タイトル.05「暴風少女・シルフィ(その2)」


 ----悪徳企業殴り込み救出大作戦の一件から数時間。


「何という絶景!写真で見るのとは一味違うぜ!」

『この景色の写真を見たことないだろう、ご主人』

 街からの脱出を試みた彼らは今どこにいるのかというと……にいた。

 ガラス張りの丸い窓。そこから目をキラキラさせながら覗き込むように張り付いているのはカルラだ。まるで水族館に遊びに来た小学生のようである。

「そう、はしゃぐな。ガキかお前は」

 カルラが今訪れているこの場所。

 ----そこは小型飛空艇【フリーランス】。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 高飛び前。地下牢獄に現れたのは便利屋アキュラ。

「貴方はッ……!」

 彼女はこの悪徳企業に雇われていた便利屋だ。高値の金で動いていた彼女は『逃げた奴隷たちを確保する仕事』『言う事を聞かない愚かな奴隷に体罰を与える』事を任されていた。アキュラは金の為、平然とその依頼をこなしていた。

 そんな相手を前にして、シルフィは勿論の事、残りの異種族一同も身構える。

「高値の仕事だったっていうのにちょっと目を離した隙に企業は壊滅寸前。雇い主は行方不明になるわで何もかもがパーになっちまった。一週間近く汗水流したというのに大損もいいところだぜ」

 この言動。アキュラが企んでいるのは八つ当たりか。

 折角の仕事はものの見事になくなってしまった。一攫千金のチャンスともいえた仕事を踏みにじった邪魔者たちに制裁を加えるべく立ちはだかるのか。

「……仕事をパーにしてくれた俺達へ仕返しに来たって割には」

 緊迫とした空気の中、カルラのうすら笑いが聞こえる。彼は武器を構えるどころか戦意すら見せようとはしない。ただ拳を構えるアキュラを眺めるのみだ。

「控えめな喧嘩腰ですねぇ?」

「へっ」

 炎が浮かぼうとしていたその腕をアキュラは引っ込める。

「たいしたタマだ。こんだけガン飛ばしても身構えやしねぇ」

 睨んではいた。敵意は送っていた。

 だが、そこに殺意らしきものはない。かりそめの威圧を見抜いたカルラにアキュラはやれやれと首を横に振る。

「これでも人を見る目は名探偵ばりにいいのですよ。目利きが出来なきゃ、俺の業界は生きていけませんので」

「おやおや、もしやお前はオレと同業者?」

「そうかもしれませんなぁ~。まぁ、今はフリーのアルバイトですけど~」

「やらかしてクビなったか? 上司の女に手を出したか、或いは仕事場の金を横領でもしたか」

「俺っちがそんな軽薄な男に見えますかって。傷つく~」

 カルラとアキュラはジョーク交じりに互いに笑い合う。さっきまでの張り詰めた空気は何処へ行ったのか。

 シルフィと異種族の一同は意味も分からずに首をかしげるばかり。二人の笑い声が響くたびにその空気に置いて行かれる。

「あの、この人は私達を捕まえに来たわけではないのですか?」

「そうだと思いますよ? たまたまココを通りかかったわけでもなさそうですが?」

 アキュラはこう言った。『付き合え』と。


「……帰り道に困ってるみたいだな」

 冗談も終わったところで、アキュラは本題に入る。

「大層なもんじゃねぇがタクシーの一台くらいは用意してやるぜ。ここにいる全員、もれなく空の旅へとご招待だ」

 こんな街など直ぐにでも離れて故郷へ帰りたい。それがここにいる異種族達の想いだろう。ここへ残っていたら全員もれなくポリスに捕まり豚箱行き。

 早いところこんな地獄から解放されたい。アキュラはシルフィたちの目的をすでに突き止めているかのように話を進めていく。

「タクシーってことは、お支払いが必要?」

 即ち、ここにいる全員を助けてやると彼女は言ったのだ。

「……!」

 当然、タダというわけではなさそうだが。

 不意によぎった嫌な予感を前にシルフィと異種族達は一斉に後ずさりを始める。そもそもこの女を信用していいものかと疑心暗鬼にもなっていた。

「安心しろ。仕事を奪われた腹いせに二・三発殴らせろだなんて考えてねぇ」

 サンドバックにさせてくれだなんて、物騒なお礼は考えていないと告げる。

「では、目的は何ですか?」

「今は言えないな。説明すること多すぎて時間がかかりすぎる」

「そんな不明瞭でお願いできるわけないでしょう」

「コッチにもお前らにも時間がない状況だ。そういうわけだからお前達は今すぐこの場、直感で決断しろ」

 アキュラは五本指を突き立てて、彼女らに問う。

「ここにポリスや役所の野郎どもがやってくるのも時間の問題だ。というかすぐそこまで来てる。本格的な包囲が始まったらいよいよもってこの街から逃げ出すのは不可能になるぜ。お前達はこの街ではなんだ。こうチャンスを転がしてくれるヤツは早々いないぜ」

 このまま時間が経てば一斉に包囲される。ただでさえ立場の悪い彼女達が犯罪者としてポリスに逮捕されたとなれば、いよいよもって次は命の保証などない。

「肝心のボディガードも腰を痛めてピンチだ。救いの手が必要だろ?」

「へっへっへ、御覧のとおりギックリと……」

 面目ないとカルラは苦笑い。

「全員無事にここから逃がしてやる。この言葉を信じるか否かの賭けゲームだ……五秒で決断しな。無言だったらNoで受け取るぜ」

 この地下牢獄にまでサイレンが聞こえてくる。

 アキュラの五本の指が畳まれ始める。最後のカウントダウンは始まった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 シルフィが選んだ回答はイエスだった。

 ロックロートシティの船着き場にとめてあったプライベートシップまでイソイソと全員で移動。上手く身分を隠して全員乗り込み無事脱出。

 既に安全地帯。ロックロートシティポリスのテリトリーから既に抜けた。ひとまずは安心といったところまで行ったのだ。

「今のうちに街の風景を楽しんでおけよ。二度と戻れないかもしれないからな」

 飛空艇ではかろうじて電波を拾ってラジオが流れている。

 酒場や企業での乱闘。証言などを頼りに謎の犯人を今も尚、ポリスは血眼になって探していると報道されていた。

 カルラはすっかり、ロックロートシティではお尋ね者になりかけているわけだ。

「……しかし、随分とサービス精神旺盛」

「艇に乗せる事がか?」

「いや〜、監視カメラが一機のこらず全滅。社員も含めてだ……ここまでのアフターケアはウチの仕事場ではあり得なかったもので」

 逃げる最中、カルラは異変に気付いていた。

 監視カメラは一台残らず破壊されていた。それだけじゃない。企業でノビていたはずの社員達が一人残らず消え去っていた。

 何者かが証拠隠滅でも仕掛けたかのよう。ポリスの犯人探しが難航している理由の一つがそれだ。どうやら目撃証言以外にカルラの証拠がなくなってるらしい。


「実にありがたいというか、何か裏がありそうだというか……正直、疑心暗鬼」

「報酬の件に関してはこの一件が終わったらゆっくり話そうじゃねぇか」

 オートマニュアルにて飛空艇はシルフィが指定した座標へと移動中。

「……ありがとうございました」

 空を眺めるカルラとアキュラの元へ、シルフィが寄ってくる。

「気にすんな。ツレの連中は?」

「休ませてもらっています。ごめんなさい、飲み水と食糧まで用意してもらって」

「何処にでもある天然水に、セールで買い溜めした缶詰で申し訳ねぇけどな」

 そうは言ってるが、彼女たちにとっては十分すぎる食糧だった。

 奴隷時代に与えられていたのは水道水に干からびたパン。最早、家畜の餌も同然であった。缶詰であれ、肉であるのは間違いない。

「……」

 だがそのお礼の言葉とは別に、シルフィはまだ警戒を解いていないような表情を見せる。

「空は良いですね。争いも制度も何もない、解放的な世界」

 シルフィは青空を眺め一言呟いた。

 苦しみからの解放。まるで故郷へ帰ってきたような安堵の言葉。


「そういや、お前達【アルケフ】にとって、空は故郷みたいなもんだったな」

「アルケフ?」

 その単語。シルフィのフルネームに含まれていたものだ。

「私たちの一族の名前です。風を司り、空を仰ぐ神霊の一族。それが私達です」

「オレ達異能力使いのルーツでありご先祖様みたいなものだ。異能力の始まりと呼ばれているファンタジーの存在……魔法の使い手達の事だよ」

 そこから始まったのは、彼女達異種族の軽い小話であった。

 アルケフ。風の力を司る民族であり、風神と呼ばれ祀られている存在の末裔と言われているらしい。

「あのトンデモハリケーンも、その風の神霊のご加護?」

「そう思ってもらって構いません。アルケフの中で選ばれた者達のみがこの力を使用することを許されています」

 シルフィは羽飾りのついた爪を見せる。

 荒れ狂う暴風を呼び、標的を吹っ飛ばし、自身も宙を舞う。それが風の力。

 それが魔法と呼ばれる力。異能力の始祖と呼ばれる者達の力である。

「それだけトンデモな力を持ったお嬢さんたちがどうしてあんなのに捕まって乱暴されてたんです? あの程度なら遅れは取らないでしょ。普通」

「……完全に私の油断です」

 頭を抱え、シルフィは恥ずかし気に呟く。


「私達は世界を回る旅の途中だった。とある街で観光スタッフと名乗る組合の人に連れられたら……人知れない場所で睡眠ガスを吸わされて、あの街に連れられこの始末です」

 怪しい男には如何に親切であろうとついていっては行けない。母親からよく教わるがその意味を深く理解した。

「ですが、この爪が残されていてよかった。しかし何故あの人たちはこの爪を処理しなかったのでしょうか……高値で売れるから? 兵器として使えるから? でも、この爪は私達にしか使えないから人間には何の価値もないはずなのに」

「……知らない方が幸せってこともあるぜ」

 アキュラはジャケットのポケットの中に折りたたまれていた一枚の書類を手渡す。

「どうしても知りたいって言うのなら見てもいい。オレは薦めないがな」

 手渡された資料を広げ、シルフィとカルラは目を通す。


「……!」

「おいおい、なんてこったい」

 そこに書かれていたのは……『可能なら爪を量産し、後に奴隷としていた異種族達に装着。その後、多くの調教及び洗脳の後に肉人形と化したところで異種族を兵器として売りさばく』という、プロジェクトのようなものだった。

 考えるだけでもぞっとする。あの場にとどまり続けていたら……アルケフ達はあれ以上の生き地獄を経験する羽目になっていた。

 あの無賃労働もそのプロジェクトの一端。散々コキ使って使い回して、最後の最後まで金づるとして扱って捨てる。最早家畜以前の問題だ。

「なんともまぁ……お兄さん、怖くて泣きそうだよ」

 困り果てたようにカルラは鼻で笑う。ここまで愚かだと逆に笑えて来た。


「貴方はこれを知っていて、仕事を引き受けたのですか?」

 シルフィの目つきはより敵意を増して、アキュラに向けられる

「そうだな。一時的とはいえ、この事実を知ったうえで企業にいたのは事実だ」

 否定はしない。肯定し背を向ける。

「恨んでくれて構わないぜ。何度も言ってるがオレは便利屋だ。金さえもらえば善人だろうと悪党だろうと引き受ける。お前達の都合なんて知った事じゃねぇ。だからお前達も私の事は好きに思うといい」

 片手を振って、アキュラは自室へと向かっていく。

 しばらくは長い旅になる、その間に一休みしておきたいとのことだった。

「安心しろ。お前の仲間には手を出さない。もうあの企業とは手を切ったからな。オレが用あるのは……お前等二人なんだからよ」

 その一言を最後に、アキュラは二人の前から姿を消した。


「育ちは違う。見た目も違うかもしれないけど、私達だって皆と同じで……!」

 シルフィは唸り続け、涙すら流していた。

 自由すら与えられないこの愚かな扱い。人間が手にした力の始祖であるはずの一族に対してのこの仕打ち。道具として以外用無しと言わんばかりのこの現状に。

「……何処も同じって事か」

 カルラは唸るシルフィを背、彼女に声をもかけずに再び空を見る。

「同じ生き物でも、平等じゃないって言うのは」

 こんなに綺麗な空に反して大地。それを皮肉に思っていた。


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