タイトル.04「熱いハートでイン・ザ・ヘル(その2)」
この企業のボスとも言える人物のテーブルには一台のノートパソコン。
とある酒場での一件。そして企業の監視カメラに映されていた謎の侵入者の暴挙。カルラに関する情報は全て届いていたわけという事だ。
「いやぁ~、仕事熱心なこの企業にたかが民間人のこの私めから一つお願いをおたずね申したく、こんな強引な突入を致した次第でどうかなにとぞ……」
思った以上に圧力の有るボスを前にカルラはペコペコと頭を下げ始める。まさか、大口叩いて実はビビりなんてオチではないのだろうか、この男は。
明らかにさっきと比べて腰が低くなっている。声も冷凍庫にブチ込まれたかのようにガチガチに震えていた。
「一応、話は聞こうか」
意外にも話の分かる相手だった。
とにもかくにも、まずは話を聞くところから始めてくれるようだ。
「そちらの社員の一部……あの奴隷の方々を、どうか、私めにお譲りしていただけませんかね? 最近、事業開拓に乗り移ろうとしたんですけど、どうしても人手が足りなくて……人件費の削減にもなるし、どうかご協力していただきたく!」
合掌! 頭を下げて情けなくお願い!それっぽい理由もつけて交渉に乗り移るが。
「なめてるのか。そう易々と手渡すものかよ」
当然、OKなんて早々してもらえるわけもなく。カルラ達の目的はもう既に知られてしまっているのだから。
どちらにしろ、カルラの話が本当であったにしてもノーコストで労働力を差し出せなんて話がうますぎるにも程がある。否定されるのも無理はない。
「そこを何とかぁ~? お願いしますよ~、社長殿~?」
その場で正座。何度も頭を下げての懇願。
(うわぁああ……)
ヒーローを自称した男の情けない姿。平和的解決とか言い出すかもしれないがプライドも何もかなぐり捨てたその行動にシルフィはドン引くしかなかった。
「……大概にせぇよ」
話は聞いた。その上で話は飲めないと言った。
「こんだけ滅茶苦茶やっといた上に奴隷を開放しろだの……のむわけねぇだろうが、このノラザルがぁああ!!」
それ以前に話をまともに聞くつもりも……なかったように思えるが。
大柄の男は威嚇する。そして叱責する。何が目的なのか分からないが、ここまでの被害を被らせた上に土足で庭に踏み込んだ罪、許すわけにもいくはずがない。
「へ?」
……頭を上げると、カルラは唖然とした。
ボスは、巨大化した。巨大なゴリラのモンスターに変貌したのだ。
元より図体のデカいゴリラも同然だったボスは変身前の三倍以上の大きさになっている。ただでさえ狭いこの事務所がより圧迫されていく。
「お前ら二人ともとっ捕まえて!、干からびるまでコキ使ってやらぁ……!!」
身に着けていたスーツははち切れんばかりに膨れ上がり、筋肉によって内側から引きちぎれていく。無視することも出来なかった鬱陶しい体毛、その胸に広がるジャングルが余計に露わになる。
顔つきも人のそれとはかけ離れたものになっていく。山猿、或いは鬼というべきか。その風貌は最早、人としての原型からかけ離れている。
「あ、あらやだ……強そう……」
突然の変身なんて聞いていない。カルラの顔面が次第に焦りで汗まみれ。
そうだ、ここは異世界だ。あの便利屋の少女同様に、何かしらの特殊能力を持っていてもおかしくはなかったじゃないか。配慮を怠った彼のミスだ。
「金は何処で手に入れたのかは分からねぇが、随分と頼りない兄ちゃんを雇ったもんだな奴隷風情が……覚悟は出来てるなぁ?」
拳を鳴らす。あれだけの巨体ともなれば、骨の鳴る音もクラシックコンサートばりの大音量だ。心の準備も出来ていないと耳と心臓が痛い。
「……誰がッ!」
カルラ。この男の実力はこんなものなのか? いや、そんなはずはない!
そう信じているからこそシルフィは敵意を向けたまま睨みつけた! 仲間を、そして自分自身を道具のようにコキ使う諸悪の根源に!
「立場を分からせてやるッ! ぶるぉおおおおぉおおおおッ!!」
闘牛バッファローも驚きのタックルでカルラに突っ込んでくる! とっ捕まえるとか言っておきながら殺す気満々だ!
「ひぃいいッ!? ヨカゼちゃんッ、エネルギー最大出力! 大至急ッ!!」
『合点承知』
タックルは村正で受け止める。
しかし、謎のエネルギーを纏った程度の剣でその巨体が受け止め切れるものか。一方的な押し相撲にカルラはあっという間に片隅へ追い詰められていく。
『ご主人。だから、急な最大出力の命令はやめろとアレほど』
「ぬっほぉおお……ッ!!」
『うん、それどころではないな』
少しでも気を抜くと一瞬で壁へ押し潰されてペシャンコだ。自慢の根性とやらで必死こいてはいるが顔面からは冷や汗が滝のように流れている。表情は青ざめ、ブレーキきめてる片足は悲鳴を上げていた。
「オラオラオラオラァッ! どうしたァ、ゴルァッ!?」
ボスの男の勢いは止まらない。
剣は相当な熱量のエネルギーを纏ってはいるがその程度ではビクともしない。純粋なパワーのみでカルラに迫り続けている。
「カルラさん!!」
あっという間の大ピンチ。救いの手を出そうにも、シルフィには打つ手がない。
『ご主人、押し負けているぞ』
「なんの、これしきぃいい、まだ全力の30%も出して……きつっ……ッ!」
『満身創痍じゃな』
全力なのかカルラの顔面と筋肉から鮮明に血管が浮き出てくる。
「ちょい、待って……聞いてないぃ……異世界の人間っ、こんなに馬鹿力だなんて、聞いてなぁい……!!」
両足を踏ん張る。一歩ずつ一歩ずつ、カルラの体は前進していく。
真後ろにはすぐそこにコンクリートの壁。ここで気を抜けばあっという間に押しつぶされて下敷きのようにペラペラにされてしまう。死に物狂いの抵抗だ。
「痩せてる割には相当力あるじゃねぇか。お前みたいなのは奴隷としてではなく、普通に雇ってもいいな」
「も、申し訳ありませんがァ……ブラック企業への入社はァ……」
突如投げかけられる不意なスカウト。
「お断りに決まってるでしょーが! バーカバーカッ!!」
どのような状況であろうと、カルラはヒーローらしくしっかりお断り! 悪党からの提案など受けるはずがない!!
「就職活動とかやったことないから会社の見方とかはよく分からんが……ここがまともな職場じゃないってのは分かる! 俺もそこまで頭ピータンじゃないんですなァッ! これがッ!!」
またも一歩前進! 対格差で明らかに負けているはずのカルラが次第にボスの体を押し出していく……!
「オオッ!? こいつッ!?」
「ようやくエンジン入ってきたッ……こんのぉおお~……!!」
徐々に、また徐々に押し返していく。
まさかの大逆転目前。ボスは予想外の展開に思わず声を漏らした。
「……だが、心変わりはあるかもしれない。社長さん、お一つお聞かせ願える?」
「何だ?」
今度は、カルラからの質問だ。
「俺っち、この世界の政治とか環境とか全く分からないわけでございますが……こんな嬢さん達を使い捨ての消耗品のように扱って、負い目を感じないのですかい?」
「おいおい、何言ってるんだ」
返答はこれだ。
「コイツらは人間じゃねーんだぜ? 人に似た化け物が一人二人死のうがどうでもいい。それにコイツらには何しても良いって法律で決まってんだ。だったら、上手く使ってやらないと勿体ないだろうが」
「……!!!」
何かワケがあって、こんな非道をしているのかと思っての問い。
しかしこの男に良心などない。己の目的、欲望などの為だけに……ただ便利な道具だからと利用しているだけ。
「貴方って人はッ、私達を何だとッ!!」
そんな話を耳にして、仲間を傷つけられたシルフィが何も思わないはずがない。
「……よし、やめた」
答えを聞いたカルラは舌打ちをする。
「就職はお断り。というか、話をする気も媚を売る気もなくなったぞ。おい」
カルラは片手で汗を拭う。
もう、今の彼に……普段の茶化すだけのキャラクターはもうない。
「ここで働いたら、頭が腐っちまいそうだな……ッ!」
「だったらどうした! オラァッ!! この状況、どうするつもりなんだよ、おいぃッ!?」
正面衝突のパワー勝負。まだ、力を残していたのか、筋肉はより巨大になっていく。
「余所者がコッチのルール知らない癖にほざいてんじゃねぇぞ! テメェの勝手につきあってられるかッ!」
「ぐぐぐっ……!?」
ついさっきまで精一杯だったカルラの体がより後ろへと押し出されそうになる。
前進できない。どころかココまで死に物狂いで押し返してきた分をあっという間に戻されてしまう。
背中がコンクリートの壁につき始める。このままではあと少しで、押し負けた正義のヒーローはめでたく会社の一部となってしまうわけだ。
「対して偉くもない癖によォ! それだけの力もない癖によぉッ! さっきから弱音しか吐いていないヒョロヒョロなクソガキが俺に意見するんじゃねぇぞォッ!」
最後の一押し。ボスはラストスパートに入った。
もう数秒も必要なく、コンクリートの壁に押し潰されカルラは絶命する。
「対して偉くなくて、力もないのはテメェの方だろうが」
-----瞬間、空気が凍てつく。
「何か勘違いしてねぇか」
カチリ。
腰元の装置。村正の制御装置の中で、何かが外れた音がした。
「確かに俺は弱音を吐いた。お前に媚も売っていた。だが俺がいつアンタに『勝てるわけがない』と口にしてたよ? えぇ?」
『出力向上。フェーズ3解禁』
肉が軋む音。鋭くなる瞳。
より深紅さを帯びていく、村正の刃。
「クソガキとか言ってるけどよォー……これでも二十歳だぞ……!」
『肉体能力向上開始。システムアップ。スリー、ツー、ワン-----』
フワリと、カルラの体が前のめりに押し出される。
「名誉棄損で訴えられてぇかァッ、テメェーーッ!!!」
『-----ゼロ。』
咆哮。威嚇。絶叫。
確かな風圧。最早、その叫びは一種の音波攻撃。
口から放たれる言葉の衝撃波と共に、カルラは足を突き出した。
「-----!?」
カルラの刀は拳を振り払い、刃の先端をガラ空きになった腹部に突き立てる。
「覚悟しやがれ大悪党!!」
これだけ強固な筋肉。そう簡単に貫けるはずもない。しかし、カルラはそれに構わず刀に力を込め……ボスの体を一方的に押し出していく。
「
押し出し! コンクリートの壁を突き破り押し飛ばされたのはボス!
「うぉおおっ!?」
「ぶっ飛びやがれぇええッ!」
悲鳴を上げたのはボスの方。
一方的で負けっぱなし。絶体絶命だったはずのその光景を……もののあっという間にひっくり返してみせた。
『レベルアーップ。第三段階への完全移行を確認』
「人が下出にいたら良い気になりやがって。誰が鼻水垂らした子供だ。 悪党は悪党らしく黙ってヒーローにぶっ倒されてろよ、ザコが」
あまりに汚すぎる発言。ゴミを見るような蔑みの視線。
それはハッキリ言って、ヒーローにあるまじき姿である。
「どっちが弱ぇ奴か、思い知らせてやる」
だが、そんなことは今の彼からすればどうでもいいのか。
どうであれ……ここから先は第二ラウンドだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます