タイトル.05「爆風少女・シルフィ(その1)」


 あの、震えるばかりのか弱い少女は何処へ行ったのか。

 今の彼女からは……天使のように慈悲なく冷酷。しかし女神のような輝きすらも感じられる。その威光、その美しさに視線が釘付けになる。

「はぁ……はぁっ……!」

 間一髪、援護が間に合ったことでシルフィはドッと息を漏らす。

「なんとか、してやった……!」

 シルフィは人差し指に差し込んだ紫色の刃を。緑色の羽が飾られた長い爪に手を添え安堵している。

『力があれば』と何度も唸っていた。となれば、あの巨体を吹っ飛ばしたトンデモパワーの正体。シルフィが本来手にしていた力の正体はあの刃にあるというわけか。

 どうやら、彼女は奪われた力とやらを取り戻したようである。

「な、なにが起きたのか分からないが助かったぜぇえ~……」

 シルフィに助けられたのかどうかすらもカルラは理解できていなかった。

 それだけ絶体絶命だったようだ。ここまで耐えきった事に是非とも横綱の称号の一つくらいは与えてくれないものかと座り込む。

「大丈夫ですか、カルラさん」

「へっ、満身創痍のこの姿……激戦を戦い抜いたヒーローみたいでサマになってるでしょう?」

「うん。元気ですね。バリッバリに」

 減らず口は相変わらずだった。冗談を言う余裕もある様でシルフィは胸を撫でおろす。体が悲鳴を上げていたようだがそれに関しても特に問題はないようだ。

「今のはお嬢さんがやったのですかい? 一体何をどうやったのか解説をいただけると、お兄さんは嬉しいのですが」

「それは、」

 爪に触れる。今の力とやらはこの世界で言う異能力なのか。

 説明する義理は当然ある。シルフィは告げようとした。その力の正体を。



「コノ奴隷風情ガヨォオオオオ……!!」

 ところが、そう簡単に幕引きにしてはくれないようだ。

 ゴリラボスは再び立ち上がり、カルラ達の下へと再び駆けだしてくる。

「あの人、まだッ……!?」

「見た目通りタフな奴! しつこい野郎は嫌われるって言われてるだろうが!」

 あれは執念なのか。意地とプライドをズタズタにされた報復なのか。そうまでして奴隷たちを手放したくないというのか。

「ウガァアアッ、ハグガァアアッ……ウァアアアアーーーッ!!」

 突っ込んでくるあの男に最早理性はない。二人を完璧に殺す気でいる。

 真っ白とも真っ黒とも同義の怒髪天。その後の事など考える余裕もない。目の前で小癪な事をやってのけた奴隷を殴り殺すと言わんばかりの形相で突っ込んでくる。

「このっ……!」

 当然、シルフィは対抗するつもりでいた。故に身構えた。




「……助けてもらった礼は返しとくか」

 一言、カルラは呟いた。

「ヒーローっぽいジャンプ!」

 途端!カルラは勢い任せで飛び上がる!

「そしてヒーローっぽいポーズ!!」

「カルラさん、何をッ!?」

 革靴を履いた左足を空中で構えている。

 満身創痍だと言っていた肉体で応戦するつもりでいるのか。しかも剣など使わずに蹴りで。肉体と肉体の真剣勝負を持ち込もうというのか!?


「死ネェエエ!!」

 何処までコケにすれば気が済むのか。ボスも当然対抗を選ぶ。

 力任せで負けまくっていたというのに、この状況勝ち目があるはずもない。


「俺の靴、オーダーメイドでね」

 狙いは顔面。カルラの左足がゴリラボスの鼻っ柱に触れる。

「3tあるのよね。実は」

 超重量級のキック。

 次第にゴリラボスの首は折れ曲がり、徐々に痛々しい砕音が鳴る。

「やっぱりキックはヒーローの醍醐味! 異論は認めーーん!!」

 ……綺麗に120度。ゴリラボスの首が折れ曲がる。

 次第にゴリラボスは歩みを止めた。数度体を震わせ、後は力なく倒れるのみ。

 一方でカルラは華麗に着地。体操選手の如く両手を上げてポーズを取る。

 

『ご主人のキック。ヒーローというよりは悪党レスラーのそれであったがな』

「文句言うんじゃないよ。アイツ相手に何も出来なかった癖に」

『はいは~い、自分の不備を棚に上げて、武器のせいにしちゃってるご主人の肝っ玉に問題があると思いま~す』

 ドシン、と響き。事務所全体が揺れる。

 そんな中。倒れた敵など目もくれず、村正のガイドは拗ねたように猛反論。

「はいはーい、すいませんでしたー! もう筋トレさぼりませーん!!」

『よろしい」

 実際正論なので、彼に反論の余地など必要ありませんでしたとさ。


「こいつ、まだ生きてますね?」

 ここまでやったというのに、よほど頑丈なのかまだ息がある。

 時間が経てば回復の兆しがある、また起き上がり襲ってくるかもしれない。

「お嬢さん。ケリをつけては?」

 村正との喧嘩を中断したカルラはシルフィに提案する。

「散々に嫌な目にあったんですしねぇ……ここでやっとかないと、後が怖いですぞ?」

「……!」

 悪魔のような囁き。カルラの言葉にシルフィはそっと震える。


 そうだ、この男は今ここで殺すべきだろう。

 仲間をあれだけ傷つけた。仲間の命を何とも思わなかった。そんな粗末な男には粗末な最後はお似合い。仲間たちにやった一方的な痛みと怖さを思い知ればいい。


「ええ、決着はつけますよ」

 その想いは当然、シルフィの中にはあった。

 復讐にも近い怨念は抱いていた。命令を下される度、殺意も湧いた。

 この男を許すことなど絶対にない。


「このォっ!」

 -----だというのに、パンチ。

 彼女がやったのはたった一発のパンチ。顔面に一発。

「ふがっ----」

 今すぐにでも気を確かに取り戻しそうだったボスの意識が完全に吹っ飛ぶ。

 筋肉増強能力の効果も気絶で断ち切られたのか……ゴリラボスは元のゴツイ兄ちゃんへと戻っていった。


「それで満足ですかい? もっと、ボロ雑巾のようにメチャクチャにパァ〜ッとやっちゃっても責めませんよ。コイツの自業自得です」

「……こんな人と同じことをしたくありませんから」

 命を平気で奪う真似はしたくない。

 シルフィはその一言だけを残し、マスターキーを片手に部屋を出る。






(無駄な殺生はしたくない、か。甘いねぇ嬢ちゃん。実に甘ったるい……そんなんじゃ、この先も不安だねェ)


 今のは優しさというべきか。或いは甘さというべきか。

 良心が邪魔をしたか。或いは罪への恐怖が体に抑止を働いたか。

 どうであれ、彼女の行動は今後面倒な因果を残した以外に他ならない。


「……まっ! 好きじゃないけど嫌いでもないよっ。そういうのっ!」

 シルフィは仲間の捕まっている場所へと向かっているのだろう。最後の一仕事を終えるために軽いストレッチで体をほぐしながら付いていく。

『ご主人。何も言わなくていいのか?』

「流血沙汰は子供が泣き出すのでカットでいきましょ~」

 平和に解決するのもヒーロー番組のお約束だろう。

 子供も笑顔で終わる展開の為、カルラはルンルン気分で彼女を追った。




















「……思いがけないところで骨休めが出来たな」

 気絶したゴリラボスの下へ、人影。

「まぁいい。本来の依頼、終わらせてもらうぜ」

 ゴリラボスの顔面へと伸ばされた腕。そのデカい頭を鷲掴み。


 -----その肉体は、

 -----ものの一瞬で、炎に包まれ灰となって消えて散った。


          ・

          ・

          ・


 数分後、地下牢獄へ到着する。

「皆! 遅くなってごめん!」

 マスターキーを使って牢獄のロックを解除。シルフィはついに無賃の無限労働に縛られていた仲間たちを助ける事に成功する。

「ありがとう、シルフィ!」

「さすがは俺達一族の誇りだ! 信じてたぞ!」

「くぅ~……正直、もうだめかと思ったけど……本当によかったァッ!」

 シルフィと同様、動物の耳を頭に生やす男女がシルフィに抱き着いて来る。駆けつけてくれた仲間の恩情に涙を流していた。

「シルフィは、一人でここに?」

「ううん、あの人が助けてくれたんです」

 シルフィの目線の先には、救いの手を差し伸べたスーパーヒーロー(自称)。

 

「はぁ~い! 正義のヒーロー、カミシロ・カルラですッ! サインだったら転売さえしなければ幾らでもやりましょう!」

 壁に背もたれ、愉快気にピースサインでポーズを取っている。

 彼なりのスマートダンディかつハードボイルドなポーズなのだろう。結局、いつもの気軽で軽薄なダサいセリフと余計な一言で台無しなのだけど。

「そうだったのか……ありがとう! 俺達を助けてくれて!」

 とはいえ助けてくれたのは事実。一同は頭を下げてお礼を申し付けた。


「お礼は結構。当たり前のことをしたまでよ……くぅ~! やっぱ、このセリフを呟くの気持ちがいい! 何度でも言ってやりたい気分ッ!!」

「カルラ」

 また余計なセリフで台無しにしかけた途端にシルフィが彼を呼ぶ。

「この後はどうするんですか?」

 助ける事は成功した。ここまでは予定通り。


 しかし、問題はここからだ。


 おそらく企業の面々がポリスに通報を入れたはずだ。この企業は立場的にも結構なメンツがあったようだし、この街自体にも一部異種族には優しくない法律があったとも言っていた。

 企業達が都合よく事を告げ、シルフィ達が追われる身となるのは間違いない。ここから先はどうするか、カルラに提案が求められる。


 どうやって逃げ出すのか。異種族達は息をのんで彼の返事を待つ。


「それはですね……」

「それは?」

 シルフィたちは一斉に首を傾げた。








「やっちまったぜ。そこらへん考えていなかった」

「えぇえええええッ!?」

 シルフィはその場で盛大にズッコける。それに合わせて、他の一同も。

「いや、だってェ、助けた後どこに連れて行けばいいのかも聞いていませんし? 街の見取り図すらみたことありませんし……あれ、俺達つんでない? ヤバくない? あっはっは、一周回って笑えますね?」

「笑えませんよッ!!」

 ジョークでどうにかできる状況じゃない。

 両手の人差し指をツンツンさせながら可愛いアピールをするカルラの仕草に対して、一発ぶん殴ってやりたい気分になった。

 異種族達は一斉に地に伏せた。『もう終わりダァア!』『どうしようもねぇええ!』と悲鳴すら上げられている。一同大パニックである。

 万事休すか。シルフィも青ざめ頭を抱え、カルラも何か方法はないものかと一休さんらしく何度も頭を捻る。が、良い方法は未だ思いつけず。


「どうするんですかァアッ! このままじゃ、私たちはッ、」

「おい、お前等」

 そんな一同たちの下へ……思いもよらぬ第三者の声。

「お取込み中のところ悪いが、ちょっと与太話に付き合えよ」


 一歩ずつ、地下室に響く足音。

 次第に足音の主が地下牢獄へと姿を現す。


「よっ、さっきぶりだな」


 【アキュラ・イーヴェルビル】

 企業に雇われていた便利屋がニヤついた笑みを浮かべていた。

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