タイトル.08「モグラのアナグラ(前編)」


 飛空艇フリーランスの寝室。

 用意された部屋は実に居心地がよいものだった。


 格安のビジネスホテルでよく見かける程度の広さであるが充分にくつろげる。

 窮屈感はある。例えるならばネット喫茶の一室のようなあの感覚。足場もダイノジになって横になれるほどの広さなんてない。

 だがこれくらいの閉鎖感が心地よかったりする。カルラからすれば、サラサラのシーツの敷かれたベッドとシャワーがあればそれでよい。

「えっと、これはいる。これもいる……これは、いらないか?」

 カルラはベッドの上で荷物整理をしていた。

 使い物になるものとならないものの分別だ。まず財布の中に入っていた、。コレらはこの世界で何の役にも立たないので捨てる。

 次に電池と火薬と自衛用の拳銃。それと巨乳の水着のお姉さんのグラビア写真。これらは使い道があるため荷物の中へ。

「これは……いるか。暇つぶしに遊べるし」

 他には玩具のコイン。数十枚のコインにはチェスの駒が描かれているものだ。トランプ代わりに荷物の中へ。

「あとは……」

 最後にスマートフォン。

 電波が繋がらない以上、この世界で役に立つ使用法といえば音楽プレイヤーかメモ帳など一部のアプリのみ。

「まっ、お前は外せないわな」

 ……だが、カルラにとってはそのスマートフォンはどの荷物よりも重要なものだ。バッグの中ではなく、上着のポケットの中へ放り込む。


 全ての荷物整理が終わった。あとは目的地到着を待つ。


「さぁって、あとは待つだけ……って、ふぉおおおッ!?」

 気を抜いた矢先、飛空艇が大きく揺れた。

 突然の不意打ちにカルラはベッドから落されてしまう。床は鉄製、キンキンに冷えた床と顔面衝突。キスしてしまった。

「いてててっ……って、んん?」

 途端、部屋の内通電話が鳴る。起き上がったカルラは鼻から噴き出す血を拭いながら受話器を手に取った。

「はい、もしもし」

『目的地に着いたぞ。着陸の際は大きく揺れるから気をつけなって言おうとしたんだが……わり、忘れてたし遅かったわ』

「そこは早めに注意願いたいところですよ、大将ぉお……」

 折角のイケメンフェイスが台無しだと言わんばかりにカルラは涙目でアキュラの不注意を訴えた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 飛行艇の停着場。油臭いガレージへカルラとシルフィは足を踏み入れた。

 一足先に外に出ていたアキュラはスタッフと何やら話をしている。メンテナンスのオーダー、その料金表を受け取り二人の下へとやってきた。

「よっ、目覚めはどうだい?」

「おかげさまでバッチリですよォ。鼻が痛い痛い」

 鉄製の床と顔面衝突。目覚ましには丁度いいとカルラは皮肉気に笑う。

「本当ですよ。いたた……」

 どうやらシルフィも同様にベッドから叩き落されたようである。後頭部を押さえているということは頭をぶつけたという事か。ご愁傷様。

「ここの詳しい話とかをしておきたいが、まずはココのお偉いさんにお前達を紹介しないとな」

 二人の様子も確認したところで、アキュラは背を向ける。

「私から離れるなよ? 迷子だけには絶対になるな、いいな?」

 忠告というにはアクセントが強い。警告という表現が正しいか。

「「……?」」

 カルラとシルフィはその言葉に首をかしげながらも、言われた通り引っ付いて歩くことにする。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ガレージを出ると、廃墟じみた錆の目立つ建物だらけの街の風景。

 ヒビの入ったアスファルトの公道。骨組みの飛び出したガードレール。点滅を繰り返す店の看板に信号機、紫色で悪臭目立つ不気味なガス。


 二人が連れてこられたのは繁栄都市から離れた場所。表舞台から隠れるようヒッソリと作られたダウンタウン----


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「えっと、ココ……?」

 彼等が連れてこられたのは----刑務所のような建物だった。

「ココ」

「ねぇ、本当に信じていいの大将? 俺っち売り飛ばされたりしない?」

「いいからついてこい。言っとくがココまで来た以上もう逃げ場はねぇぞ」

「「マジ……?」」

 油やタバコのヤニ、カビなどで真っ黒に染まった壁。割れかけの窓の羅列。建物から目を背けると今度はガラの悪い連中が屯っているのが見える。

(ねぇ、シルフィさん。今からでも遅くないからワンチャン逃げる?)

(でも逃げ場ないって言ってますよ? どうするんです!?)

(ヒーローに不可能はあるようでないかもしれないのかもしれませんよ)

(結論がどっちか分かりづらい疑問形の乱射やめてください)

 やはり、ヤバイ話に首を突っ込んでしまったか。シルフィに至っては冷や汗が流れ始める。カルラも半ば涙目だ。


「……安心しろ」

 それぞれ違うリアクションで黙りこくっている二人に察しがついたのかアキュラが声をかける。

「確かにココは普通っちゃ普通じゃないが……お前達くらいならどうってことないさ。この程度の地獄はな」

「大丈夫? 臓器とか売り払われない?」

「しねぇから」

 カルラの軽い冗談にワリと本気な返しが戻ってきた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 建物の中も不気味な雰囲気が続いていた。遊園地のアトラクションとしてのお化け屋敷のような。

 その辺にいるのはゾンビや遺体の代わりにガラの悪いゴロツキ共。男も女も皆、笑いながらカルラ達に視線を向けているようだった。

「そら、到着だ」

 やってきたのは両開きの扉の部屋。

「おら、帰ってきたぜ」

 ノックをし返事が聞こえた後、何の躊躇もなくアキュラはその部屋へと足を踏み入れた。カルラとシルフィも続く。


「おかえり」

 地下の労働施設を思わせる薄暗い部屋の真ん中にはヒゲを生やした太っちょの大男が書類を片手に一同を出迎える。

「依頼完了の報告、それと」

「新入りの登録だろう? もう、準備はしているさ……しかし驚いたよ。ずっと一人で活動していたお前さんが新入りの申請とはね」

「現実を知ったんだよ。思ったよりも世界は広かったと実感したのさ」

「ハッハッハ! 無様だねぇ!」

 大男はアキュラの正直な意見に大笑い。失礼な嘲笑だ。

「荷物をまとめて里帰りをしないだけマシだと思ってくれよ」

 しかし、アキュラとジョークを交えて会話をするその姿はとてもフレンドリーで、大男自身からも面倒見の良い上司的なオーラが少しずつ滲み溢れている。

「紹介する。コイツは【イカリ】。私達、便利屋を管理しているボスみたいなもんさ」

「よろしくな」

 上司と部下という関係の割にはそこに壁らしきものはあるようには見えなかった。同僚とも思えるほどに近い距離感だ。


「カミシロ・カルラと申しますゥ! そこの大将にスカウトされた期待の新人ということでどうぞ好きに使っちゃってくださいな!」

 こういった環境には慣れていたのか。カルラは特にしどろもどろとすることもなく自己紹介を終える。

「あ、あのっ! シルフィです! よろしくお願いします!」

 シルフィは緊張と恐怖のせいかカルラと比べると悲惨であった。声と膝はガックガクに震えてる上に声は裏返ってる。生真面目な性格がここでアダとなっていた。


異世界人ディフェレンターに異種族か……まぁ、緊張することはあるめぇよ。ここにはワケありの連中がこぞって集まってくる。人当たりはあまりよろしくない連中もここには来るもんさ」

 イカリは大笑い。初々しい態度を見せるシルフィと、意外にも大物感あふれる挨拶で第一印象を良く終えたカルラを出迎えた。


「今日中には登録しておいてやるよ。明日から本格的に俺達の一員ってことだ」

「ありゃ? 面接おしまい? 意外とあっさりですな?」

「言っただろ。色々ワケありだってな」

 やけにその言葉を強調しているようにも思える。

「まぁ、何はともあれ、ようこそだ」

 ファイルを持ったまま、イカリは両手を広げる。


「便利屋の庭、【ヒミズ】にな」

 流れとはいえ、この街へと足を踏み入れたこの二人。

 ……何となく。不穏な空気と嫌な予感が脳裏で渦巻いていた。

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