姉さんがよろしいですよォ。それなら鞭でも蝋燭でも、ましてやスパイクのついた靴で踏まれようともなんとも、うひひひ……」
軽く苦痛を浮かべる表情が引っ込んだかと思いきや、気持ち悪い笑みを浮かべた。
タバコを手に押し付けられているのにその不気味な顔。ワル共は勿論、カルラを思ってキレかけたシルフィでさえもその姿にドン引きし始める。
コイツは新手のエムか。いつもならそんなツッコミが返ってくるところだが。
「……は?」
カルラお決まりのジョークの中に。
「あー……あのガキ、死んだな。頭に触れやがった」
どうやら
水晶頭のおっさん。この言葉。どうやら髪の毛一つ生えていないスキンヘッズはコンプレックスだったようである。カルラを不愉快にするつもりだった男の方が不機嫌になりつつある。
「ありゃりゃ? もしかして、俺、何か余計な事、言っちゃいました〜?」
悪びれなし。してやったりな表情でこの一言。
(……ワザとか、この人)
シルフィは悟った。この男、ワザと挑発してやがると。
前からも感じてはいたが、カルラは喋る相手を不愉快にする天才である。気持ち悪い長セリフや態度に飽き足らず、敵の嫌味を的確についてもくる。
「落ち着いてくださいよ。キューティクルな頭で魅力的だと思いますよ〜?」
人差し指でツン、とリーダー格の頭をつつく。
「……ブツンと来たぞ!このガキィッ!!」
ソーラーパネルよりピッカピカでキューティクルなツルツル頭に血管が浮き出る。完全にブチギレたと一目見て分かるほどクッキリと。
完全に怒らせた。タバコを放り捨て、男は腕に何かをセットし始める。
「お前の体の風通しをよくしてやらァ!!」
棘付きのメリケンサックだ。しかも棘は鉄一つ穴をあけるほどに頑丈。
その不愉快な頭を蜂の巣にしてやろうと叫んだ。手加減要らず、可愛がるなんて言葉すっかり忘れましたと言わんばかりの剛腕がカルラに飛び込んでくる。
「おっと」
軽くステップ。棘がカルラの鼻柱に触れる瞬間、カルラは気軽に回避する。
「おおおっ……!」
標的を失い虚空を殴った男の体は間抜けにバランスを崩し始める。しかも前足が縺れ、顔から地面へと倒れ込もうとしていた。
「大丈夫ですかー! せんぱーいっ!!」
そんな男を嘲笑うかのよう。待ってましたと言わんばかりに逃さない。
「ぐぶっ!?」
地面へと突っ込んでいた顔面目掛けて飛んできたのは革靴のクッション……もとい、すくい上げるような渾身の蹴り。カルラの顔面に穴を開けようとした男は、逆に鼻をつぶされる結果となって地面で悶え苦しむ。鼻血を撒き散らす。
「リーダー!?」
「テメェらやっちまえッ! 絶対泣かす!」
命令は下った。もう遠慮する必要はない。
二度と喋れないように滅茶苦茶にしてもかまわない。相手が子供だろうと女だろうと関係ない。大人の怖さを見せてやれと指示を与えたのだ。
「えっと、リーダーさん? 一つ聞いていいですか? どうして、こんな新人いびりをするんですかね? スパルタ的な愛の鞭ですか?」
立ち上がるリーダー格の男へ、キョトンとした表情でカルラは問いかける。
「決まってるだろ! 楽しいからだろうがッ!」
楽しい。人を見下し、弄ぶことがとてつもなく心地よい。ここまで馬鹿正直に告げる野郎も中々に珍しい。
「あー……うん、わかりますよ! その気持ち~」
ポンと手のひらを合わせ、根性焼きされた腕をこする。
「何というか、好き放題後輩とか同僚をおちょくるのって凄く楽しいですよねぇ~。ホント、よくわかります」
「なに、同感してるんですかっ!?」
カルラの背中を勢いよくシルフィは殴った。身長の原因もあって、その手は背中じゃなくて尻にいった為に凄い音。
「……大好きですよォ。俺もそういうの」
ニヤケ面。そっと、腕を軽く鳴らす。
「その相手がさァ。弱いくせに新人いびるような意地悪い先輩相手なら尚更楽しいですよねぇ~……ねぇえええ?」
「!」
空気が、変わった。シルフィは慌てて、カルラから距離をとる。
「……後ろは私がやります」
完全に喧嘩モードに入っている。そんなカルラを背に、シルフィは指の爪飾りに手を添え臨戦態勢に入る。
「何々? 俺っちを守ってくれるんですー? いやぁもう、嫌味ばっかり言ってるくせにこういう時は素直なの。シルフィさんはツンデレですねぇ~」
「早く構えてください。また殴られたいんですか?」
「生・真・面・目ッ! ジョークにはジョークで返してちょーーーだいッ!!」
意地っ張りでマジメがここまでくれば最早頼もしいの一言しか出てこない。だからこんなツッコミがスパッと飛び出してくる。
「……あの水晶頭にはブチンときましたから」
「えぇ、同意見! こんなアカデミー賞顔負けのダンディフェイスに傷をつけようとした男の罪は重いですぜ!」
水晶頭。そして、その取り巻きのゲスな笑み。
悪逆の連続を前に、シルフィも我慢の限界を迎えていたのだ。
カルラもまた、こんな嫌がらせを受けて黙ったままでいられるわけじゃない。正当防衛、報復の一回くらいはしてみせなければ気が済まない。
「んじゃあ、先輩共に見せてやりましょうよ」
反撃開始。
「俺達がメッチャクチャ頼りになる新入りだってところをねぇ!」
「えぇ!!」
今、新たな仕事場での『はじめまして』の御挨拶が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます