タイトル.05「暴風少女・シルフィ(その4)」


 嫁を持つ気はありませんか。

 族長からの突然の問い。突然すぎる展開。

 それは異世界転移系物語ならばお約束と言えばお約束でございまして。


「ぶふぅ!?」

 シルフィは何も聞かされていなかったのか噴き出した。

 その反動で勢いよくズッコけるほどである。持っていた皿もばらまき、マヌケにも尻もちをついてしまう。

「何を言ってるの、おじいちゃんッ!?」

 シチューが入っていたと思われる皿が帽子のように頭にかぶさっている。そんなことお構いなし、凄い剣幕で族長の老人に迫る。

「お前は恋愛事には全く興味を占めさんからのぉ。将来の事が不安だし、先手を打っておこうかと」

「話が早すぎるよ! 私、まだ15だよ!? 嫁ぐにも早すぎるし、第一、婚約は一族の間でって話じゃなかったの!?」

「しかし、お前は一族の誰も恋愛対象として見ないじゃないか」

 何やら親子喧嘩(?)が始まってる。結婚をするには早いだとか遅くはないだとか。シルフィは一族の皆を家族として見てるから恋愛しないだとか。


(なんか面白い事になってる)

 突然すぎる弩級の問いにカルラもまた、酔いが完全に醒めていた。

 とりあえず話を纏めてみよう。一族を助けてくれたお礼として、あのお姫様の夫になる気はないかという提案である。しかし反抗期のお姫様は猛反論。

「カルラさんの事、あんなに楽しく語ってたから……気があるのではと思ってなぁ」

「ほほーう? 俺の事をカッコよく語ってくれたみたいですね〜?」

 ニマニマ。カルラは愉快気に笑う。何か面白そうなので余計にちょっかいなんかかけて話をややこしくするつもりである。悪質。

「これにはカルラ感激……いやはや、向こうでもモテモテだったけど、実はコッチでも色んな脈があったりとか~? イケメンは辛いですねぇ、罪づくりなワタクシで申し訳ない……」

 行動中のリアクションや愚痴、クレームとか結構あったのは覚えているが、いやよいやよも好きの内だなんて言葉がある。

 実はツンデレかましていただけで気があったのでは? カルラは慌てふためくシルフィへ追い打ちなんて仕掛けてみた。


「そ、それはっ……まぁ、言いました、けどぉ」

 シルフィは顔を背け、顔を真っ赤にしながら返答。

(あれ。割とガチなリアクション。マジで?)

「うううぅ……」

 満更でもない。ただ一人手を差し伸べてくれた青年の姿はそれはもう輝いて見えた事だろう。真っ赤な顔をお盆で隠す姿は非常に愛らしい。

 カルラもまた少しばかり唖然とした。予想と違うリアクションが戻ってきたことに。反抗期の娘となればそりゃあもうヤケになると思ったのだが。


「……どうだい? カルラさんさえよければ」

 そんな娘さんのことなど気にもせずに縁談は進む。この老人、シルフィと似て行動が早い。

「良いお話じゃないですか~。俺もそろそろ彼女とか結婚を考えないと錆びてしまう年頃でしたからねぇ〜」

「ワシから見れば、まだまだピッチピチなのは気のせいかい?」

 カミシロ・カルラ、今年で二十とちょっとである。若者が何を言うか。


「いいですねぇ。シルフィさんは仲間想いで行動力もあって。そのうえ可憐なお方。世の男達にとっては高嶺の花ともなりましょう」

 カルラからも見て、シルフィは文句なしの美少女である。

 将来的にとても有望だし、体の育ちとやらも中々に著しい。何より一部のマニアの間ではなんて血の涙を流して喜ぶほどの要素であろう。


 これだけ上手い話があるとなれば、当然彼の返事は、



「……ですが、ご遠慮します」

 お断りであった。


「なぁっ!?」

 褒めておいてこの返答。あげて落とされた気分。シルフィも思わず声を上げる。

「理由は二つ。まず、彼女の言う通り流石に若すぎる」

 見た目は文句ない。だが彼女はまだ十五歳。嫁ぐにしては早すぎるし、恋愛をするにしても決断するに早すぎる年齢だろう。

「俺っち、別に幼妻が好きとか特殊な性癖ないし。どうせ婚約するなら俺みたいに歳が近くないと……それともう一つなのですが、コッチが本題かつ致命的」

 一番の問題。そこが非常に残念だとカルラは語る。


「俺、説教がましい口うるさい女はあまり好きじゃないんです。あと、『自分は出来る女ですよ』って意気地になる人。プライド高すぎる系女子は将来が怖い!恐妻になる可能性が非常に高いとデータでも証明されてます。いやぁ、本当に申し訳ない」

 どうやらカルラは説教がましく口うるさい女が嫌いらしい。それが一番の理由だそうだ。

「あー、分かるのぉ。シルフィは負けず嫌いなところがあって意地になるところがあるし、その上しつこいところは母親譲りというか」

「やめろぉおっ、クソ男どもおッ!!」

 ノリノリでシルフィの駄目なところを語る族長にシルフィ激怒。

 真っ赤になった顔も恥じらいから激怒の紅潮へと変わっている。そりゃあ当然か、ここまでコケにされれば十五歳の少女ならキレても仕方ない。


「そういうわけです。なんかごめんね?ソーリー?」

「謝るなァッ!!」 

 両手をつけて謝るも、気持ちゼロのカルラへとシルフィは皿を投げる。手裏剣のように鋭く頭に突き刺さっていた。


「うううぅ……!!」

 これにはシルフィも頬を膨らませていた。悔しさにあまり泣き出しそうな表情でカルラを睨みつけている。

「そうかァ~。残念だったのぉ、シルフィ」

「勝手に話を進めたのはおじいちゃんでしょうにッ!!」

 受ける必要もないダメージを受けたシルフィは怒髪天。何せ勝手に酔いのノリで縁談進んでた上に、勝手にフラれてしまったのだから。

「うわぁーーんッ! おじいちゃんもカルラさんも嫌いだぁーッ!! 絶対グレてやる! もうおじいちゃんの言う事なんて聞かないからぁぁあーーー!!」

「ぬほぉおー!? シルフィーッ! 嫌わないでおくれぇええー!?」

 内心ショックを受けた族長は逃げ出すシルフィに手を伸ばしていた。歳のせいか逃げるシルフィを追いかける事も出来やしない。

「あっはっはっはッ! 面白いっ! 暖かい御家族ですな!」

 面倒見もよく、娘の事をここまで考えてくれる親がいる。幸せ者な少女だと皮肉気に笑っていた。


「とほほ……ちなみにカルラさんはどのような方がお好みで?」

「大人っぽくてクールでセクシー。胸もお尻もボンキュッボンで、俺の事を何から何まで褒めて、甘やかして、讃えてくれる人! 包容力も高ければポイント増量マシマシ、さらに倍ッ」

 彼の好みはどうやら、甘やかしてくれるお姉さん系。

 頼めば膝枕をしてくたり、胸に顔を埋めさせてくれたり、よいこよいこと頭を撫でながら褒めてくれたりetc、理想は続く。

「これはこれは理想がお高い……」

 好みの女性の条件が何一つシルフィに当てはまっていない。

 こりゃあ気の毒だ。族長とカルラは酔いが戻ったのかテンション高く爆笑した。


           ・

           ・

           ・


「ふぃ~」

 数時間後、カルラは村の外の大きな木の下で一休みしている。

 騒ぎつかれた族長は眠ってしまったようだ。見た目の割には体力が相当ある。あの歳であれだけはしゃげるのは健康な証拠だ。

「……異世界、か」

 アウロラ。ここへ来てから早一週間近く。

 これからどうしたものかと考えていた。


「カルラさん」

 一休みをする彼の下へ。顔真っ赤で涙も枯れ果てたシルフィがイジケた顔でやってくる。

「おや。片づけは終わりましたか? それと、何の御用で?」

「カルラさんを一発くらいぶっておかないと気が済まないと思いまして」

「酒の勢いってものです。許しなさい」

 胸を張る姿はやはり反省ゼロである。

「絶対許しません。そんなに元の世界に帰りたいなら、ここから空まで吹っ飛ばして差し上げますよ」

 軽く、カルラの額にデコピンを交わした。

「いたたっ! 急な単身赴任はご勘弁を〜!」

 はしゃぎながらデコピンを受け止めた。あの風ならば本当にワームホールまで吹っ飛ばされるんじゃないかとも考えてもいた。

「恋愛ごとに興味ないとか言っておきながら、色々言われると乙女心全開で不貞腐れる……いやぁ、女の子って難しいですねぇ」

「あんなに馬鹿にされたら誰だってキレますよ」

 シルフィの怒髪天に再びスイッチが入ろうとしている。それ以上は流石にやめておくべきか。


「……カルラさんは今後どうするんです? 元の世界に帰る方法を探すのですか?」

 冗談も終えたところで、話を本題へ。

「当然。向こうでヒーローの帰りを待ってる人たちがいますので……それにあまりバカンスを満喫しすぎちゃうと、出勤不足で年収に響いちゃうますし?」

 一刻も早く元の世界へ戻りたい。その意思表示は確かなモノ。

 こっちの世界に迷い込んだ人間にとって当然の反応ではあった。

「戻り方、分かりますかね」

「うーん……まあ、ボチボチ方法を探して?」

「落とし物を探すような感覚で言われても。地図もないし、お金もない。多少の知識を得たとはいえ、この世界を歩いて回るのには無理がありますよ」

「そこまで言われるとグウの音も出ない」

 彼女の言う通り、カルラはこの世界の事をまだ詳しく知らない。お金も早々空になりそうで、地理も詳しくない。

 こちらの世界にも携帯電話なるものは存在するようだが……向こうの世界の携帯電話は当然使えるはずもない。

 今となっては新世代の三種の神機ともいわれている地球のスマートフォンも、この世界ではただのガラクタということだ。


「……カルラさん」

 一人困り果てる彼へ問う。

「よろしければ、私にそのお手伝いをさせてはくれませんか?」

 シルフィは彼の隣に座り、首をかしげていた。

「今回は油断をしてああなってしまいましたが……これでも旅は長く何度も経験しています。辺りの事についても詳しいですし、資金に関してもお手伝いなら出来ます」

 それは、彼女にとって恩を返すつもりでの言葉なのだろう。

 彼がいなければ仲間は救えなかった。あの宴だけでは見返りにしてはあまりにも小さすぎる。

 尽くすべきだ、沢山の命を救ってくれた、その青年の恩に。

「……確かにガイドは欲しいな。お金を借りるのは男としてはアレだけども」

「違いますよ。管理するんです。見た感じ、お金はある分使いそうに見えましたから」

「がっはぁ! 説教がましい女だけじゃなく、そうやって管理される系もあまり得意じゃないというか~! 束縛は勘弁してぇええ……!」

 とはいえ、この恩返し。その御厚意には甘えるべきかもしれない。

 何があるかも分からない世界での一人旅はハードになりそうだ。なら、ここは彼女の提案には乗るべき----


「おいおい、お前等」

 話が進もうとする中、そこへ割って入る一人の影。

「……何、勝手に話を進めているんだい?」

 便利屋アキュラだ。


「忘れたのか? 『オレの頼みを聞く』ってよ」

「あっ」

 シルフィは思い出したように声を上げる。

「あ、忘れてました」

 カルラも忘れていたようで、言われて思い出したようだ。

「「………」」

「身構えるなよ。言っただろ? アソコよりは乱暴に扱うつもりはないってさ」

 報酬、見返り。ここまで彼等を運んでくれたその礼。

「頼みは一つ」

 拒否権はない提案。今回の一件の代償をアキュラは口にした。






「オレの仲間になれ。お前達を用心棒として雇われておくれよ」

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